リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶望んだ未婚女性、公園のトイレで出産・遺棄…「男性の同意」求める医療現場

>>読売新聞 2021/09/21 05:00
 愛知県で昨年6月、当時20歳の未婚女性が公園のトイレで赤ちゃんを出産し、そのまま死なせる事件が起きた。2か所で中絶手術を断られ、堕胎時期を逃した末の犯行だった。なぜ手術してもらえなかったのか。背景には、医療現場が、中絶時に配偶者の同意を必要とする法律の規定を「拡大解釈」していることがある。(山崎成葉)

女性が赤ちゃんを産んだ公園のトイレ。この後、近くの植え込みに置き去りにした(愛知県西尾市で)

 名古屋市の南東に位置する愛知県西尾市。昨年6月2日、市内の公園にある植え込みで袋に入った乳児の遺体が見つかった。近くのトイレが血まみれだった。そこで出産後に遺棄したとみられ、その後、専門学校に通う近所の女性(22)が死体遺棄、保護責任者遺棄致死容疑で逮捕、起訴された。

 公判での女性の供述などでは、乳児の父親は小中学校の同級生の男性。女性は家庭の経済状態から産むのが厳しく、2人で中絶を決めた。女性が同県刈谷市内の病院で中絶手術を希望すると、男性の同意書を求められた。

 母体保護法は中絶時に原則、女性本人と配偶者(事実婚を含む)の同意を必要としている。厚生労働省は2013年、医師向けの講習会で受けた質問に対し、未婚の場合は本人の同意のみでよいと回答している。

 女性はそのことを知らず、男性に相談。男性は同意書に署名すると約束した。しかし署名がもらえず、女性は手術をキャンセル。翌月、名古屋市内の病院を受診した際も同意書を求められ、「いま手術しないと中絶できなくなる」と男性に訴えたが、連絡が途絶え、再びキャンセルに追い込まれた。

 女性はそれ以降も5~6か所の病院に電話やメールで相談したが、「相手の同意が必要」と言われたという。昨年1月、名古屋市内の別の病院を受診した際には、同法が中絶を認めていない妊娠22週目に入っていると診断され、「手術はもうできない」と告げられた。

 女性は法廷で「自分のせいで死なせてしまった。ごめんね」と謝罪。名古屋地裁岡崎支部は今年5月、懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。女性は控訴せず、判決は確定した。

 女性は未婚であることを病院側に伝えていた。なぜ病院は男性の同意を求めたのか。刈谷市内の病院の医師は「個別のことには応じられない」とした上で「男性側とトラブルになることを避けるためにも、基本は相手側の同意を得る」と説明。名古屋市内の病院の医師は「厚労省の見解は一つの意見。基本は同意を得る」と答えた。

 愛知県産婦人科医会の沢田富夫会長は「事実婚かもしれず、初診で同意を求めるのは基本の対応」と語る。2017年には妻の同意のみで中絶手術をした兵庫県内の病院側が夫側への賠償を命じられたこともある。現場には男性側との紛争を恐れる傾向が強い。

 一方で、沢田会長は「医師向けの講習会では、『相手と連絡がとれなくなった場合は本人の同意のみでよい』と指導している。女性からもっと詳しく事情を聞けていたら、手術する判断もあり得た」と話した。

 厚労省は「個別の事案には答えられないが、未婚の場合、同意は不要」としている。

「配偶者の同意」G7で日本のみ
 医師が訴訟リスクなどを危惧する配偶者の同意は、1948年成立の旧優生保護法で中絶が合法化された際に盛り込まれた。国際NGO「リプロダクティブ・ライツ・センター」の調査などでは、中絶に配偶者の同意が必要な国は、日本のほかに赤道ギニアインドネシアなど11か国・地域にとどまる。先進7か国(G7)では日本だけだという。

 欧米諸国が配偶者の同意を不要としているのは、女性の自己決定権を尊重するためだ。日本産婦人科医会も同じ観点から、妊娠12週未満は女性の同意だけでよいなどの内容に改めるよう求める提言を2000年に行った。だが、「胎児の生命尊重」という意見もあり、国は法改正には慎重だ。今回の事件を受けた今年5月の国会でも、厚労省の子ども家庭局長は「国民の間には様々な価値観があり、慎重な対応が必要」と答弁している。