リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

健康を決める力

忘備録

健康を決める力:ヘルスリテラシーを身につける

ちょっと気になったところをメモ

この厚生労働省の調査では、事前に、身体的な面、精神的な面、社会的な面の3つをとらえた項目を用意していたと思われます。この3つは、広く知られているWHO、世界保健機関の健康の定義にも含まれています。1948年の定義で、すでに70年が経過していますが、いまだによく使われている定義です。WHOの定義は、次のような訳が代表的です。


「健康とは、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に病気がないとか虚弱でないということではない」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)


2)身体的、精神的、社会的に十分調和がとれた状態
 この定義でよく問題になる点は、「完全に良好な状態」というところです。少しでも問題があれば、健康でないとするのは問題だ、それは理想に過ぎない、完全を求めれば誰も健康ではなくなってしまう、と批判を受けています。それでも、すでにWHOの健康の定義では、「単に疾病でないとか虚弱でないということではない」と付け加えている点も重要です。言い換えるとネガティブなこと、とくに問題がなければ健康と判断することを否定して、たとえ疾病や虚弱の状態あったとしても、「良好な状態」というポジティブな状態、前向きな状態に目を向けようとしています。
 そして、「完全に良好な状態」の「完全」は、英語の「コンプリート」の訳ですが、それは肉体的にも、精神的にも、社会的にも、これら3つの側面がすべてそろっているという意味にも解釈できます。3つのうち一つでも欠けてはいけないという意味です。訳によっては、「完全に」ではなく「十分に」とする場合もありますし、加えて「完全に良好な状態」ではなく「十分調和のとれた状態である」とする訳もあります。これは、肉体的、精神的、社会的の3つの点で、十分調和がとれているという意味でしょう。
 これらの流れを踏まえて、現在の日本WHO協会1)の訳では次の通りになっています。「すべてが満たされた」という部分は、3つすべてが満たされているという意味でしょう


「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会訳)」


3)病気の身体的、精神的、社会的側面
 次に、この健康の定義での、身体的、精神的、社会的側面という3つについて考えるときに、病気の定義とあわせて考えてみたいと思います。みなさんは、慢性疲労症候群と呼ばれる病気をご存知でしょうか。筋痛性脳脊髄炎とも呼ばれます。これは、原因不明の強い疲労が、長期間にわたって続く病気です。研究は進んできているのですが、医学的な解明はまだです。そのため、患者の体験や語りが大切です。人が語った話、これをナラティブといいます。テレビなどのナレーションが「語ること」であるのに対して、ナラティブとは「語ったもの」のことです。患者の語りであるナラティブへの関心こそが、その病気の存在に注目する重要なカギとなっています。


 果たして、医学的に明確に診断できないと、病気ではないのでしょうか。そのとき、医療人類学や医療社会学という学問領域では、病気とは何なのかについて考える方法をおしえてくれます。英語では、病気に対する英語は主に3つで、それはdisease、illness、sicknessです。それぞれを区別すると、diseaseは、医学的な診断がされている「疾病」、illnessは、本人がそれをどう感じたり受け止めたりしているかという「病い」、sicknessは、周囲や社会がそれをどのように見なしているかという「病気」であるとされます。慢性疲労症候群は、「疾病」としては不明な点が残されていますが、患者にとっては、紛れもない苦痛を伴う「病い」です。そして、慢性疲労という名称が誤解を生みやすいこともあり、「精神的なものにすぎないのでは」「怠けているだけなのでは」と偏見の目で見られやすい「病気」です。
 これは言い換えると、「疾病」「病い」「病気」は、それぞれ身体的、精神的、社会的の3つの側面を重ね合わせながら含んでいるともいえます。これは、そのまま、WHOの健康の定義にある3つと一致しています。これら3つの側面は、人間の健康にとっても病気にとっても、常に欠かすことのできない要素であると思われます。。

2.全人的な健康
1)全人的な健康
 次に、この3つの側面を含めて、人を全体としてみる、という意味の全人的な健康について考えてみたいと思います。
 WHOの健康の定義については、1998年に、身体的、精神的、社会的の3つに加えて、「スピリチュアル」を追加しようという提案がされました。「スピリチュアル」は、「霊的」「宗教的」とも訳されますが、「精神的」という意味でも使われます。当時の日本での議論では、「スピリチュアル」が、よく「精神的」という意味で使われますし、すでにWHOの定義で「身体的」「精神的」「社会的」と訳して使っているので、「スピリチュアル」はもう含まれていると言えるのでは、とされました。この「精神的」の元の英語は、「メンタル(mental)」で、これは「心理学的」とも訳せるのですが、日本の場合、それを「精神的」とすることが多いようです。そこには「神」や「霊」についての、国や地域による文化的な違いもあって、国際的に共通する定義に取り入れることが難しい面があるでしょう。結局、この提案については、現在の定義が機能しているし、緊急性が低いという理由で、そのままで採択されず見送られたままになっています。


 ここで改めて、国際的に通用する健康の定義について再確認するため、健康を表す英語「health」について考えてみましょう。「health」の語源は、アングロサクソン語の「hal」です。これは、英語では「whole」にあたり、「全体」や「調和」をあらわしています。「癒す」あるいは「ヒーリング」の「heal」や、「神聖」をあらわす「holy」とも、語源は同じです。「全人的」「全体論的」と訳される、元の英語である「ホリスティック(holistic)」もそうです。
 ホリスティックヘルス(全人的な健康)は、アメリカで1970年ごろからムーブメント(運動)となった概念です。ホリスティックとは、全体論(ホ―リズム)の見方を背景に持っていて、それは物事を細かな要素に分けていけばわかるという要素還元主義の対極にあるものです。人間も臓器や細胞に分けて見ていくことで確かに理解が進んだのですが、人をまるごと理解するにはその方法では難しい。全体とは部分の総和ではなく、全体は全体としての特徴を持ちます。これは、近代医学が人の臓器を中心とした医療に集中したことで、まるごとの人として扱われなくなったことに対するアンチテーゼでもありました。
 ホリスティックな見方では、人間は「からだ」だけではなく、「こころ」もあり、「スピリット」もあり、これら3つが、全体として統合されていると見ます。それら3つの全体的な調和は、WHOの健康の定義の3つの側面である、身体的、精神的、社会的の中の社会的の代わりに「スピリチュアル」にしたもの、とも言えます。スピリットやスピリチュアルが意味するものは、「神」や「霊」という意味合いはともかくとして、言い換えれば、「生きる意味」「生きがい」を持つことと解釈されます。


 実際のところ、身体と精神と社会は、相互につながっています。このような、人間を構成する3つの要素を、1つのまとまりとして見る、いわばシステムとしての見方は、医師のエンゲル(Engel)による生物心理社会モデルとして知られています2)。例えば、人間関係などの心理社会的なストレスは疾病を作り出し、疾病は人間関係に影響を及ぼします。身体に変化があれば、心理的な変化が生じ、これもまた人間関係に影響します。


2)ウェルビーン
 「生きる意味」「生きがい」については、心理学でも大きなテーマとして扱われてきています。それは、ウェルビーイングについての心理学においてです。ウェルビーイングは、WHOの健康の定義でも使われている言葉で、「良好な状態」の「良好」の元の英語は「ウェルビーイング」です。
 心理学では、ウェルビーイングには2種類あるとされます。それは、ヘドニックなものとユーダイモニックなものです。ヘドニックとは、幸福感や生活満足度に注目したもので、快楽が得られ、苦痛がない状態で、主観的ウェルビーイングとも呼ばれます。他方、ユーダイモニックとは、生きる意味、生きがい、自己実現に注目したもので、人間の潜在能力が十分に発揮されている程度で、心理学的ウェルビーイングとも呼ばれます。近年、ポジティブ心理学と言われる、人間のポジティブな感情に焦点を当てた学問領域でも、ウェルビーイングは中心的な位置を占めています。
 リフ(Ryff)は、心理学的ウェルビーイングとして次の6つがあると整理しています3)。


表1 6つの心理学的ウェルビーイング

自己受容:自分に対してポジティブな態度を持つこと
他者とのポジティブな関係:他者とあたたかく満足できる信頼できる関係を持つこと
自律性:自己決定ができて自立していること
環境制御力:自分の周囲や環境に対応する能力と達成感があること
人生における目的:人生の目標と方向性が持てている感覚があること
人格的成長:成長し続けている感覚があること

 また同様に、セリグマン(Seligman)は、PERMAモデルと呼ばれる、5つのウェルビーイングにまとめています4)。まず1つ目は、ポジティブ感情です。2つ目は、エンゲージメントで、それは物事に没頭することです。3つ目は、人と関係性を持つことです。4つ目は、人生に意味や意義があることです。そして、5つ目は、達成することです。リフの6つでも、セリグマンの5つでも、人生の目的や意味など、共通点が多く、それは個人内部だけに留まるものではなく、自己と他者、個人と社会、個人と環境の間の相互関係の良好さをも含んだものとなっています。
 WHOの健康の定義における、精神的に良好な状態、すなわち精神的なウェルビーイングの中に、「生きる意味」「生きがい」を意味するウェルビーイングを含めてみてはどうでしょう。「生きる意味」「生きがい」を意味する、スピリチュアルという言葉を追加する必要はなくなるともいえます。
 ウェルビーイングにしても、スピリチュアルにしても、それが注目されるのはなぜでしょう。現代では、1人ひとりの生命、人生、生活の質、言い換えればQOL、これはQuality of lifeの略ですが、QOLが重視されるようになったことと共通しています。ウェルビーイングQOLに共通するのは、健康を考える時に、客観的で医学的なものだけでなく、主観的な側面、とくに日々の生活の視点が重視されていることです。


 こうして現在では、個人の生活、経験、価値観などがより重視されるようになってきています。今や、多くの人が健康リスクや慢性疾患を抱えていて、地球温暖化や大気汚染などのグローバルな環境リスクや、地震や水害などの予期せぬ災害もあります。このような中で、1人ひとりが持つ、多様な困難や逆境の中でも、生き抜く力が求められるようになりました。
 心の病気などの、ネガティブな部分ばかり見る心理学だけでなく、人間の持つ力や強さに注目する、ポジティブ心理学と呼ばれる心理学への期待もそこにあります。人は、決して生まれながらに強いわけではなく、誰しも、つらく悲しいことを経験します。しかし、必ずしもすべて忘れてしまえばよい、というわけではありません。つらいことに出会っても、書いたり語ったりして他者に開示することで、そこに意味を見出して、助け合いの人間関係をより強いものにしていくことが、できるかもしれません。ストレスを、成長の糧にできる、という、人間が潜在的に持っている力、人間の持つ強さへの期待です。