リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

1988年カナダの中絶禁止法違憲判決(2008/5/27記事の再掲)

カナダの中絶の歴史

以下は2008年5月27日時点でこのブログに書いた記事を再掲します。現時点で、カナダでは中絶規制法はすべて撤廃されています。
2008-05-27から1日間の記事一覧 - リプロな日記
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カナダでは、1969年の「オムニバス法案」として知られるC-150によって、避妊と治療的中絶が合法化されました。治療的中絶というのは、医師が必要性を認めた中絶のことで、これにより合法的中絶は「医療化」され、中絶の是非は医師のコントロール下に入りました。

その後、1988年にカナダの最高裁判所は、R. v. Morgentaler裁判で、中絶を禁止した刑法251条に違憲判決を下しました。(R.はカナダ国家、Morgentaler医師はカナダにおける中絶合法化の闘いの象徴的人物で、何度も裁判を提起しています)

国連資料によれば、この1988年判決の根拠は、「カナダ権利と自由憲章」の第7章ヒトの生命、自由、安全への権利(Rights to Life, Liberty and Security of the Person)です。

7. Everyone has the right to life, liberty and security of the person and the right not to be deprived thereof except in accordance with the principles of fundamental justice.(http://laws.justice.gc.ca/en/charter/#garantie より抜粋)

カナダ大使館によれば、

「権利と自由の憲章」はカナダの最高の国法である憲法に組み込まれている。一般的にすべての法律は憲法に定められた規則と合致しなければならない。合っていない場合は、その法律は有効にならない。憲章は憲法の一部なので、憲章の保障する権利を制限する法律は無効になる。(http://www.canadanet.or.jp/about/freedom.shtml より抜粋)

1988年判決の後、プロライフ派によってこの判決を撤回させようとする試みが行われましたが(父親の権利を訴えたDaigle訴訟、新たな中絶規制法案Bill C-43、各州による実質的な中絶規制など)、どれも失敗に終わり、1988年判決は維持されています(つまり、現在もカナダには中絶そのものを禁止した法律はありません……ただし、女性の健康を守るための州数の規定や、公費の支出を規制する法などはあるようですが。上記の国連資料を参照。こちらのサイトにも現地の雰囲気を伝える情報があります。)

さて、上記の「権利と自由憲章」を眺めていたら、第2章で次の基本的自由を認めているのに気づきました。

2. Everyone has the following fundamental freedoms:

a) freedom of conscience and religion;
b) freedom of thought, belief, opinion and expression, including freedom of the press and other media of communication;
c) freedom of peaceful assembly; and
d) freedom of association.

7章と「自由」が繰り返されているけど……と見直して、ハッと気づいた。同じ「自由」とはいっても、第2条はfreedom、第7条はlibertyを扱っている! 考えてみれば、憲章の名前も、Canadian Charter for Rights and Freedomsなんですね。だけど7章の「自由」はliberty……どう違うのか。

Wikipediaでは、次のように区別されていました。

消極的自由は英語の libertyにあたり、積極的自由は、英語のfreedomにあたる。 [1] 消極的自由は自由の前段階、積極的自由は後段階にあたる。

さらによく見ると、7条のほうは不当な捜索や差し押さえを受けない権利や、恣意的に投獄されることがないとか、ちゃんとした手続きを踏むことなく逮捕されない権利だとか、拷問を受けない権利だとか……そういったものと一緒に"Legal Rights"として括られている。どうやら、法的手続きとして不当なことをされない権利といった感じに読めます。

そうした文脈で考えていくと、Right to Life, Liberty, and Security as the Personというのは、れっきとした人間としての生(生命・人生)や、(不当な拘束を受けないという意味での)自由、(むやみやたらと法に脅かされないという意味での)安全……というふうに読めるのではないでしょうか。

このように解釈すれば、カナダの最高裁が、中絶を禁じた刑法をこの条項を根拠に退けたというのも、分かるような気がするのですが……法律に詳しい方のご意見、伺いたいです。

蛇足:そういえば、Statue of Libertyは、イギリスからの解放の象徴だと聞いたことがあります。(自由意志で?)どこにでも向かっていけるfreedomではなく、拘束からの自由・解放がlibertyなんでしょうか。