リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「妊娠中絶後進国」の日本女性に感じる哀れさ 「性と生殖の権利」について知っていますか?

レジス・アルノー : 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員

東洋経済ONLINEでみつけた記事。

妊娠中絶は、世界で最も議論が交わされている問題の1つだ。だが、日本では明らかに事情が異なるようだ。主流メディアでこの問題が取り上げられることはめったにない。アイルランドでは、この5月に歴史的な国民投票で妊娠中絶を認めることが決定された。日本では、これは単なる海外の出来事として報じられた。

最近行われたアメリカ連邦最高裁判所判事ブレット・カバノー氏の公聴会の主な焦点は、彼が、「ロー対ウェイド事件」の妊娠中絶に関する最高裁の有名な判決を覆すかどうかだったが、この問題もまた、アメリカの問題と見なされていた。しかし、こうしたニュースは中絶や、より全般的な「reproductive rights=性と生殖に関する権利」に関する日本の状況をよく考えるのに良い機会を与えてくれるのである。

避妊の歴史が物語る日本とフランスの違い
日本人はフランスの女性の美しさに驚嘆する。しかし、彼女たちの美の大部分は彼女たちの自立と関連していて、主としてその自立は彼女たちが生殖に関わる問題、ひいては自分の運命を自分で決める力を持っていることに由来するのではないか。フランスの女性と比較して、日本の女性は性と生殖に関する権利に関する限りいまだに縄文時代に暮らしていると言える。

実際、性と生殖に関する権利という表現は日本版Wikipediaのページに載ってさえいない。日本の女性はあまりに大きな暗闇の中にいるので、自分たちが暗闇にいることがわかっていないのだ。

フランスと日本の避妊の歴史を比較すれば、日本の女性読者はどれだけ自分たちが遅れているのかを自覚できるかもしれない。フランスでは経口避妊薬は1969年から利用可能になっていて、2013年からは女性の未成年者は無料かつ匿名で入手できる。1999年に、事後用経口避妊薬が医師の診察を受けずに入手できるようになり、2002年には無料化、未成年者は匿名で手に入れられるようになった(学校の保健室で手に入る場合が多い)。

フランスの女性は敏感に自分の体を意識しており、最新の健康情報に従って生活している。最新の調査によると、フランス人女性のピル使用率は33.2%、子宮内避妊器具の使用は25.6%、コンドームの使用は15.5%だった(ちなみに、出産に関わる費用は全額払い戻される。72%の女性は麻酔を利用し、無料で出産を行っている)。

中絶についても、現在フランスでは中絶に関する合意が大きく広まっているため、2017年のフランス大統領選挙の11人の候補者のうち、選挙公約で中絶の禁止を訴えた者は1人もいなかった。ある候補者は妊娠中絶の権利を憲法で保障すべきだという提案まで行った。

フランスでは中絶は1975年から認可され、1982年以来社会保障制度給付金によって費用の大半が払い戻されるようになり、2013年以降は全額払い戻しが受けられるようになっている。中絶は外科手術によって行われるほか、より安全で安価な経口妊娠中絶薬と呼ばれる1988年にフランスの厚生大臣によって認可された経口薬によって行われることが多くなってきている。

当時、ある製薬会社は強い主張を展開する中絶反対団体への配慮から、当初は経口妊娠中絶薬の販売を拒んでいた。しかし、フランス厚生相は次のように述べて販売を命令した。「その薬に対する政府の認可が承諾された瞬間から、RU486(経口妊娠中絶薬)は製薬会社の資産であるだけでなく、女性の道徳的な資産にもなったのである」。


ピル使用率は東南アジアよりも低い

日本では経口避妊薬は1999年までは違法だった。それ以前は、ピルは医師から入手できたが、不規則な月経周期の管理や、その他の医療目的のためであって、避妊のためではなかった。よく言われていることだが、日本で経口避妊薬が認可されたのは、この薬が入手可能になってから34年後で、国連加盟国で最も遅かったが、その一方で男性対象の勃起薬バイアグラが認可されるのにたった6カ月しかかからなかった。

日本の女性は、現代的な避妊薬の使用に関して多くの先進国に後れを取っている。複数の調査によると、女性にとって最も危険の高い方法であるにもかかわらず、コンドームと膣外射精が、今日の日本で最もよく行われている避妊法だ。日本の女性はアジアの発展途上国と比べても後れを取っている。2015年の国連の調査によると、タイの女性のピルの使用率は33.7%で日本の女性の1.1%を大きく上回る。

このような哀れむべき状況の1つの原因は、現代の避妊薬に対する政府支援の欠如である。現在日本では避妊薬を買うのに月額約5000円かかり、利用者にとっては金銭的な痛手となっている。事後経口避妊薬に至っては、フランスで処方箋なしで手に入るようになってから20年経った今でも、日本では医師の承認が必要である。

このような不必要な障壁により、女性は短期間で緊急にこの薬を見つけなければならないうえ(特に、望まない妊娠が起こりやすい週末は薬を見つけるのが難しい)、多額の金を払わねばならない状況に追い込まれている。

この薬を日本で探さなければならなかったフランス人女性は、自分の経験をこう振り返る。「フランスではドラッグストアに行って、事後経口避妊薬を10ユーロ(約1300円)未満で購入できる。でも、東京ではまずその薬を処方してもよいという医者を探さなければならなかった。男性医師は無礼で無神経で、彼は私にその薬を服用しないよう説得しようとした。それからドラッグストアに行ったが、5000円ほどの出費になってしまった」。

出産に関しても、日本の女性はいまだに金を払い、しかも身体的に苦しまなくてはならない。大半の女性は、子どもをより愛するには苦しむべきだいう奇妙で酷い作り話に影響されて生きている。日本で麻酔を受けて出産する女性はたった5%である。フランスでは無料かつ無痛で手に入るものが、日本では広尾のような上流層が住む地域のクリニックに通う裕福で学歴の高い女性にしか手に入れられないのだ。

日本での中絶はギャンブルと同じ
また、日本では中絶はギャンブルと同じ偽善を抱えている。つまり、両者とも違法なのだが、あまりにも例外が広まっているため、実質上認められているのだ。妊娠中絶は、1880年の刑法での法制化以来ずっと犯罪なのである。中絶処置を受けた女性は最大1年の懲役、行った医師には最大2年の懲役が科せられる。

しかし同時に、中絶は1949年に法制化されている。恐ろしいことにその理由の1つは、遺伝的に劣っていると考えられる胎児の出産を抑制するためであり、また1つには国が戦争の痛みで揺らいでいる時期に、過剰な出生を抑えるためであった。

それ以来妊娠中絶は一部のケースで認められてきたが、最も重要なのは経済的な理由が認められていることだ。母体保護法に書かれた「経済的な理由」の一節があれば、妊娠中絶を望むほとんどすべての女性は実質上中絶を認められる。

皮肉なことに、1950年代のフランスの女性たちが中絶手術を受けるために日本にやって来たのは、母国では不可能だったからだ。今日、日本におけるほぼすべての妊娠中絶(NGOのSOSHIRENによると98%)が経済的な理由で行われている。

2015年には出産100万5677件に対し、中絶は17万6388件だった。だがそれは、妊娠件数の17%が中絶に終わっているということを意味する。だが、中絶はいまだに時代遅れの外科手術の方法でしか行われていない。外科手術を必要としない、より苦痛の少ない中絶を可能にする経口妊娠中絶薬薬は、まだ日本の厚生労働省に認可されていないのだ。経口妊娠中絶薬はすべての先進国、それに発展途上国の多くでも認可されている。

中国では1988年に、チュニジアは2001年に、アルメニアは2007年に認可された。ウズベキスタンの女性は経口妊娠中絶薬を入手できるのに、日本の女性は手に入れられない。中絶自体おぞましい経験なのに、日本の保健当局はその苦しみを取り除こうとはしていない。


厚労省は誤った情報を発している

それどころか、厚生労働省は、経口妊娠中絶薬について誤った情報を発している。厚生労働省アメリカの食品医薬品局(FDA)もサイト上で注意喚起しているとして、FDAのページへリンクするとともに、重要部分を翻訳して危険性を強調している。だが実際は、FDAは2016年に経口妊娠中絶薬に関する政策を変更しており、厚労省の情報は古いままとなっている(ちなみにリンクをクリックすると、リンク切れになっている)。

多くの若くて貧しい10代の女性は、性教育不足のために不必要な中絶を行っている。世界保健機関(WHO)は2010年の報告書で、子どもには4歳以前から自分の体を意識させるよう勧めている。フランスは6歳からそれを行っており、ドイツでは9歳からである。

だが、日本にはこの件に関する何の政策もない。基本概念をきちんと教えることができなければ、10代の若者たちが愛や性に関心を持ち始めたとき、彼らを危険にさらすことになる。性教育に対する猛烈な反対者である自由民主党山谷えり子議員に筆者は取材を求め、質問項目のリストを送った。だが、彼女は取材を拒否し、「予定が立て込んでいるとして取材を拒否し、「女手1つの子育てを体験してきた」などと大まかで空虚な回答を返してきた。

日本における中絶の「犯罪」としての位置づけは、日本人女性を貶め、不安定な立場に置いている。もし明日中絶が非合法化されたら?「現代の10代の若者たちは、ピルと事後経口避妊薬の違いを知らない。彼らはもし中絶が本当に違法なものになったら日本がどう変わるか理解していない」と、作家であり、妊娠中絶賛成派のNGOである「SOSHIREN・女(わたしの)からだから」のメンバーである大橋由香子氏は話す。

SOSHIRENは女性の性と生殖に関する権利を求めて戦ってきた長い歴史を持つ。中絶を受けることができる権利は、1972年と1982年に「生長の家」のような妊娠中絶反対のグループによって攻撃を受けた。自由民主党の政治家の助けを借りて、生長の家をはじめとするグループは、妊娠中絶を許している「経済的な理由」の一節を取り消そうとした。

これに対して、SOSHIRENのメンバーたちは経済的理由の一節を取り除くことに反対し、ハンガーストライキを行った。彼らはカナダ人監督ゲイル・シンガー氏の中絶に関する映画の日本版「中絶」を製作した。水子供養が1970年代に登場し、女性たちに罪の意識を持たせ、寺社に新たな収入源を与えた。

大橋氏は今、自民党内に保守的な宗教関係の陳情団体が復活していることを懸念している。彼らは経済関連の陳情団体より大きな勢力と影響力を持っているとされる。「中絶は依然として刑法により違法とされており、とても性と生殖に関する権利が保障されているとは言えない(日本には)性と生殖に関する権利を支持する新しい法律が必要だ」と大橋氏は言う。少なくとも、妊娠中絶が犯罪であるという位置づけは変えなくてはならない。