リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

負担増にならない不妊治療の保険適用の方策

東京財団政策研究所 論考 税・社会保障改革 August 31, 2021

負担増にならない不妊治療の保険適用の方策 | 研究活動 | 東京財団政策研究所

・2022年度からの不妊治療の保険適用
不妊治療の自己負担増への懸念
・自己負担増の懸念は杞憂
赤字国債に依存しない不妊治療への助成


2022年度からの不妊治療の保険適用
 不妊治療は、2022年度からの保険適用を目指している。2020年12月に全世代型社会保障検討会議が取りまとめ、閣議決定された「全世代型社会保障改革の方針」には、「不妊治療への保険適用を早急に実現する。具体的には、令和3年度(2021年度)中に詳細を決定し、令和4年度(2022年度)当初から保険適用を実施する」として、図解された工程表までも示された。
 その工程表に沿いながら議論が進められ、2021年6月には日本生殖医学会から「生殖医療ガイドライン原案」が公開された。これを踏まえて、中央社会保険医療協議会中医協)を中心に保険適用に向けた議論が進められる。
 これまで、一般不妊治療(タイミング療法、卵巣刺激法、人工授精など)の多くは保険適用されているが、特定不妊治療(体外受精や顕微授精)は保険適用外で、自由診療とされてきた。そして、わが国では、保険診療自由診療を合わせる混合診療は、原則として認められていないから、自由診療となる不妊治療を受けるならば、その費用は基本的に全額自己負担しなければならなかった。
 ただ、その費用負担の重さに鑑みて、近年では治療費助成も拡充してきた。特に菅義偉内閣では、前掲の全世代型社会保障改革の方針のように、少子化対策の一環として不妊治療への保険適用に舵を切り、保険適用されるまでの間、特定不妊治療費助成制度で助成額の増額(従前の15万円(初回のみ30万円)をすべて1回30万円)や所得制限の撤廃を行い、2020年度第3次補正予算でそれを実現した。
 この助成額の増額により、特定不妊治療でも30万円までは自己負担が一切なく受けられるようになった。


不妊治療の自己負担増への懸念
 そうした中、(すべてではないが)特定不妊治療に含まれるものも2022年度から保険適用が始まる。保険診療となると、69歳までは3割自己負担である。すると、2021年度まではほとんど自己負担がなかった受診者が、2022年度からは3割自己負担となる。単純にいえば、治療費が30万円だと9万円の自己負担となる。今でも、30万円を超えた分は自己負担だが、治療費が約43万円未満だと、保険適用されず30万円の助成がある方が、保険適用されるよりも自己負担が少なくなる。
 現に、厚生労働省の令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業における「不妊治療の実態に関する調査研究 最終報告書(2021年3月)」によると、1周期当たりで、特定不妊治療である体外受精を受けた人の49.2%(回答者459人中226人)、顕微授精を受けた人の41.7%(回答者333人中139人)が40万円未満だったという。
 ただ、この回答の解釈には注意を要する。なぜならば、特定不妊治療は現在、自由診療で行われている。つまり、治療の水準も治療費の価格設定も医師が自由に決められる。その下での回答結果であることには留意すべきだ。保険適用されて価格(診療報酬単価)が適正化されれば、同じ治療でも価格が下がることもあり得る。
 この治療費の自己負担については、早くも、保険適用されれば逆に自己負担が増えるとの懸念の声が上がり始めている。
 確かに、保険適用された不妊治療に対しては、制度の趣旨からして、前掲の特定不妊治療費助成は対象外となる。また、2020年度第3次補正予算で実施された拡充も、保険適用されるまでの間とされているから、保険適用されれば拡充は取りやめとなろう。だから、前述のような自己負担の増加を想起させる。
 だからといって、今さら不妊治療の保険適用をやめるという選択肢はあり得ない。拙稿「不妊治療の保険適用、どんなメリットがあるか」でも詳述したが、不妊治療が保険適用されるには、治療内容の標準化と価格の公定が必要となる。中医協において、医学界の知見を反映する形で、不妊治療における治療内容の標準化と診療報酬単価の適正化が実現できる。
 保険適用されていない不妊治療では、どの治療法が有効か必ずしも自明でない上に、治療内容の選択も価格も医師が自由に決めてよい状態だった。だから、受診者からみれば何が標準的な治療法なのか、お墨付きが与えられた形で見極めることができない。加えて、同じ治療法でも受診する医療機関によって単価が異なることさえあった。そうした問題が、保険適用によって解消されるのである。


自己負担増の懸念は杞憂
 残るは、自己負担の懸念である。今でも、保険適用されている一般不妊治療では自己負担はあって、多くても1カ月に1回の治療で、1回につき数千円~2万円程度が一般的であるとされる。それと同程度の負担ならば、保険適用されることになる特定不妊治療についても、深刻な負担増とはいえないだろう。
 加えて、自己負担が一定金額を超えて高額になったときには高額療養費制度の適用もあり得て、自己負担の一部が払い戻されるから、そのような負担増の懸念は杞憂である。
 そして、前述のように、保険適用されて価格が適正化されれば、同じ治療でも価格が下がることもあり得るから、自己負担はそれだけ軽微となる。
 それでもなお残る懸念として、不妊治療のすべてが保険適用となるわけではない点だ。2022年度の診療報酬改定時に、治療法として有効と認められなかったものは、保険適用されないだろう。保険適用されなかった治療法については、引き続き自由診療となる。
 とはいえ、保険適用されない治療法の中には、先進的であるためエビデンスがまだ蓄積できていないものもあろう。そうした治療法は、わが国の医療制度において、保険外併用療養費の評価療養として先進医療に位置づけられる治療法とすることで、混合診療が可能となっている。したがって、先進医療と認められる不妊治療は、直ちに保険適用はされないものの、保険外併用療養費制度の枠内で、受診者の負担軽減を図ればよいだろう。
 また、歯科では、義歯(入れ歯)のように、保険適用される義歯と保険適用されない義歯とを患者が選択できる形にしている例もある。不妊治療でも、そうした選択ができるようにする工夫もあってよいだろう。これにより、保険適用を進めつつ、オーダーメードの不妊治療の余地も残すことができる。


赤字国債に依存しない不妊治療への助成
 少子化対策として不妊治療が大事だとしても、その助成のための財源を赤字国債で賄い続けてはいけない。赤字国債に依存することは、生まれてくる子どもに、生まれながらにして借金を背負わせるという意味で、「財政的幼児虐待」である。
 それでもなお、不妊治療の保険適用に伴って、自己負担の増加が看過できないならば、現存する公的医療保険制度にある出産育児一時金の組み替えによって、助成する財源を捻出することも考えられる。
 現在、出産時には、40万円前後の出産育児一時金が保険者から支給されている。これを不妊治療の助成にどう活用すればよいか。以下の数値例で考えるとわかりやすいだろう。
 いま、確率的に、一般の被保険者のカップルが50%の確率で出産すると仮定する(50%という数値に他意はなく、他の値でもよい)。すると、このカップルにとって、出産育児一時金がもらえる額の期待値は、20万円(=40×0.5)である。
 ところが、不妊治療をしないと子どもをもうけられないカップルは、不妊治療をしなければ出産育児一時金がもらえる確率はゼロである。そこで、不妊治療をした結果、40%の確率で出産すると(他意なく)仮定する。このとき、このカップルにとって出産育児一時金がもらえる額の期待値はいくらになるか。不妊治療をすれば、16万円(=40×0.4)である。これは、一般のカップルの期待値よりも低い。それでは、同じ被保険者でありながら不公平である。
 そこで、この両者の期待値を等しくする程度に、不妊治療に対して助成を行うとどうなるか。ただし、財源には限りがあるから、不妊治療に助成した分だけ出産育児一時金は減らすとする。いま、不妊治療の助成金をz万円とすると、不妊治療をしないと子どもをもうけられないカップルがもらう額の期待値は、z+(40-z)×0.4と表せる。不妊治療の助成金は、出産するか否かにかかわらず、不妊治療を受ければもらえることが考慮されている。この期待値が、前掲の20万円と等しくなればよい。だから、(出産するか否かにかかわらず支給される)不妊治療の助成金zは40/6、約6.7万円とすればよい(ただし、不妊治療の助成対象となったカップルに支給される出産育児一時金は、33.3万円となる)。
 このとき、不妊治療の助成金は、保険財政を期待値の意味で悪化させず、赤字国債に頼らずとも約6.7万円は保険者から支給できることになる。
 では、保険適用拡大後に、受診者の自己負担の軽減のために約6.7万円の助成が受けられれば、いくらまでの治療費なら保険適用前の自己負担と変わらないことになるか。それは、約33.3万円である。このとき、1回30万円の助成が受けられる保険適用前の自己負担額(約3.3万円)と、3割自己負担となった後の自己負担額(33.3×0.3)から約6.7万円を差し引いた額が同じになる。
 これにより、不妊治療は総治療費33.3万円以上であれば、保険適用された方が、30万円の助成がある従前の制度よりも自己負担が少なくなる。保険適用されれば、30万円もの助成はもはや不要である。
 このように、不妊治療の保険適用は、治療内容の標準化と診療報酬単価の適正化という利点をもたらすとともに、赤字国債に依存せずに自己負担を軽減する方策とあわせて実施できるといえる。
 保険適用されない治療法といっても、玉石混淆である。それを十把一絡に不妊治療費の助成対象とすべきではない。不妊治療の保険適用を機に、受診者の負担軽減を図りつつ、真に効果的な治療がよりよく施されるようになることを目指すべきである。