リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶に関する国際規範はすでにある

呆れた生命倫理

医学生に読ませる雑誌で医療倫理の専門家がこんなことを書いていた。
DOCTOR-ASE:医学生がこれからの医療を考えるための情報誌

中絶にまつわる倫理的な問題

もちろん、人工妊娠中絶が法律によって認められているからと言って、誰もが簡単に中絶手術を選択するわけにもいかないことは、容易に想像できます。ここからは、人工妊娠中絶にまつわる倫理的問題について、どのような議論があるのか見てみましょう。

ケース1のAさんは、何の罪もない新たな生命を、自分の選択一つで奪うことが許されるのか、悩んでいました。このような問題は、1970年代のアメリカにおいて、pro-choice(選択の優先)とpro-life(生命の優先)の対立として議論されています*1。女性解放運動が進むなかで、母親の自己決定権と胎児の生命のどちらを尊重すべきか、衝突が起こったのです。母親の自己決定権は胎児の生命を奪う権利まで含むのか、あるいは、胎児の生命を尊重するあまりに母親の権利が軽視されることは許されるのか、意見は大きく分かれました。

医療の現場においてはこのように、複数の倫理的な原則が対立するなかで、一つの選択肢を選ばなければならない局面がしばしば起こります。ここには、もちろん決まった答えはありません。日本においても、堕胎は罪であると刑法に定められてはいるものの、母体保護法では条件つきで人工妊娠中絶が認められており、実際に年間18万件以上の人工妊娠中絶が行われています(平成26年度*2)。母親の自己決定をとるべきか、胎児の生命をとるべきか、どちらを選ぶかは、人それぞれに委ねられるのです。

個々人がどのような倫理を持つかはそれぞれに委ねられるにしても、人工妊娠中絶についてどう考えるのか、すでに国際社会では合意している。国内法で認められている限り、安全な中絶医療を提供すべきというのが原則なのだが、また国内法で中絶医療を望む女性に制限をかけるのは人権侵害だと見なされ是正が勧告されているのが現状である。そのことを教えずに1970年代のプロライフとプロチョイスの対立を持ち出して、「いろいろ」と「個々人の倫理観」に任せるのは、あまりに無責任である。

特に最近の動向として挙げるなら:

2012年 国連人権理事会はすべての国家を対象に、「予防可能な母体死及び障害を地方、国内、地域、国際レベルで撲滅し、人権に対する国家の義務を全面的かつ有効に遂行していくこと、性と生殖に関わる健康と権利(SRHR)に関連するコミットメントを初め、北京宣言及び行動綱領、ICPD行動計画やそのレビュー・プロセス、ならびにミレニアム宣言やMDGsの目標……を達成するための努力を倍加していく」ことを決議。

2015年 SDGs(持続可能な開発目標)
目標3.7「二〇三〇年までに、家族計画、情報・教育及び性と生殖に関する健康の国家戦略・計画への組み入れを含む、性と生殖に関する保健サービスを全ての人々が利用できるようにする」
5.6「国際人口・開発会議(ICPD)の行動計画及び北京行動綱領、ならびにこれらの検証会議の成果文書に従い、性と生殖に関する健康及び権利への普遍的アクセスを確保する」ことを明記。

2016年 女性差別撤廃委員会最終見解:女性差別撤廃条約 女性と健康に関する一般勧告第 24 号(1999)と「北京宣言及び行動綱領」(1994)に沿い、日本はすべての場合の中絶を処罰の対象から外すこと、配偶者同意要件を廃止すること、胎児の深刻な機能障害の場合は妊婦の自由意思と情報に基づいた同意を確実に得ることを勧告。

2016年 社会権規約一般的意見22 社会権規約12条に則った「性と生殖に関する健康に対する権利」の一部として「女性と少女に安全な中絶を保障すべきであること」を明記。これは「達成可能な最高水準の健康への権利」を謳った2000年の一般的意見14をより明確化したもの。

2019年 国連自由権規約第6条(生命権)に関する一般的意見36「女性と少女の安全で合法的な中絶への障壁を撤廃し、性と生殖の健康に関するエビデンスに基づく情報と教育および手頃な価格の幅広い避妊方法を確保すること」を明記。