リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

減数(胎)手術に関する見解

平成 16 年 11 月 1 日
減数(胎)手術に関する見解
多胎に対する減数(胎)手術に関しては、FIGO 指針にみられるように、当該国の法令の範囲内としながらも、世界規模でこれを認めることでコンセンサスがえられている。わが国においては既に多数例が経験され、また、厚生労働省・生殖補助医療専門委員会/部会や日本産婦人科医会(旧日本母性保護産婦人科医会)から報告・提言されているように、一定条件のもとに実施されてもよいとされているかの如くである。しかし現実には、闇の中に処理され実態は明らかでない。日本受精着床学会・倫理委員会は、減数手術の現場における取り扱いをどうすべきかについて審議し、下記の結論に達した。
〔解説〕
1 背景
 昭和61(1986)年諏訪市の根津八紘医師が、4胎妊娠例に対し2胎を挟み出すという技法で2胎に減数し、残り2胎を無事出産に至らしめた1症例を、日本産科婦人科学会関東地方連合部会において発表した。これが減数手術という名で新聞報道され、一躍世論の注目減数(胎)手術に関する見解1 減数(胎)手術を母体保護法の下に合法化する
2 母体保護法における人工妊娠中絶の定義のなかに、「母体内において胎児を消滅させる場合」を加える
3 減数(胎)手術の適応は人工妊娠中絶の適応と同じく、「妊娠の継続又は分娩が母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」とする
4 減数(胎)手術に伴う母体並びに胎児に対する危険などの副作用を説明し、同意を得ておくものとする
5 減数手術の実施に際し、性別などによる減数(胎)児の選別を行ってはならない
6 人工妊娠中絶の届出時に、減数(胎)手術の実施に関する報告を提出する
2
〔解説〕
1 背景
 昭和61(1986)年諏訪市の根津八紘医師が、4胎妊娠例に対し2胎を挟み出すという技
法で2胎に減数し、残り2胎を無事出産に至らしめた1症例を、日本産科婦人科学会関東地
方連合部会において発表した。これが減数手術という名で新聞報道され、一躍世論の注目を浴びることとなった。


2 日本産婦人科医会による問題提起と解決への提言
この報告に対し、日本母性保護産婦人科医会(2001年11月からは日本産婦人科医会)は昭和63(1988)年3月、一部の胎児を消滅させる減数手術は、現行法規である優性保護法第2条第2項に定められた「人工妊娠中絶手術」の定義に該当せず、堕胎罪の適応を受ける可能性があること、などの理由を挙げた上、法律がある以上それに従うべきであるとして、減数(胎)手術をしてはならないと会員に伝達した。この考え方は、平成5(1993)年2月の新聞報道を受けて、改めて日母医報1993年3月号に掲載された。日本母性保護産婦人科医会は、減数(胎)手術の禁止を会員に伝達する一方で、医療現場の実情がこの手術の必要性を求めており、また、実施が依然として潜行していることなどから、同医会の中の法制検討委員会で4年間に亘って減数(胎)手術を含めた現行の母体保護法の改正案を議論し、平成11(1999)年3月の代議員会に報告している。そこでは、人工妊娠中絶の定義を「母体内おいて胎児を消滅させる場合」を含むものに変更し、母体保護法のもとで減数(胎)手術をすることが提案された(日本母性保護産婦人科医会提言「女性の権利を配慮した母体保護法改正の問題点-多胎減数手術を含む-」として、日母医報2000年5月号付録として添付)。

同年7月、日母理事会は、母体保護法改正に関して日本母性保護産婦人科医会提言(案)をまとめ、日母医報8月号付録に掲載した。そこでは中絶の定義変更のうえに、「多胎減数手術は、人工妊娠中絶の適応で実施する」ことが付け加えられた。そして、平成12(2000)年3月の代議員会並びに総会において最終的に承認、決定された。

この改正案がその後どうなったかについては、法改正につながる国の動きや国民的議論が起こったという報道はされていない。

3 日本受精着床学会のシンポジウム「減数手術」
日本受精着床学会は、平成7年の学術集会で「多胎をめぐって」と銘打ったシンポジウムを設け、そのⅠでは「その予防と対策」、そのⅡでは「減数手術」を取り上げた。日母伝達を含めて中絶手術の定義や解釈、立法の精神などについて多方面の立場から、活発な意見の交換が行なわれた。
 このシンポジウムは減数(胎)手術について問題の所在がどこにあるか、医療現場ではどう対処すべきかについて一定の法的、実務的方向性を示したという点では大きな意義があった。数は減ったものの減数(胎)手術は今も水面下で半ば公然と実施されており、マスコミも無関心になった。期せずして生殖医療における倫理と法律の難しさをまざまざと見せ付けられたが、‘死に法’のもつ意味と限界を認識するだけでなく、医療行為としての正当性と妥当性を保障する何等かの公的な文書が出されることが望まれるという趣旨の結論に達した。
3
厚生労働省・生殖補助医療専門委員会 / 部会の見解
厚生労働省・生殖補助専門委員会はその報告書の中で、①原則としては行われるべきではないため、母体保護法の改正により、人工妊娠中絶の規定を改める必要はないのではないか ②多胎妊娠の予防措置を講じたのにも拘わらず、やむを得ず多胎(四胎以上、やむを得ない場合にあっては三胎以上)となった場合には、母子の生命健康の保護の観点から、実施されるものについては、認められ得る  ③減数手術の適応と内容については、母子の生命保護の観点から個別に慎重に判断すべきもの  と条件付き容認の見解を出している。
そして実施条件が厳格に守られるためには、行政または学会において、これをルール化することが必要であるとしている。

日本産科婦人科学会の対応
 日本産科婦人科学会は、平成8(1996)年2月に「多胎妊娠」に関する見解を公表し、生殖補助医療技術による多胎妊娠については、その防止を図ることでこの問題を根源から解決することを志向すべきとの基本的考えを示した。多胎による児の後障害を調査分析した結果、双胎(4.7%)と3胎(3.6%)では差が認められないが、3胎と4胎10.2%)以上では有意に増加すること、排卵誘発に際し、周期あたりのゴナドトロピン使用量が増えるにつれて多胎率が上昇することが判明した。この結果に基づいて、会告の中で体外受精胚移植においては移植胚数を原則として3個以内とすること、また、排卵誘発に際してはゴナドトロピン製剤の周期あたりの使用量を可能な限り減量することを求めた。
{本委員会での審議〕
平成 16 年 8 月 17 日、本年度第一回の倫理委員会を開催、神戸大学大学院法学研究科の丸山英二教授並びに津田塾大学国際関係学科の金城清子教授の解説講話を受けたあと、委員会で審議した。本委員会は減数(胎)手術について、法的問題と倫理的問題および減数
(胎)手術実施上の留意すべきことに焦点をあわせて議論した。
1 法的問題
 減数手術の法的問題は、究極的に犯罪になるか否かである。法学者の解説の下に、刑法の基本原則に立ち戻って考えると、その行為が犯罪として処罰されるには、①その行為が犯罪の構成要件に該当すること(構成要件該当性)、②その行為が違法であること(違法性)、③その行為について行為者に責任を問うことができること(有責性)、の三つの要件がすべて満たされなければならない。そして構成要件に該当する行為が常に違法であるとは限らないこと、すなわち違法性が阻却される場合があることが指摘される。刑法では以下の 35~37 条で違法性の阻却が認められる場合を規定している。
35 条【正当行為】 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
4
36 条【正当防衛】 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむ
を得ずにした行為は、罰しない。
37 条【緊急避難】 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避け
るため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超
えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた場合は、情状により、その
刑を減軽し、又は免除することができる。
減数(胎)手術が母体保護法にいう人工妊娠中絶といえないという考え方が成り立つと
すると、その違法性が阻却される可能性があり得るかが法的論点となる。はじめに、刑法
37 条の緊急避難に当るとして、減数(胎)手術の違法性阻却を認めようとする見解を紹介
する。減数(胎)手術を緊急避難の要件に当てはめると、減数(胎)手術というのは、母
体や胎児への危険という「自己又は他人の生命、身体・・・・・・に対する現在の危難を
避けるため、やむを得ずにした行為」であり、それによる胎児の生命の喪失は、それによ
って回避された母体や生存胎児への危険の程度を超えるものではないといえる限りは、
「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合」に当り、違法性
阻却が成立することになる。
また 37 条の緊急避難の要件を満たさない場合でも、母体の生命・健康の維持、生存す
べき胎児の生命・健康、児を養育する両親の社会的、経済的状況などを踏まえて、やむを
えないと認められる場合であれば、目的の正当性、手段の相当性、法益均衡等を総合考慮
して、刑罰による処罰に値するだけの実質的違法性、可罰的違法性はないという考えも成
り立つ。
以上を要約すると、減数(胎)手術の違法性が阻却される場合が相当程度認められるこ
とになると考えられる。
2 倫理的問題
 医原性ともいえる三胎以上の多胎妊娠を減数手術によって解消しようということには、
倫理的問題が大きく、減数手術の安易な利用を防ぐために最善の努力を払うことが要請さ
れる。
 第 1 に求められるのは、多胎妊娠の発生を防止する医学的努力を尽くすことである。1996
年 2 月に出された日本産科婦人科学会の会告「『多胎妊娠』に関する見解」において、「体
外受精・胚移植においては移植胚数による妊娠率と多胎率とを勘案して移植胚数を原則と
して 3 個以内とし、また、排卵誘発に際してはゴナドトロピン製剤の周期あたりの使用量
を可能な限り減量するよう強く求める」とされ、一定の効果を上げている。体外受精・胚
移植においては、挙児率の向上の伴う移植胚数のさらなる減数への技術上の工夫、具体的
には単一胞胚移植、また排卵誘発においては、単一排卵を目的とした排卵誘発法の開発が
求められる。
 第 2 に、排卵誘発や体外受精胚移植を受ける患者に対するインフォームド・コンセン
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トの手続きにおいて、多胎妊娠の危険に関する説明を徹底することが求められる。具体的
には、排卵誘発や複数の胚移植に伴う危険として生じるかもしれない多胎妊娠発生の予測
確率、児や母体の生命・健康に対する危険、多胎出産の身体的、経済的、精神的影響、多
胎に対する対応として減数手術の実施が必要かもしれないこと、減数手術の内容およびそ
の効用と危険(胎児がすべて流産する危険性を含めて)などを説明することが必要である。
3 減数(胎)手術実施上の留意すべきこと
さきに紹介した日本母性保護産婦人科医会提言の解説において、適応を三胎以上とし、
残される胎児の数を少なくとも双胎に留めることが望ましいとされている。
平成 15(2003)年 4 月に公表された厚生労働省・生殖補助医療部会の「精子卵子
胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」は、多胎・減数手術について
の項目を設けて減数術の適応胎児数と減数胎児数など実施上の留意点に言及されている。
減数(胎)手術は原則として行うべきではないとの原則論を示した上で、多胎防止の措
置を講じたにも関わらずやむを得ず多胎(原則として四胎以上、やむを得ない場合にあっ
ては三胎以上)となった場合には、母子の生命健康の保護の観点から、実施されるものに
ついては、認められ得るものと考えると、例外措置として行われることを容認している。
その場合の留意事項として、
・減数手術の適応と内容については、母子の生命保護の観点から個別に慎重に判断すべき
ものと考える。
・遺伝子診断や性別診断等によって減数児の選別を行ってはならない。
・減数手術についても、塩化カリウムの投与を誤って母体に行う可能性があるなど危険を
伴うものであることから、十分な技術を持った医師により行われる必要がある。
・また、減数手術については、全部の胎児が失われる可能性があるなどの説明を十分行い、
同意を得る必要がある。
などの点を指摘している。
また、行政、関係学会が行うべきこととして、①生殖補助医療技術による多胎妊娠の防
止対策が、適切に実施され、減数手術の実施条件が厳格に守られるためには、行政または
学会において、これをルール化することが必要である  ②行政または関係学会が、このよ
うな実施体制が整備されている医療施設を認定し、登録させ、これらの実施を登録医療施
設に制限し、多胎の原因及び減数手術の理由について報告させるなど、これらのルールが
適切に守られる体制を構築する必要があると付け加えている。
委員会の討議では、これらの留意点のほかに実施時期についても考慮すべきとの意見が
提示された。早期の減数(胎)手術では危険度は減少するものの施術の確実性が完全に保
障されない反面、胎児が成長してからの施術では塩化カリウムなどが母体または他の胎児
への影響が懸念される。適切な実施時期の選定のため、今後手術内容や合併症、副作用な
どに関する詳しいデータの集積と調査が必要である
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本学会は、日本産婦人科医会並びに厚生労働省・生殖補助医療部会の見解と本学会の見
解が公式に生かされ、減数手術の不明瞭な実態が明らかにされることにより、生殖補助医
療の健全な発展を望むものである。

http://www.jsfi.jp/about/pdf/ethics20041101_02.pdf
日本受精着床学会より