リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

オバマの仲裁

本日付の時事ドットコムに〈中絶問題で「共存の道模索を」=論争のカトリック大で演説−米大統領〉という記事がありました。

 【ワシントン17日時事】オバマ米大統領は17日、インディアナ州カトリック系名門大ノートルダム大学の卒業式で演説し、妊娠中絶をめぐる対立について、「人類の一家族として共存していく道を見いださなければならない」として、支持派と反対派の双方に「開かれた心」で対話に臨むよう訴えた。
 同大統領は「双方が和解しがたいのは事実だ」と亀裂の深さを認めながらも、共通の懸案に共に取り組む重要性を強調。「望まない妊娠を減らし、養子縁組の利用を増やし、出産女性への支援を提供することで中絶を考える女性の数を減らしていこう」と呼び掛けて喝采(かっさい)を浴びた。
 妊娠中絶やヒト胚(はい)性幹(ES)細胞研究に反対するカトリック教の同大が、中絶の権利を支持し、ES細胞研究への公的助成解禁を決めたオバマ大統領を卒業式に招き、名誉学位を授与することに、学内では激しい論争が起きた。(2009/05/18-07:21)

両派の仲裁というか、自らの方針の弁明というか……ですね。ただ、これまでの大統領とは違って、一方に加担するのではなく、違いをもつ人々を調和に導き、共に進んでいこうとする姿勢を感じられるのではないでしょうか。マスコミもオバマ大統領にならって、プロライフとプロチョイスの差異を強調し、「中絶戦争」をあおり立てるような報道ばかりするのを慎むべきではないでしょうか。

ところで昨日、金沢大学の清水邦彦先生の水子供養に関する講演に行ったと書きました。清水先生は地蔵研究がご専門で、「水子地蔵」の登場は比較的最近であることに最初に気づいた方です。ラフルーアの『水子=原著はLiquid Life』の翻訳でも、ご一緒しています。

ともかくその清水先生の講演で、アメリカのような激しい中絶論争を回避する手段として、ラフルーアのようなアメリカ人研究者は胎児を曖昧化する日本の水子供養の効用に着目した……といった(おなじみの)話が出たのですが、わたしはそうした一義的な水子供養効用論には懐疑的です。むしろアメリカ人の水子供養への注目は、新たな「文化闘争」を招いているという学者もいるくらいで、水子供養についての最近の欧米人学者の見方は一致していません。その不一致を紹介するのに、まずはラフルーアの第一の批判者Hardacreの著作を訳さねば……という話を講演後に清水先生ともしていたのですが、個人的には、水子供養への関心よりも、女性のreproductive health careを推進していくことへの関心が強いので、他に訳したいものが山積みで……まさに貧乏暇無し。

でも、それ以前に博論を本にしなければなりません。海外諸国と日本のリプロダクティヴ・ヘルス&ライツ意識の違いを、技術的観点(避妊・中絶に関して世界が到達し採用している技術レベルと日本のレベルのギャップ)から考察した科学技術論的リプロダクティヴ・ライツ論です。できれば学者だけでなく女性たち自身に広く読んでほしいので(だって女性たち自身の健康と権利の話なのだから!)、少し(柔らかく?)書き直して本にしたい。

これまで日本の中絶議論では、たいてい「中絶」はすべて(下手をすると技術的に大きな違いのある「堕胎」までもが)ひとくくりにされて、新旧の、あるいは海外と国内の技術的差異は無視されてきました。端的に言えば、「優生保護法により“事実上”国家によって認められた」日本ではトラウマチックな中絶方法が改善されないまま何十年も放置され続けてきた一方、「女性の権利としての中絶」を獲得した(いわゆる発展途上国も含む)海外の女性たちは、リプロダクティヴ・ヘルスをより良く守るための新しい中絶方法へと(あるいは中絶を避けるための避妊方法hえと)どんどん突き進んでいます。技術的な意味で、今や世界において日本は中絶後進国なのです。その事実さえ知られていないまま、日本では女性のリプロ・ヘルスを軽視し、技術論を無視した「中絶論」が横行してきたのです。結果的に、日本の女性たちのリプロダクティヴ・ヘルスは保障されず、その人権は無視されてきました。

中絶を巡る法的・倫理的な議論をその前提になっている生殖抑制(コントロール)技術の発達に照らしてみていくと、海外と日本の意識の違いが明白に浮かび上がります。拙論では、そうした違いが人権としての「リプロダクティヴ・ライツ」という観念の受容や普及に影響していると見て、技術変革を軸にしてリプロダクティヴ・ヘルス&ライツを向上していく方向性を示唆しています。わたしが取り上げたのは、従来、ほとんど研究されてこなかった領域であり、話を聞いてくれた方々は面白いと言ってくださるのですが、学際的な研究だということもあり、どこの出版社なら出してくれるだろう……と思案中。どこまで書き直すのかも悩ましいところです。

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