リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

避妊の普及しない中国

本日付CNN.co.jpに、「中国の中絶は年間1300万人超 避妊の知識普及せず」というニュースがありました。内容は次のようなものです。

北京(CNN) 中国の英字紙チャイナ・デーリーは、同国内で中絶手術を受ける女性は年間1300万人以上に上ると伝えた。避妊に関する正しい知識が普及していないことが原因だと専門家は指摘、性教育の必要性を訴えている。

国家人口計画生育委員会の統計によると、中絶した女性の半数近くはまったく避妊をしていなかった。年齢別に見ると20−29歳が62%を占め、ほとんどは未婚だった。

統計は登録医療機関で行った中絶のみを対象としているが、未登録の医療機関で中絶する女性も多く、実際の数字はこれをはるかに上回るとみられる。

中国と比べると、米国の人口は約4分の1だが、米疾病対策センターCDC)の2005年の統計によれば、中絶者は10分の1以下の約82万人にとどまっている。

人口比からしても、確かに中国の中絶比率は高いのでしょう。しかしそれは、一人の女性が生涯に産む子どもの数が少ないことからして、他の国以上に中国の女性たちが「出産コントロール」をせざるをえない状況にあるということを見落としてはなりません。

そこで気になるのは「女性が避妊をしていなかった」という表現……ここでまたしても男性の責任は、全く忘れられています。比較的若年層の未婚の女性たちの陰には、相手の男性がおり、たとえば「男性たちが避妊に無知である」とか「男性たちが避妊をしたがらない」といった可能性は忘れられています。

また、「避妊に関する正しい知識の普及」が遅れているという中国の専門家の指摘の裏には、中絶よりも、できれば避妊で出産を防止することで世界の道徳的非難を回避したいという中国政府の意図が見え隠れします。なにしろ一人っ子政策を撤回しない限り、中国は他の国々以上にシビアに「人口調節」しなければならないのです。

ただし「避妊の普及」については、日本も対岸の火事とは言えない状況です。2005年のWHO統計によれば、世界では先進国のほうが避妊実行率が高く、発展途上国のほうが低いのだけど、日本の避妊率は世界平均にも至らないばかりか、発展途上国の平均と比べても低いというのが現実です。しかも日本は、比較的効果が高いと言われている避妊方法について避妊率が低いという世界的にも非常に稀なパターンを形成しています。避妊というとコンドームと思い込んでいる日本人が多いけど、コンドームのみに避妊を頼るという慣行そのものが、世界では稀なのですから。(しかも、日本のコンドーム使用率は近年下がっている。)

もう一つ気になるのは、念頭におかれている中絶と避妊の方法です。中国で近年増えている「中絶」の多くは、ごく初期の薬を用いた中絶だと思われます。この中絶薬を用いた中絶方法は、世界中で従来の“中絶”観を変えつつあるように思います。(実際、この薬の開発者たちは、従来の外科的方法と同列に“中絶”と呼ぶのではなく、妊娠阻害薬と呼んでいました。)そうした新しい中絶方法と、たとえば性行為があるかどうかも分からない時から常時ホルモンバランスを調節しておく避妊ピルのいずれが女性の身体や行動パターンにとって“良い”ものかは、一概に言えないように思います。どのような性行動を行っているどんな人たちがどの中絶方法、避妊方法を採用するのかによって、話はいろいろと変わってくるでしょう。

「正しい知識」が普及し、“男女ともに”責任をもって正しい避妊行動を取れるような素地を作っていくこと(選択の幅を広げること)は重要だと思いますが、背景を忘れて「中絶より避妊が正しい」「避妊できないのは無知のしわざ」といった思い込みから結論を下すのはちょっと違うような気がします。