リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

受精卵取り違えを巡って

毎日jpにさらなる続報があります。

受精卵取り違え:病院側、夫妻に説明後回し会議4回

 香川県立中央病院(高松市)の受精卵取り違え疑惑で、別人の受精卵で妊娠した可能性のある20代女性に取り違えの可能性があると説明するまでに病院側が計4回の会議を開いていたことが分かった。早期に親子鑑定できる可能性があったのに女性側に説明しなかった点について、会議では危険性を指摘した担当医の発言を優先。女性と夫に説明するまで初会議から1週間かかり、対応の遅れが議論を呼びそうだ。

 病院によると、会議は、担当の川田清弥医師(61)が疑惑について病院側に申告した昨年10月31日から、夫妻に説明する前日の11月6日までの間に開催。川田医師のほか、松本祐蔵院長ら7〜9人が出席した。

 初会合では川田医師が「受精卵を取り違えた可能性がある」と切り出すと出席者から「本当なのか」「なぜ起きたのか」など質問が相次いだ。親子鑑定の可能性について質問もあり、川田医師は子宮内の羊水を調べ、妊娠15週から可能になる「羊水検査」について説明。参加者は再度、経緯を整理して報告するよう川田医師に求め1時間半で終わった。

 3連休後の2回目の会合では他の鑑定方法がないか検討した。川田医師は、妊娠9〜11週でできる「絨毛(じゅうもう)検査」を紹介したが、「危険だし、正確に調査できる機関が見当たらない」と説明した。このため、女性側へ積極的に紹介できないと決めた。一方、参加者は「受精卵を取り違えたと判断した上で協議を進めざるをえない」との結論に達したという。

 3回目の会合で、「中絶する場合は早いほうがいい」と合意。11月6日に開いた4回目の会議で女性への説明用のメモを作成し、女性側に事態を説明するため電話で連絡した。

毎日新聞 2009年2月22日 21時27分(最終更新 2月22日 22時40分)

受精卵取り違え:技師配置、機能せず 担当医1人作業、勤務シフトに問題

 香川県立中央病院(高松市)であった受精卵取り違え疑惑で、担当医の川田清弥医師(61)の要望で実現した複数の検査技師の配置が、他業務との兼務などで有効に機能していなかったことが分かった。川田医師は21日、毎日新聞の取材に「受精卵の凍結保存や顕微授精で、作業範囲が広がったため」と要望の理由を説明。しかし1人での作業は解消されず、体制の不備がミスにつながった可能性がある。

 病院によると、要望を受け02年以降、複数の検査技師を配置。現在は5人が1日数時間ずつ採卵や培養液の交換などをし、川田医師の業務を手伝っているという。取り違えが起きたとされる昨年9月18日も同様の体制だったが、川田医師は1人での作業について「検査技師の勤務上、たまたまそうなった」と説明。勤務シフトについては「(所属が違うため)私が勤務しなさいという命令はできません。私の能力のなさです」と話した。

 病院によると、検査技師は中央検査部に所属し、他科の血液検査などもする。勤務シフトは事前に決まるため、当日の配置が実際の作業内容と合わないケースがあったとみられる。同病院は香川県内の体外受精治療の中核。患者数は98年以降90〜53件で推移し、08年は86件。産婦人科医は7人いるが、専門性が高いため事実上、川田医師1人に任せていた。病院側は川田医師の単独作業が多いことも認識していたが、93年の開始時から約1000件を扱うなど実績があり、問題視していなかったという。同病院では、疑惑発覚まで院内マニュアルにミス防止手順がなかったことも判明している。

 スタッフ約20人を抱え、必ず複数で作業し、作業台に1人分の検体しか載せないなどマニュアルを整備しているという不妊治療の専門施設「蔵本ウイメンズクリニック」(福岡市)の蔵本武志院長は「ヒューマンエラーは必ず起こる。1人だと疲労で集中力がにぶることもあるだろうが、2人なら声をかけるだけで気持ちも楽になるし、ミスを起こす確率も低くなる」と指摘する。

毎日新聞 2009年2月22日 大阪朝刊

受精卵取り違え:検査技師配置、他業務と兼務で機能せず

 香川県立中央病院(高松市)であった受精卵取り違え疑惑で、担当医の川田清弥医師(61)の要望で実現した複数の検査技師の配置が、他業務との兼務などで有効に機能していなかったことが分かった。川田医師は21日、毎日新聞の取材に「受精卵の凍結保存や顕微授精で、作業範囲が広がったため」と要望の理由を説明。しかし1人での作業は解消されず、体制の不備がミスにつながった可能性がある。

 病院によると、要望を受け02年以降、複数の検査技師を配置。現在は5人が1日数時間ずつ採卵や培養液の交換などをし、川田医師の業務を手伝っているという。取り違えが起きたとされる昨年9月18日も同様の体制だったが、川田医師は1人での作業について「検査技師の勤務上、たまたまそうなった」と説明。勤務シフトについては「(所属が違うため)私が勤務しなさいという命令はできません。私の能力のなさです」と話した。

 病院によると、検査技師は中央検査部に所属し、他科の血液検査などもする。勤務シフトは事前に決まるため、当日の配置が実際の作業内容と合わないケースがあったとみられる。

 同病院は香川県内の体外受精治療の中核。患者数は98年以降90〜53件で推移し、08年は86件。産婦人科医は7人いるが、専門性が高いため事実上、川田医師1人に任せていた。病院側は川田医師の単独作業が多いことも認識していたが、93年の開始時から約1000件を扱うなど実績があり、問題視していなかったという。同病院では、疑惑発覚まで院内マニュアルにミス防止手順がなかったことも判明している。

 スタッフ約20人を抱え、必ず複数で作業し、作業台に1人分の検体しか載せないなどマニュアルを整備しているという不妊治療の専門施設「蔵本ウイメンズクリニック」(福岡市)の蔵本武志院長は「ヒューマンエラーは必ず起こる。1人だと疲労で集中力がにぶることもあるだろうが、2人なら声をかけるだけで気持ちも楽になるし、ミスを起こす確率も低くなる」と指摘する。

毎日新聞 2009年2月22日 2時30分(最終更新 2月22日 2時30分)

どうも一連の毎日新聞の記事のスタンスは、「取り違えがないようなシステムを作る」こと、「取り違えの可能性がある場合に早期鑑定を提供すること」に集約されているように思えます。

……はたしてそれだけでいいのか?

被害者の女性とその夫は精神的な被害を訴えていますが、その中身は非常に多重的です。彼女たちのどのような権利が侵害されたと言えるのか、現在では法的に不明確です。仲間の研究者が言っていたことなんですが、「いったいこの中絶は母体保護法のどの条項に該当するのか?」――かなり危ういと思います。特に、もしこれが担当医の勘違いであり、実際には取り違えが起きていなかったとしたら……刑法堕胎罪に該当するのは確実ではないでしょうか。

それに、仮に刑法堕胎罪の法益が「胎児生命の保護」であるとすれば、この無垢なる“受精卵”の命が奪われたこと自体が問題です。一方、仮に親の側のリプロダクティヴ・ライツを尊重するにしても、実の親の承諾を得ることなく“子”の命を奪ったことで、医師は罪に問われるはずではないのでしょうか。今回、中絶された受精卵の“実の親”は、おそらく“自分たちの受精卵”であったことを知らされていないのでしょう。しかし、その人たちは何も権利を侵害されていないと言えるのでしょうか。さらに一方で、もしこの女性が妊娠を完遂して“他人の子ども”を産んでいたら、彼女はこの医師によって“代理母”にさせられていたことになります。これらの問題はあからさまなリプロダクティヴ・ライツ(性と生殖にまつわる人権)の侵害のように感じられますが、その点もまた法的に問うことが今はできないのです。被害者は「精神的な被害」として訴えるしかない。

つまり、従来の法律では、体外受精にまつわる個人のリプロダクティヴ・ライツを守ることができないのです。

一方、事態が明らかになってくるにつけ、こうしたケースが本当に他にないのか……という疑問が出て来るのも当然のことでしょう。これまでは仮に「取り違え」の可能性があっても、誰もそれを言わなかっただけなかもしれません……となると、もし今後、体外受精で産んだ子どもと“血のつながり”がないことに気づく人々が出てきた場合、いったいその“親子関係”はどうなるのでしょう? 産まれてしまった子どもの親を知る権利はどうなるでしょう?

……等々。今回のケースは、パンドラの箱を開けてしまったかもしれません。