リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「個人で中絶薬の使用は大変危険」なのか?

インターネットを通じた中絶薬の個人輸入禁止は一種の脅し?

医療機関を受診せずに個人で海外製経口妊娠中絶薬を使用することは大変危険です |報道発表資料|厚生労働省

この2018年5月に厚生労働省が報道発表用に作成した資料では「医療機関を受診せずに個人輸入した経口妊娠中絶薬を使用した女性が入院」するという「健康被害が起きた」ことになっています。しかし、報じられた薬ミフェプリストンとミソプロストールは、実はWHOの必須医薬品リストに掲載されているほど非常に安全性と有効性の高い薬なのです。

なのに、どうしてこのように報じられているのか、解説していきましょう。まずはタイトルです。

医療機関を受診せずに個人で海外製経口妊娠中絶薬を使用することは大変危険です
~インターネットを介して個人輸入した海外製経口妊娠中絶薬による健康被害について~

まず押さえておきたいのは、ここで話題になっているのはインド製経口妊娠中絶薬(ミソプロストール単体の製品と、ミフェプリストンとミソプロストールがセットになっている製品の2種)だということです。これらについては、あとで詳しく解説します。

次に、「医療機関を受診せずに」というのは、第一に「妊娠状態を確定しないままに」また第二に「医師の処方を受けずに」薬を服用することを問題視しているのだと読み取れます。

第一点については、実は重要な問題と関連しています。受精卵が子宮外で着床してしまった場合(子宮外妊娠、または異所性妊娠と呼ばれ、卵管に着床することが大多数を占めるケース)、胎盤が子宮内膜に着床することを妨げるミフェプリストンとミソプロストールでは人工流産を引き起こすことができません。つまり異所性妊娠をしているのに、中絶薬を服用したからもう大丈夫と思って何もせずにいると、卵管等の中で受精卵が成長してしまい、卵管破裂やショック状態を引き起こし、最悪の場合死がもたらされるといった大事故に至るおそれがあります。これを防ぐには、きちんと子宮内妊娠していることを医師の元で確かめるか、妊娠週数にもよりますが、薬の服用一週間後くらいに妊娠検査薬を再度用いて妊娠徴候が消えているのを確認し、もしまだ妊娠徴候が消えていない場合には異所性妊娠を疑って医師の診察・治療を受ける必要があります。

異所性妊娠への対処について詳しくはこちらをご覧ください。また、ごくごく稀ですが、この薬が禁忌である病気もあることを付け加えておきます。

第二点の「医師の処方を受けずに」海外製妊娠中絶薬を個人輸入することについては、厚生労働省は次の報道発表で禁止しており、そうした個人輸入を禁じられている薬のリストの中にミフェプリストンの名を挙げています。今回の報道発表の[5. 参考]に示されているので先にご紹介しましょう。

5.参考
・平成 16 年 10 月厚生労働省発表「個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について」http://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/10/h1025-5.html
・医師の指示や処方せん等がない場合には個人輸入することができない医薬品等のリスト
http://www.mhlw.go.jp/topics/0104/dl/tp0401-1a.p

一つ目は、正しくは平成16年10月25日に厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課の2人の担当者名で発表された「個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について」で、その内容は当時(2004年)アメリカで起きた騒ぎに基いたものです。この時、反中絶運動の激しいアメリカで妊娠中絶薬を使用した女性がショック死するという事件が発生して大騒ぎになり、いったんアメリカの食品医薬品局(FDA)がこの薬の使用に対して「警告」を発しました。しかし、FDAは迅速に事実を解明し、翌年には薬と死亡の関連が乏しいことを発表、数年後には完全に「警告」を解除しました。

ただし、このアメリカの事件は2004年11月に起こっているのです。当時、厚労省担当局が10月15日に行った発表を私は問題視して何度もオンラインで見ていたのですが、11月に入ってアメリカで騒ぎが起こったとたんに、アメリカで事故が起こって「警告」が発せられたとの内容を「10月15日」という発表日をそのままに付け加えたのです! それはおかしいだろうと問い合わせを出したら、リンクを貼って飛んだ先に11月の内容が表示されるように変更されていましたが、そうした変更についてどこにも但し書きはなかったのです。この問題については、先に書いたリプロな日記をご参照ください。

いずれにしても、アメリカの2004年11月の事故は、ミフェプリストンによるものではなく、当時、経膣投与されることもあったミソプロストールの投与時に不適切な取り扱いがあって感染したのだと言われています。薬そのものの成分が問題だったわけではないのです。むしろこの事故後、ミソプロストールもミフェプリストン同様に経口(より専門的に言えばごくんと呑むのではなく、頬と歯肉のあいだで時間をかけて溶かす「舌下(buccal)」と呼ばれる方法)で服用することが世界のスタンダードになりました。つまり、現在スタンダードになっている方法を取れば感染のおそれはまずないということになります。

なお、二つ目の「医師の指示や処方せん等がない場合には個人輸入することができない医薬品等のリスト」については、本日の時点でリンクが切れており見当たりませんでした。

話が前後しますが、今回の報道発表の内容を冒頭に戻って確認していきます。

1.概要
インターネットを介してインド製と表示された経口妊娠中絶薬を個人輸入し、服用した 20歳代の女性(妊婦)において、多量の出血やけいれん、腹痛の症状が生じ、医療機関に入院した事例が報告されました。現在、女性は医療機関での処置により軽快し、退院しています。

この種の報道がなされる時、決定的に欠けているのが「妊娠何週目だったのか、どれだけの薬をどの間隔で飲んだのか」といった重要な情報です。妊娠週数が進めば、また服用する薬の用量が多ければ、より強い症状(副作用)を伴うと思われるため、これらの情報がないと実際に何があったのかよく分かりません。

つまり、この女性が経験された「多量の出血」「けいれん」「腹痛」といった症状は、臨床的に「異常」な程度だったのかどうかは、この報道では分からないのです。そもそも、いわゆる「中絶薬」と呼ばれるミフェプリストンを用いると妊娠を維持できなくなり人工的に流産が引き起こされるため、着床した/しかけた卵胞は胎盤を形成しかけていた「多量の血液」と共に膣から流れ出ます。つまり通常の月経を超える「多量の出血」があるのは、自然のなりゆきなのです。また第二薬であるミソプロストールは子宮を刺激することで排出を促すため、「けいれん」や「腹痛」を伴うこともあります。

もしかしたらこの女性は、そうした「副作用」について知識がなく、「異常事態」が起きたと勘違いして病院に飛び込んだのではないでしょうか。この事件は、自己中絶を行うのであれば、それ相応の準備と予備知識が必要だということを示していたとしても、必ずしも「中絶薬は危険」だということを示してはいないのです。

続きを読んでみます。

女性が服用した経口妊娠中絶薬は、ミフェプリストンとミソプロストールを有効成分とすると表示されていました。これらの医薬品は、膣からの多量の出血や重大な細菌感染症などを引き起こすおそれが明らかになっており、医師からの指示を受けずに使用することは大変危険です。

「膣からの多量の出血」が起きるのは当然だということはすでに説明しました。「重大な細菌感染症」については、先に説明した2004年11月のアメリカの事故で中絶薬との関係を疑われた(すでにアメリカではこの疑いは晴れている)エピソードしかなく、すでに根拠を失っています。

厚生労働省は、このような医薬品を安易に個人輸入して使用することがないよう注意喚起しているところですが、今回の事例の発生を受け、改めて注意喚起します。

また、経口妊娠中絶薬については、個別に指定し、医師の処方に基づくことが地方厚生局で確認できた場合を除き、個人輸入を制限することとしていますが、このインド製の経口妊娠中絶薬についても同様の取扱とすることとし、個人輸入の制限のための指定を行いました。

そもそもこうした注意喚起がくり返し行われていること自体、個人輸入をしている人が少なからず存在する証拠ではないでしょうか。実際、日本女性の妊娠中絶実施率はこのところ年々減少しています。その原因として、仮に個人輸入して用いている人が増えているとして、こうした「事故」が目に見えて増えてはいないということにも着目すべきではないでしょうか。実際、厚生労働省産婦人科医に「経口妊娠中絶薬による健康被害事例の収集に関する御協力」をお願いして報告用のフォームまで配っているのですが、それでも上がって来る「事故」はめったに聞こえてきません。実態を知りたいところです。

次に、今回、問題になった製品を見てみます。

2.製品名等(報告された製品の包装の写真(別紙)に基づく)
名 称:「Miso-Kare Misoprostol Tablets IP 200 mcg」
形 状:銀色のブリスターパックに封入された錠剤
製造国:インド
名 称:「A-Kare Combipack of Mifepristone Tablets IP & Misoprostol Tablets IP」
形 状:銀色のブリスターパックに封入された錠剤
製造国:インド

ミソプロストール単体のMiso-Careと呼ばれる製品が1つ、ミフェプリストンとミソプロストールがパックになったA-Kare Combipackという製品が1つですね。写真を見たところ、Miso-Careの方はミソプロストール200mcgが2個、A-Kare Combipackの方はミフェプリストン200mgが1個とミソプロストール200mcgが4個使用済みの状態です。(mcg=μg)これを私が訳したWHOの推奨使用用量と比較してみると、妊娠9週未満で満了服用状態であったか、妊娠9~12週まであるいは妊娠12週以降で2回目まで服用した状態であったかのどちらかだと推察されます。

可能性として考えられるのは、(服用方法が不適切だった可能性もないとはいえませんが)服用者がどの程度の出血やけいれんがあるのかを予期できていなかったために、途中で「怖くなり」病院に駆け込んだのではないかというシナリオです。

なおこれらの薬の値段は、A-Kare Combipackが390ルピー(601円:65ルピー=100円として) Miso-Careが120ルピー(185円)です。第2薬を4個使用したとして、2種類の薬を合わせても1000円弱で、妊娠初期でも数万円から多くは10万円を超える日本の中絶費用とは段違いです。

厚労省がこうした「事故」を本気で防ぎたいのであれば、日本でもミフェプリストンを導入し、ミソプロストールの用途を広げ、ちゃんと事前教育をしたうえで使用するようにすべきでしょう。

このように見ていくと、今回の報道発表の残りについても、読み解けます。

3.健康被害の内容
・平成 30 年4月に、国内の 20 歳代の女性(妊婦)1名がインターネットを介した個人輸入により上記の製品を購入して服用したところ、多量の出血やけいれん、腹痛を生じ、宮城県仙台市内の医療機関に入院しました。
・現在までに、女性は医療機関での処置により軽快し、退院しています。

4.厚生労働省の対応
厚生労働省は、経口妊娠中絶薬を安易に個人輸入して使用することがないよう、注意喚起を行っており、平成 16 年からは、ミフェプリストンを含有する経口妊娠中絶薬のうち、米国、EU、中国、台湾で販売されているものを指定し、医師の処方に基づくことが地方厚生局で確認できた場合を除き、個人輸入を制限する措置を採っています。
厚生労働省は、改めて、経口妊娠中絶薬を安易に個人輸入して使用することがないよう、注意喚起を行うとともに、インドで製造されている製品についても、同様に個人輸入を制限するための指定を行いました。

確かに「中絶薬を服用した女性(妊婦)」が大量出血やけいれんや腹痛を訴えて入院したのは事実でしょうし、おそらくその処置として外科的中絶処置が行われたのではないかと私は推察します。むしろ、当の女性が訴える「症状」をなくす目的で、外科的手術をするからといって「入院」させたのではないかと思われます。

しかし、このエピソードでもって「個人で中絶薬を使用するのは大変危険」と断定するのは無理でしょう。「我が国では未承認の薬」だからといって、WHOでは「必須医薬品」にまで指定されている薬を危険だ危険だと騒ぐことで女性たちを脅そうとするのも、もはや限界ではないでしょうか。

なお、この女性は「堕胎罪」で起訴されたのかどうか、それも気になっているのですが、報道されてはいません。第二十九章 堕胎の罪によれば、

(堕胎)
第二百十二条 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。

日本には未だにこんな法律が残っているのです。それにあえて触れないのは、問題視する人が増えて議論になっては困るからではないかなと邪推したくなります。

中絶薬を安全・安心に使うためにも、もはや認可は不可欠であるはずだし、これを機にオン・デマンドの(女性自身の要求に基づく)中絶も合法化していくべきでしょう。