リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

妊娠出産の自己決定権、遅れる日本 リプロダクティブ・ライツ、強制不妊訴訟で焦点に

朝日デジタル 2019/9/23

 子どもを産むか産まないかなどを自分で決められる「リプロダクティブ・ライツ」(性と生殖に関する権利)=キーワード。憲法で保障される個人の基本的権利だと、旧優生保護法による強制不妊手術をめぐる裁判で5月、仙台地裁が認めました。ただ、「日本ではこの権利が十分に理解されていない」と専門家らは指摘します。

 ■女性の意思で使える避妊法、少なく

 「相手が避妊してくれない」「『未成年だから』と、緊急避妊薬をもらえなかった」――。

 避妊や性の情報を発信するウェブサイト「#なんでないの」(https://www.nandenaino.com/)には、望まない妊娠をした女性たちから、SOSの声が届く。

 #なんでないのプロジェクトは、避妊法の選択肢を増やすなど、主に若者の性に関する健康を守るための活動を目指している。

 「世界には安全で安価な避妊法があるのに、それを知らされずにいろんな人が困っている」と、代表の福田和子さん(24)は話す。「選択肢がないということは、産む・産まないを自分で決められないということ。リプロダクティブ・ライツを守れない」

 2年前、留学先のスウェーデンのクリニックで、驚いた経験がある。医師が低用量ピルやIUD(子宮内避妊具)など5種類の避妊法の選択肢を示し、「体に合ったものを選んで」と、それぞれのメリットとデメリットを説明してくれた。日本は遅れていると感じた福田さんは帰国後、2018年5月、同プロジェクトを立ち上げた。

 低用量ピルの承認が1999年と海外から約40年遅れた日本では、避妊法の主流は今もコンドームだ。低用量ピルは医師の処方が必要で、1カ月2千円以上と高い。

 プロジェクトが今年5月、避妊に失敗したときに服用する緊急避妊薬についてインターネット上で調査したところ、回答した女性1429人のうち約3割に服用経験があった。必要とした理由で最も多かったのは、「コンドーム失敗」(78・5%)だった。

 緊急避妊薬は、望まない妊娠を防ぐ最後の手段だ。多くの国で医師の診察なしに薬局で買えるが、日本では原則医師の処方が要り、精神的負担が大きいと指摘されている。調査では服用経験のある人の約1割が緊急避妊薬をネットを通して購入した経験があり、うち55%が「薬の質に不安があった」と回答した。

 海外では当たり前に手に入るものが、日本では難しい。その影響は、日本に住む外国人女性にも及んでいる。

 3年前に来日したベトナム人留学生の女性(25)は日本で使える避妊法が分からず、17年に妊娠して出産。そのため出席日数が足りずに、大学を除籍になった。ルームメートだったベトナム人留学生は、妊娠が分かった3日後、ネットで購入した経口の中絶薬を飲んだ。薬による中絶が海外では広く認められているが、日本では手術で高額な費用がかかるうえ、相手の同意も必要など、ハードルが高い。

 国際協力やジェンダー論が専門の田中雅子・上智大学教授によると、ベトナムのほかフィリピンやネパールでは、ピルや緊急避妊薬が保健所などで無料または安く手に入る。ホルモン剤の注射など様々な避妊法がある。「海外では女性の意思で使える避妊法が多いが、日本では男性がつけるコンドーム以外の選択肢が少ない。女性の自己決定権が制限されている現状に気づくべきだ」と語る。

 ■性教育「過激だ」、政治家らの批判が影響

 厚生労働省は7月末、地理的な要因や、対面診療が心理的に困難だと判断された女性については、例外的にオンラインでの緊急避妊薬の処方を認める通知を出した。

 ただ、この指針を決める検討会では、「(緊急避妊薬へのアクセスよりも)まず性の知識を女性に普及するほうが効率がいい」「議論は時期尚早だ」といった慎重論があり、一時は、オンライン処方を性暴力の被害者らに限る案が検討されていた。

 会議を傍聴した産婦人科医の早乙女智子さん(57)は、「リプロダクティブ・ライツの視点で考えれば、すべての女性の避妊ニーズに等しく応えるべきだ」と話す。

 リプロダクティブ・ライツをめぐる現状について、明治学院大学の柘植あづみ教授(医療人類学)は、「日本は国際社会から取り残された」と指摘する。

 なぜなのか。

 1994年、国際的にリプロダクティブ・ライツの機運が高まり、日本でも96年、旧優生保護法を改め、強制不妊手術などの項目を削除した。2000年には、国の男女共同参画基本計画にリプロダクティブ・ライツが重要な視点として盛り込まれ、性教育の充実もうたわれた。

 だが、その後、こうした動きは停滞する。

 02年、ピルや中絶について記載された中学生向けの性教育用の教材が国会で問題視され、回収、絶版になった。03年、都議会では養護学校性教育の授業が「過激だ」と批判され、性教育が縮小されたことが影響しているという。

 柘植教授は、「仙台地裁の判決を機に、リプロダクティブ・ライツとは何か、具体的な中身について改めて話し合うことが必要だ」と話す。(杉原里美、平山亜理)

 ◆キーワード

 <リプロダクティブ・ライツ> すべての個人やカップルが、子どもを持つか持たないか、いつ持つか、何人持つかを自己決定でき、そのための情報や手段を得ることができるという権利。1994年の国際人口・開発会議で提唱され、国際的に承認された。