リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

誰も教えてくれない人工妊娠中絶に関する同意について

日本産婦人科医会の産婦人科ゼミナールに掲載された呆れた記事

この部分の本音がすごい! パートナーの同意を取得できない人は、こういう意識に基づいてたらいまわしにされるわけですか……。

とにかくトラブルを避けて忙しい日常診療のなかで人工妊娠中絶を行う先生方は、原則パートナーの同意を取得できる症例に限って施行するのが無難です。

最後の最後に「諸外国と比較して国内において人工妊娠中絶は適切に管理されており、外国や水面下で健康被害を受ける女性は、ほとんど存在しないと推測されます。」と言っているのは、「外国のように水面下で」なんでしょうか。何にしても日本では中絶で身体が傷つくことはないから問題ないという意識があるらしく、女性を人として尊重せず、尊厳を脅かし、選択肢も与えず、心を傷つけ、そのケアもせずにいることへの問題意識はあまりないようで残念です。

医会の先生方が「日本は搔爬でも安全」と言っていますが、それに通じる意識が感じられます。搔爬は女性の尊厳を傷つける身体もですが、むしろ心にとって侵襲性の高い方法ではないかと私は思います。

9.誰も教えてくれない人工妊娠中絶に関する同意について – 日本産婦人科医会

原文を貼り付けておきます。

 この記事がアップされる頃には、新型コロナウイルスの動向が多少落ち着いていることを願っています。
 さて、医療の中でも特に人工妊娠中絶に関する話題は、その時代における社会情勢や生命の選別の問題、個人の道徳・宗教観等に密接に関連し、各種団体・マスメディア等から格好の標的(過激な反中絶団体も存在します)となるため、タブーといえるでしょう。
 その上、通常の妊娠・出産と違い、当事者同士でトラブルになっている割合が高いので、せっかく患者さんが困っていると考えて先生方が中絶処置を行っても、トラブルの矛先が医療者に向けられることは珍しくありません。よって、医療者向けであっても、巷でこれらの情報が乏しい理由は、「記載内容を裁判等で都合よく解釈して利用または批判される恐れが高いから」です。
 しかし、母体保護法指定医師はもちろんのこと、指定医でなくても日々、妊娠で悩んでいる患者さんに直面し奮闘されている現場の先生方にとって、何か助けになれればと考えまして、今回は同意に関する話題の僅かな部分につきまして、一般論として個人的な意見(提言)を記させていただきます(ので、個々の係争事案に適用するか等、回答要求はご遠慮願います)。

・疑問1 配偶者が存在しない患者(未婚者など)さんの人工妊娠中絶を行う際に、性的パートナーの同意は必要ですか?


提言:配偶者の有無に関わらず、人工妊娠中絶を行う患者さんの当事者である性的パートナーから原則同意を取得しておく方がトラブル回避となる傾向は、今も昔も変わりません。
 実はこの疑問は、様々な点で解説が必要となります。まず当たり前ですが、医療行為としての人工妊娠中絶は、母体保護法に則っていることが大前提となり、そうでなければ業務上堕胎罪等の刑法に抵触する可能性があります。


 母体保護法では、配偶者が存在する患者さんの人工妊娠中絶を行う際には、原則配偶者の同意が必須であります。すなわち、指定医が何らかの理由でトラブルに巻き込まれた際に、配偶者の同意(通常は同意書への署名)がないことが発覚すると、相手側弁護士から「母体保護法が適用されない堕胎行為だから刑事告発する」と言われかねないです。
 刑事事件で起訴・有罪となれば、行政処分の対象となる可能性がありますし、結局は高額示談にされて公表されないこともあるようです。もしくは、マスコミに「不同意堕胎で刑事告発!」とか書かれて大変な目に遭うかもしれません。
 このような理由により、下記疑問2のような患者さんにとって相当しんどい状況であっても「原則配偶者の同意は必須です」と、最近まで説明されてきた経緯があります。


「だったら、配偶者がいなければ配偶者の同意は不要ですよね?」と、いうことになりますが、母体保護法上は全くその通りで配偶者の同意は不要です。すなわち、配偶者が存在しない患者さんの人工妊娠中絶において同意書の配偶者署名欄が空白の状況下でトラブルになったとしても、業務上堕胎罪として刑事告発される可能性がないだけで、民事トラブルとは全く別です。
 しかも、母体保護法上の配偶者とは、事実婚のような生計を同一にするパートナー等も含まれており、患者さんの不申告で存在を気付かずに後になってこのようなパートナーが訴えてくることもありますので、とにかくトラブルを避けて忙しい日常診療のなかで人工妊娠中絶を行う先生方は、原則パートナーの同意を取得できる症例に限って施行するのが無難です。
「単に面倒だから患者さんに逃げられる」とか、「未婚の若い女の子に、無責任な男の署名を取らせるのはかわいそう」、という同情だけで親権者も含めた関係者の同意取得の努力を横着するのは、過去のトラブル事例を繰り返すだけで、結局は患者さんを不幸に陥れます。
 以上、母体保護法に関わらず、人工妊娠中絶も通常の医療行為として関係者を含めた同意を取得する方がトラブルは少ないです。すなわち、人工妊娠中絶でなくても患者さんが未成年者なら親権者、不妊治療等であれば関係者である配偶者の同意も取得するのが、法的に必須ではなくても常識と考えられます。


 一方で、「とにかく同意を取っておけば全く問題ない」かというと、そんなこともありません。現状では稀かもしれませんが、後で述べるReproductive Health/Rightsの観点から「本来不要かもしれない同意を強要された」と今後訴えられる可能性も理論上考えられます。
 そういうわけで、個々の患者さんの状況を十分に把握した上で、現場の指定医の裁量で適切な対応するのが望ましいですが、現状考えられるベストを尽くすのであれば、同意取得説明時にはカルテ記載だけでなく、相手の許可を得て「同意を強要していないことを証明する」録音・録画記録をしておくことをお勧めします(実践されている先生もいらっしゃるようです)。


 また、現代の情報化社会では、「自分がやらなければ、誰がこの患者さんを助けるんだ!」のような状況を解決する目的で、社会的ルール(例えば母体保護法における妊娠週数の規定など)を無視した独善的医療は許容されませんので、然るべき相談先を患者さんに紹介できるように情報収集にも努力すべきです。
 それでも、人工妊娠中絶関連で先生方がお困りになった際には、すぐにでも最寄りの産婦人科医会もくしは日本産婦人科医会に相談しましょう。


・疑問2 DV夫である配偶者から人工妊娠中絶の同意を得るのは酷ではありませんか?


提言:一定の要件を満たせば、例外的に配偶者の同意は不要と最近は考えられています。


 母体保護法における「人工妊娠中絶を行う際には配偶者の同意が必須」には、これまでにも幾つかの例外規定(緊急避難行為、配偶者が知れないとき等の14条2項に該当する場合など)がありますが、疑問2のような場合は既存の例外規定にあたらないとされていますので、法令遵守と現場の狭間で対応に苦慮する先生方にとって頭の痛い問題でした。


 それが、最近の判例に基づいて、配偶者からの身体的暴力から逃れるために裁判所からの保護命令が発令されていることを確認できれば、配偶者からの同意がなくても母体保護法による人工妊娠中絶は可能とする考え方が認められつつあります。すなわち、母体保護法が改正されなくても、法解釈による判例によって例外事例が認められたり、実際の運用が変わったりすることがあります。


 これまで認められている例外規定もそうですが、このような場合では、その経緯詳細だけでなく、保護命令謄本の書類を確認したことも含めてカルテへの記載が重要です。


・疑問3 人工妊娠中絶に配偶者の同意が必要な法律自体、何とかならないでしょうか?


提言:同意の問題だけに限定すれば、将来的に母体保護法の改正はあり得るかもしれません。


 例えば、患者さん自身の不倫による人工妊娠中絶に対して、母体保護法では性的パートナーではなく配偶者の同意を必須とする事例等だけを問題にしているのではありません。
 また、一部の海外のように「本人の同意だけにしてしまえばよい」、という意見も聞かれます。


 先述の通り、実診療上では本人および関係者の同意の上で医療行為を行うのが望ましいですが、法律(妊娠に関する配偶者が期待する権利)として配偶者の同意が必要かどうかは社会的な議論によって判断されるべきです。そもそも妊娠は男女の存在によって成立することから、法律上は男性側の権利と義務についても議論の対象となるはずです。


 一方で、Reproductive Health/Rights(生殖に関する自己決定権)の考え方が1994年の国際人口開発会議で確立されて久しいですし、国内マスメディア等が問題提起して社会的な議論として盛り上がれば、母体保護法の改正はあり得ます。しかし、様々な困難が現時点において既に想定されます。



1. 議員立法なので、法律改正に精力的に関わってくれる国会議員が必要:世の中の社会問題解決の優先順位からすると、平成の時代に優生保護法が存在するくらいの相当な違和感が社会問題化しない限り、すぐには期待できなさそうです。「女性のために何とかしないと!」と思われる先生方には、ぜひ地道な草の根運動による世論形成もしくは、国会議員を目指していただきたいです。


2.母体保護法第14条には配偶者の同意に関する内容だけでなく、中絶の適応についての内容も含まれる:同じ条文のなかに存在する大変センシティブな内容である別の難題も一緒に議論の対象となってしまいますと、合意形成は相当困難となります。


 この難題については、ごく端的に関連事項を触れますと、


  • 過去の優性思想を反省し、平成の時代に入ってようやく優生保護法から母体保護法に改正されました。
  • ほとんどの産婦人科医は小児科医や遺伝診療医と変わらず、全ての人間は程度の差こそあれ変異や異常を有し、区別は存在しない科学的な考えのもとで、診療(中絶、NIPT, PGT等)を通じて女性の悩みに向き合っています。
  • 患者さんも相当苦悩しており、単に未婚だからとか胎児に障がいがありそうだからとかの理由で安易に中絶を選択するケースは実際少数です。
  • 経済的理由とは、生活保護法の適用を受ける程度を想定した内容が平成8年厚生事務次官通知に記載されていますが、実際の運用上では責任持って子どもを養育する経済力に対する不安を当事者が解決できないことを指していると推定されます。よって、障がいの有無に関わらず、どんな子どもでも経済的理由を最小限にとどめて産める選択も提示できるカウンセリング体制や社会的基盤を整備する努力の継続が重要です。
  • 諸外国と比較して、日本の人口あたりの中絶件数は低く減少傾向ですが、学校性教育は改善の途上とされています。


現状からしますと、

  • 「どんな理由であれ女性だけで産まない選択を決定できる権利を獲得するよりも、配偶者なら産まない選択の責任くらいは共有してほしい」という意見も根強く、単純にはいかない印象です。ちなみに、ピルの普及によって妊娠しない選択は、女性自身だけで決められる権利として諸外国よりは遅れましたが、現在は定着していると考えます。
  • 様々な議論すべき問題や改善点はあるかもしれませんが、諸外国と比較して国内において人工妊娠中絶は適切に管理されており、外国や水面下で健康被害を受ける女性は、ほとんど存在しないと推測されます。