リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶ケア・カウンセリングを始めます

わたしは中絶サバイバーです。30数年前、21歳の時に2度の妊娠と中絶、流産をわずか数か月のうちに経験し、メンタル・ブレークダウンしました。

中絶を悔やむ間もなく次の妊娠をしてしまい、今度こそ産もうとしたら流産したことに、気持ちが付いていけなかったのだと、今になれば分かります。そして、中絶をとことん罪悪視している日本社会がわたしの苦しみを深めたのだと、今は理解しています。

中絶後の数年にわたって、極度の低血圧症に苦しみました。何度か原因不明の高熱にも悩まされました。最終的に精密検査まで受けたのに何も出ない。「これは心の問題かもしれない」と言われて、自律神経失調症の診断がつき、あちこちカウンセリングや心理療法を受けました。

最初は中絶が原因だとは気づいていなかったのです。でも、カウンセリング等で自分の心と向き合ったり、いろいろ調べたりしていくうちに、自分の中で解決がついていなかった中絶と流産の経験が原因だったのだと確信するようになりました。

ずっと子ども好きだったのに、七五三の衣装を着せた子どもと家族が神社にお参りにいく姿を見かけると、「親の自己満足!」とイライラしてつぶやいたり、あどけない子どもの笑顔や笑い声に顔をそむけてしまったりする自分を理解できるようになりました。

中絶した日がめぐってくるたびに心身の調子が崩れ、取り乱し、どうしようもないと分かっていたはずなのに、わたし自身が納得して「選んだ」はずなのに、中絶を望んだ彼をひどく責めてしまうようなことも何年にも渡って続いていました。海外でそういう現象に「アニバーサリー・リアクション(記念日反応)」と名付け、「ポスト・アボーション・シンドローム(中絶後症候群、略称PAS)」と呼んでいる人々がいることを知って、「自分はPASではないか」と思うようになりました。

日本でもPASに苦しめられている人たちがきっといる。それを公けにしていかなければいけないと思いました。中絶を受けた女性たちの心理的ケアが、日本ではあまりにも行われていないと憤りを感じたのです。中絶の心理ケアを学びたいと思いました。

わたしは元々、英日翻訳者だったので、中絶の心理に関する英語で本や文献を読み漁りました……。

……そのうちに、驚くべき事実に気づいたのです。PASを主張する人々と、正統派の心理学者たちのあいだに論争があって、れっきとした心理学者たちはPASを否定していたのです!

結局、PASとは、「中絶は女性の心にも良くないものだ」と決めつける言説を流すことで、中絶を受けようとする女性たちを脅し、中絶を回避させようとする中絶反対論者たちがでっちあげた観念だったのです。

妊娠初期の中絶は誰も傷つかない――中絶した女性自身も傷つかない――というのが、欧米の中絶医療にかかわる専門家たちの了解事項であることを知りました。

どうして? 日本では中絶に苦しんでいる女性はいっぱいいるじゃない……?

その疑問はすぐに晴れました。但し書きがついていたのです――中絶に対して敵対的な文化や中絶を悪いものとみなす法や宗教などの影響を受けている環境にある場合、女性たちの苦悩が深まることがある……とされていたのです。

実は、日本には今も刑法堕胎罪があり、堕胎(違法の中絶)は基本的に犯罪だとされています。一定の要件を満たす中絶だけが、母体保護法によって合法的に行われるという仕組みになっています。

また、日本には、「水子供養」という中絶を罪悪視する装置もあります。中絶を「胎児殺し」と位置付けて、悔やむことを強制し、「供養」することを勧める水子供養は、実は古くからある風習ではありません。ウーマンリブの女性たちが「堕胎罪撤廃!」を叫んでいた1970年頃に、全国の寺社でぽつぽつと始められた新しい習俗なのです。しかも水子供養の普及には、当時の首相が関与しているほど、政治的な要素もあるのです。

さらに、日本の中絶は旧くてリスクの高い方法が今も主流であるため、中絶というと「胎児を掻き出す」残虐なイメージが共有されていることが、中絶のスティグマを強めているのです。

一方、世界では現在、子宮のなかみを人工的に流産させる中絶ピルが主流になっていて、中絶の早期化が進み、中絶に対するスティグマは相当に緩和されています。アイルランドなどのカトリックの国々でさえ、中絶を合法化するようになったのは、女性の健康と権利に対する意識が高まったのと同時に、そうした技術の発展が大いに影響しています。

このように、法も宗教も医療も中絶に敵対的な国で暮らしているために、日本女性の中絶の決断はとても難しいものになっているし、中絶後の女性たちの苦しみも強められているのだと、わたしは今、確信しています。

妊娠は、流産に終わる場合を除いて、女性自身が「産む」か「産まない」かの決断を迫られるできごとです。わたしのように苦しむ女性が一人でも減ることを願って、中絶カウンセラーをめざして資格を取り、経験を積んできました。

4月1日からボイスマルシェでカウンセリングを始めます。「産む/産まない」で迷っている方、中絶後の苦しみを抱えている方のお役に立てれば幸いです。


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