リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

韓国の中絶事情

先進国では珍しい「堕胎罪」の厳格化に女性運動が反対

ふぇみん(2018年11月15日号)の記事「『堕胎罪をなくせ』声を上げる韓国の女性たち」に、最近の韓国の中絶事情がまとめられていたので関心を持ちました。英語で得た情報も盛り込んで、ダイジェストして紹介します。

・ 韓国には1953年以来刑法堕胎罪がある。
・ 1973年の「母子保護法」で「人工妊娠中絶の許容範囲」が既定されたが、実際にはこの規定を超えた範囲で行われ、当時の人口抑制政策によりむしろ奨励される形で、中絶が広がった。
・ 1990年代に入り、少子化問題を理由に政府は出産奨励政策に切り替え、1994年に「堕胎反対運動連合」が、2010年には「プロライフ医師会」が結成されて攻撃的な「堕胎」根絶運動がおこった。宗教界は「堕胎罪廃止反対100万人署名運動」を組織した。
・ これに対して堕胎罪廃止を訴える女性たちは、2016年に「黒い服デモ」を実施、2017年には女性団体の連帯「みんなのための堕胎罪廃止共同行動」が発足した。

1973年母子保護法に規定された中絶の許容条件というのは、次の通り、日本の優生保護法にかなり似ています(4は、日本の法律には明示されたことがありませんが)。

1.本人や配偶者に優生学的または遺伝学的精神障害や身体疾患がある場合
2.本人や配偶者に伝染性疾患がある場合
3.強姦または準強姦によって妊娠した場合
4.法律上婚姻することができない血族または姻戚間で妊娠した場合
5.妊娠の持続が保険医学的理由で母体の健康を深刻に害する憂慮がある場合

さらに、「医者が配偶者(事実婚関係含む)の同意を受けて人工妊娠中絶手術を行うことができる」と定められているところも、日本の優生保護法(現母体保護法)に似ています。

Human Rights Watchによれば、2018年3月に国連女性差別撤廃委員会は韓国政府に対して法改正を要請しています。

レイプ、近親姦、生命の危険および/または妊娠している女性の健康、あるいは深刻な胎児障害の場合の中絶を合法化し、その他あらゆるケースにおける中絶を脱犯罪化し、中絶を行った女性に対する罰則を撤廃し、女性たちに対して――特に安全でない中絶に起因する合併症のケースについて――質の高い中絶後ケアへのアクセスを提供すること。(私訳)

そこで5月に裁判所が公聴会を開くなど再検討の動きが始まり、その結果、「中絶手術に関する規則が厳格化され、中絶手術が『非道徳的な診療行為』と規定される」事態になりました。そこで、「堕胎罪」の廃止を訴える女性側と、堕胎罪存続を擁護する人々の両派の運動が活気づいたのです。AFPによれば、大々的なデモが繰り広げられたり、「2000人近い産婦人科医が抗議し、中絶手術をボイコットする事態に発展」したというのです。

これは日本でも他人事ではないかもしれません。なにしろ、「刑法堕胎罪」で原則禁止しておきながら、別の法律で一部合法化する規定を作り、その規定を「ゆるく援用」する形で、「実質的に合法的な中絶を行えるようにした」という形は、日本も全く同じだからです。中絶が人口調節の安全弁扱いされており政府のさじ加減次第で、人権である女性のリプロダクティヴ・ヘルス&ライツ(RHR)が左右されてしまうことの証左です。

おまけに、女性差別禁止条約違反として国連から「堕胎罪撤廃」を求められているのも、日本も全く同じなのです。

ひとつ違いを挙げておくと、どうやら韓国の中絶率は日本よりも高そうです。Gardianによれば、2010年に政府の推定で16万件以上の「違法堕胎」があったとされており、ある研究者は年間60万件とみつもっているとか。韓国の人口は日本の約半分と見積もったとしても、現在の日本の中絶数は年間十数万件くらいなので、上記の推定が正しければ韓国の中絶率は日本の1950年代並みに高いということになります。

それでも、海外のメディアが韓国について「65年も中絶が禁止されている」「先進国では珍しい国」などと報じているのを見ると、頭が痛くなります。

だって日本は、1880年旧刑法で「堕胎罪」が作られてから、なんと韓国の2倍の137年も経っていて、しかも韓国同様にいちおう先進国のひとつなんですから!