リプロな日記

日本のアボーション(中絶と流産)にまつわる諸問題を研究しています

中絶の意思決定におけるアンビバレンス

以下は、杵淵恵美子先生の論文「人工妊娠中絶の意思決定過程において女性が体験するアンビバレンス」*1からの抜粋です。

妊娠中絶を希望する女性の心理に関しては、プロライフとプロチョイスの側面から論じられることが多い。すなわち、この相対する二つの考えや感情で、女性の心理的葛藤やジレンマを理解し分析するものである。この見方においては胎児の生命と女性の権利を対立するものとしてとらえ、女性自身の態度もPro-lifeとPro-choiceのどちらか一方と解釈される。(p.230)

ところが中絶を決意した女性のインタビュー調査の結果をpro-terminate(妊娠中絶)とpro-continue(妊娠継続)の2つの因子に分けたバランスシート分析により、女性たちはpro-terminateとpro-continueの相反する二つの考えや気持ちのなかで、“複雑な心理状態”になっていたことが明らかにされたのです。(常識的には“当たり前”のことですが、その当たり前が今までは検証されずに放置され、中絶を選ぶ女性は「何も感じていない」とか「罪悪感にうちひしがれている」といったことが無根拠に言われてきました。)杵淵先生は、次のように続けます。

わが国では日常生活上で常に規範とされるような特定の宗教を持つ者は少なく、また、Pro-lifeとPro-choiceの明確な立場を取る者も少なく、妊娠中絶に関して公に議論されることもない。さらに、大部分の女性が条件付きで妊娠中絶を容認し、毎年多数の人工妊娠中絶が行われている。このような日本社会における妊娠中絶を希望する女性の心理は、pro-terminateの態度とpro-continueの態度が併存しているアンビバレントな心理状態であると理解する必要がある。(p.231)

中絶を選択する女性にアンビバレントな心境にあるということは、常識的に最もだと感じられる。しかし、このアンビバレンスが理解されないまま、現実的にはterminateの行動に移る女性たちの内面には未解決なpro-continueの思いが残り続けるのではないか。それが中絶の悲しみや心理的苦悩の原因になっているとも考えられる。

そうだとすれば、実現されなかったpro-continueの思いに対するメンタルなケアは必須であろう。pro-choiceの考えがきちんと理解されていないまま、pro-lifeの言説ばかりが幅を利かせている*2日本社会においては、なおのこと、そうしたケアは必須であろう。

前に紹介したようなインターネットによる相談や告白等が盛んであることも、中絶のメンタル・ケア、とりわけ医療のなかにおけるそれが不十分であることの証拠かもしれない。

*1:女性心身医学11(3)

*2:杵淵先生の調査でも、被験者の77%が、胎児生命の存在を肯定する言説が自分の意思決定に「とても影響した」と答えていた。逆にプロチョイス的な考えの強い影響が感じられる回答は乏しかったようです。