リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

『マザー・ネイチャー』読破

博論執筆中に買って積ん読していた本を、ようやく読み終えました。副題は「『母親』はいかにヒトを進化させたか」。翻訳は塩原通緒さんです。早川書房2005年刊行で、400ページを超える上下巻。「早川書房創立50周年記念作品」とやらで、売れると見込んでのことか、定価は1冊2600円とぶ厚い割には破格です。(英語の副題は、Maternal Instincts and How They Shape the Human Species――直訳すれば「母性本能と、それがいかにヒトの種を形成したのか」です。)

タイトルだけ見ると「母なる自然」の話みたいですが、むしろ著者は、そうした「ロマンチックな見方」は実際には「道徳心も価値観もない」「自然法則を情緒的に美化した安易な表現」であり、科学的な観察結果というよりも「希望的観測に近い」として、「母性」を取り巻く思いこみのヴェールを進化生物学的な知見をもとに引き剥がしていきます。生物学者としての霊長類の観察に基づいているばかりか、自らも母である著者自身の実感も交えて論じていくので、あちこち共感できました。

しだいに私の目に明らかになってきた母親像は、まるで新しい生命体のようだった。文化によって作り上げられた母親のイメージとは完全にかけ離れた、まったく異質のものだった。母親は多面的な生き物で、複数のもくろみを同時に操る戦略家だった。結果として、生まれてきた子に対する母親の関与の度合いは、大きく状況に左右される。
(p.23)

たとえば、「自己犠牲的な母親が見られるのはきわめて近親交配的な集団か、あるいは母親が繁殖可能年齢の終わりに近づいている場合である。四十一歳の女性が自分の唯一の子どものために命を捨てたからといって、これが一〇年前、二〇年前に初めて子を身ごもったときだったら、同じ選択をするとは限らない。彼女はおそらく中絶していただろう(p.139)」とある。また、「女性はつねに生存と繁殖の折り合いを図っている(p.33)」という。

ただし著者は、「氏より育ち」と言っているわけではない。生物学的決定論を頭から毛嫌いするフェミニストについても批判している。「氏」か「育ち」かの二項対立にとらわれるより、「遺伝子や組織や腺、過去の経験、赤ん坊自身や近くの他の個体から発せられる感覚を通じた合図などの環境的な要因。そしてそれらの複雑な相互作用(p.235)」など、生物学的要素も社会学的要素も共に考慮すべきだと、考えているからです。

マザー・ネイチャー (上)

マザー・ネイチャー (上)

マザー・ネイチャー (下)

マザー・ネイチャー (下)

なお、好みもあるのでしょうけど、わたしはけっこういい翻訳だと思いました。