リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

シュラミス・ファイアストーンの古典的フェミニズム論『性の弁証法』に,フェミニズムと(どちらかといえば,ヘレガース流のではなく,ポッター流の)バイオエシックスのつながりを感じさせる一節が出てくる。以下,邦訳(林弘子訳,評論社)を参考に訳し直してみた。(by 塚原久美)

テクノロジーの急激な進歩は自然の秩序を破壊してしまった。最近のエコロジーへの関心は,1970年までに,もはや手遅れになっている。……今や自然のバランスの代わりに,「人道的な」人工的な(人為による)バランスの構築を試みる革新的でエコロジカルな計画が求められている。
 新たな良質のエコロジーや社会計画の動向は,フェミニストの目的と一致している。フェミニズムエコロジーという二つの社会現象が,偶然にも時を同じくして出現してきたことは,ある歴史的な真実の現われである。新たな理論も新たな運動も,真空の中で発達するわけではなく,環境の中に生じた矛盾のために必要になった社会的解決を切り拓いていくために生まれてきたものなのだ。この場合,どちらの運動もテクノロジーに囲まれた動物としての生命という同一の矛盾を解決するために生じてきたのである。フェミニズムにとって,問題は道徳的なものである。生物学的な家族という単位は常に女性や子どもを抑圧してきたが,今や史上初めて,テクノロジーはこうした抑圧的な‘自然の’条件を捨て去るための真の前提をもたらした。……テクノロジーの進化が加速化するなか,革新的な進化エコロジー運動は,フェミニズム運動と同じ目的を持つことになる。それは,人道的な目的のために新たなテクノロジーを制御すること,人間と人間が作りあげた人工的な環境とのあいだに新たな均衡状態を確立すること,破壊された‘自然の’バランスを新たなものに置換することである。ここで簡単に,新しいフェミニズムに特に関わってくる新たなエコロジーの問題を2つあげておこう。そのひとつは生殖とそのコントロールの問題であり,もうひとつはサイバネーションの【人間の労働を機械によって置き換える】問題である。

Shulamith Firestone, The Dialectic of Sex: The Case for Feminist Revolution, 1970:175-6.

ファイアストーンは,「妊娠は野蛮だ」という言葉を残した。医療のなかで行なわれるようになった中絶処置は,人間の生殖に人為的に手を加える最初の試みだった。1970年のバイオエシックスが今まさに誕生しようとしていた時代の空気を吸っていたファイアストーンが,女性の生殖機能という“自然”を人間の叡智によって制御(コントロール)することを肯定的に捉えていたことは,ごく“自然”のことのように思える。