リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

手探りの中絶?

あらゆる手術のなかで、目で確認することなく行うのは中絶手術のみだなどと言われることがありますが、それは日本だけの常識です。貧しくて医療にお金をかけられない国々はともかく、いわゆる先進諸国ではエコーと呼ばれる超音波診断装置を使って確認しながら手術を行うのが常識です。

そればかりか、手術の術式も日本と海外では違います。日本では未だにキュレットという匙状の道具を使って掻き出す掻爬(D&C)と呼ばれる方法が常道だと思われていますが、この方法は他の国々では基本的にもはや使われていないばかりか、危険なので禁止されるべきだとまで言われています。では何を使うかといえば、吸引中絶と呼ばれる方法で電動または手動の機械で吸い出す方法が一般的であり、常識化されています。

さらに、日本の掻爬は全身麻酔下で行うのが慣例になっていますが、WHOの安全マニュアルを見ても、吸引の場合は局所麻酔で十分だとされています。一般的には、全身麻酔のほうが副作用が強く出るため局所麻酔の方が好ましいと考えられています(ただし、術中、当人に意識がある分だけ、なおいっそうの意思確認を要し、メンタルケアを徹底させる必要もあります。)なお、イギリスの医師マニュアルでは全麻か局麻かは当人に選択させることになっています。

日本の中絶医療は、他の先進諸国に比べると40年ほど後れていると言ってよい状況です。その意味で、日本は中絶後進国だとも言えるでしょう。

タイミングとしては、多くの国が中絶が合法化された時点で掻爬から吸引に切り替わったようです。その転機はイギリスやアメリカでは1960年代、その他の国でも1970年代くらいです。1990年代に入った頃からは、薬剤による中絶(薬理中絶と呼ぶ人もいます)も選択肢として導入されました。当人の関与が必要である薬理中絶を行うためには、きちんとしたインフォームド・コンセントやカウンセリングが不可欠であり、医師やカウンセラーとの対話は女性たちは自分のしたことを振り返り、意志を固め、正しい決断だという自覚をもつ機会も与えているように思われます。

1970年代にバイオエシックスが登場して「中絶の倫理」がさかんに議論されたとき、西欧で前提になっていたのは吸引中絶だったのですが、日本では、同じ「中絶」という言葉で別のもの(掻爬)を見ていました。このボタンの掛け違いは、今日の生命倫理の議論や中絶医療のありかたばかりではなく、一般の人々の中絶観や女性たちの意識にも影を落としているように思えてなりません。