リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

プレコンセプション・ケア

少子化対策ではなく個人の健康と権利のために

北村邦夫氏が『現代性教育研究ジャーナル』4月号に書いていたプレコンセプション・ケアと性の健康教育を今になって読んだ。冒頭でCDCの定義を知ったのがプレコンセプション・ケア(PCC)に関心をいだくきっかけになったと書いてあったので、さっそくCDCのサイトで原文を探してみた。ところがなぜか見つからない。北村氏の引用している定義は以下のとおりである。

「PCC とは、いずれ子どもを持ちたいと考えている男女に,現在の自身の健康に関心を持ってもらうことを意味するとしている。それは、また、近い将来生まれるかも知れない子どもの健康を守るだけでなく、子どもを持つか持たないかにかかわらず、すべての男女の健康の保持増進をも可能にする。」

確かに、「これでは少子化対策の一環かとの誹りを免れることができない」というのも納得できる。

一方、日本でこの概念を提唱してきた国立成育医療研究センターの定義は、次のとおりである。

プレコンセプションケア(Preconception care)とは、将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うことです。

CDCでは、少なくとも現時点では、まず「プレコンセプション・ヘルス」を定義してから、それを推進するための「プレコンセプション・ヘルス・ケア」を定義している。以下に試訳する。

プレコンセプション・ヘルス
 プレコンセプション・ヘルスは、生殖期間中にある、すなわち子どもを産める年齢の女性と男性の健康のことをいう。現在では、そうした人々が将来にもつかもしれない赤ん坊の健康を守るための手順に焦点を置いている。
 しかしながら、いつか赤ん坊をもつことを計画する、しないに関わらず、すべての女性と男性はプレコンセプション・ヘルスから恩恵を受けることができる。なぜなら、プレコンセプション・ヘルスには、人々が生涯を通じて健康になり、健康を保つことに関する要素が含まれているためである。加えて、計画外の妊娠を予期している人はどこにもいない。しかし、計画外の妊娠はしばしば起こっている。実際、米国のすべての妊娠の半分は、計画されたものではない。


プレコンセプション・ヘルス・ケア
 プレコンセプション・ヘルス・ケアは、女性または男性が医師を初めとする医療専門家から受ける医療であり、それは健康な赤ん坊をもつ可能性を高めるとみなされている健康の一部に焦点を合わせたものである。
 プレコンセプション・ヘルス・ケアは、その人の個別のニーズに従って一人ひとり異なる。その人の個別的な健康状態を基盤に、医師を初めとする医療専門家は、必要とされている一連の治療またはフォローアップを提案していく。かかりつけ医がこの種のケアについてあなたとまだ相談していないなら、あなたの方から求めてください!

だいぶトーンが違っている。「産むための健康/医療」ではなく、「産まない人の健康/医療」も対象になっているし、個別性が重視されている。ちなみに、ここで太文字にした部分は、CDCのサイトでも太文字で強調されていた。よく見たら、このページは2020年2月26日に更新されているので、それ以前は、北村先生が引用しているような内容だったのかもしれない。

WHOのPreconception care: Maximizing the gains for maternal and child healthという文書を見ると、少なくとも今やプレコンセプション・ケアは「産むためのケア」ではなくなっていることが明白である。

まずはWHOの定義を見てみよう。

プレコンセプション・ケアは、受胎が生じる以前に女性およびカップルに対して生物医学的、行動的、社会的健康の介入を提供することである。
《中略》
プレコンセプション・ケアは主に母子の健康改善を目指しているが、親になる計画をもつもたないに関わらず、それは思春期の若者や女性たち、男性たちにも健康上の利益をもたらす。

さらにPCCがもたらす効果を挙げている。

プレコンセプション・ケアは、様々な領域で利益をもたらす。たとえば、以下のような効果がある:

  • 母子死亡率を下げる
  • 望まない妊娠を防ぐ
  • 妊娠中および分娩中の合併症を防ぐ
  • 死産、早産、低体重児の出産を防ぐ
  • 先天性欠損症を防ぐ
  • 新生児感染症を防ぐ
  • 低体重と発育阻害を防ぐ
  • HIV/STIの母子感染を防ぐ
  • ある種の小児がんのリスクを下げる
  • 成長後の2型糖尿病や心疾患のリスクを下げる

「望まない妊娠を防ぐ」ことも効果として2番目に挙げられているのだ。

さらにWHOでは、プレコンセプション・ケア・パッケージが対応する領域のひとつに「早すぎる、望まない、頻回の妊娠」を挙げており、具体的なケアの要素として「避妊の提供」も含まれている。明らかに、「産まないリプロ」にもしっかり目配りしているのである。

余談だが、冒頭で挙げた北村氏の記事の中に次のような一文がある。

蛇足になるが、WHO が示す領域に「Female Genital Mutilation(女性性器切除)」があるが、これなど、わが国の現状と照らすと、包茎であることは恥ずかしいと思い込んでいる日本人男性が美容形成外科医などに促されて行う「包茎手術」にも警鐘を鳴らすことになるかもしれない。

FGM包茎手術を並列することには強い違和感がある。なぜならFGMは少女らが長じた後に性的快感をもてないようにする侵襲的で差別的な人権侵害であり、組織的・慣習的に第三者によって強制的に行われる。それに対し、少なくとも北村氏が懸念している「恥辱感によって手術に追いやられる」問題は質的に異なるし、後者が男性の快感を高める効果をもたらしうる(快感増幅を狙って手術を受ける人もいる)ことを考えると身体的効果としては真逆だと言ってもよいだろう。