リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

元CEDAW委員長によるRHRの解説

国連女性差別撤廃委員会委員の林陽子さんによる1000字提言

女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツ

ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2017年10月号
1000字提言
女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツ
林陽子

リプロダクティブ・ヘルス・ライツとは、直訳すれば「生殖の権利」であり、妊娠や出産を示唆する。しかし女性の健康は「母となる」ためだけに保護されるのではない。初潮を迎えない少女も閉経を迎えた女性も、等しく守られるべき健康の権利があり、国の男女共同参画基本計画では「生涯にわたる女性の健康・権利」と表現している。

米国のトランプ大統領は就任早々、イスラム諸国7か国からの入国禁止令とともに、妊娠中絶を許容する国際機関・医療機関から米国の政府開発援助を一斉に引き上げるという大統領令に署名した。米国政府の資金をもらっている団体は、妊娠中絶の可能性について女性患者と話もしてはいけないことになり、NGOはこれを「グローバル・ギャグ(さるぐつわ)・ルール」と呼んで批判している。

1970年代以降の女性運動は、妊娠中絶は女性のプライバシー権・自己決定権により肯定されると主張してきた。1990年代より、さらに、妊娠中絶は女性だけが必要とする医療であり、それを否定することは女性に対する差別であると強調されるようになった。旧ユーゴスラビアでの民族浄化作戦や「戦場での武器としてのレイプ」の実態が知られるようになると、意に反する妊娠の継続は拷問であるとも認識されるようになった。

国連の人権条約機関は、妊娠中絶に関する統一した見解を持たないが、各国政府におおむね次のような勧告を行なっている。

1.妊娠中絶手術を受けた女性を刑事罰によって処分してはならない(これを「非処罰化」と呼ぶ)。2.一定の場合には女性が安全な中絶を受けられる権利を保障すべきである(これを「合法化」と呼ぶ)。ここで一定の場合とは、強姦による妊娠、妊娠の継続が母体の生命・健康に危険を及ぼす場合と並んで、胎児に障害(impairment)がある場合が挙げられることが多い。国連の女性差別撤廃委員会は、2016年3月、日本政府に対し、すべての場合の妊娠中絶を処罰の対象から外すこととともに、胎児の深刻な機能障害を理由とする中絶には妊婦の自由意思に基づいた同意を確実に得ることを勧告した。

日本の刑法には堕胎罪が存続し、妊娠中絶には原則として刑事罰が加えられる。長い間、妊娠中絶は優生保護法という極めて差別的な法律により一部の非処罰化がなされてきた。優生保護法は1996年に母体保護法へと改正がなされたが、女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツの観点からも、障害者の権利の観点からも、十分なものではない。障害者の権利条約の国内実施を進めることと、女性が拷問や強制から自由にリプロダクティブ・ヘルス・ライツを行使できることの両立に向けてさらなる議論が必要である。

【プロフィール】

はやしようこ。茨城県出身。1983年より弁護士(現在、アテナ法律事務所所属)。外国人女性のためのシェルターなどで女性の権利擁護の活動に取り組んできた。2008年より国連女性差別撤廃委員会委員。2015年より2017年2月まで同委員長を務めた。