リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶のルールを21世紀に引きずり出すためにパンデミックはいらない

REBECCA BAIRD, The Courier, February 13 2022, 7.00pm

It shouldn’t take a pandemic to drag abortion rules into the 21st Century

仮訳してみます。

 私はかつて「プロライフ」だった。
 今となっては認めるのも恐ろしいけど、カトリックの誤った教育が少女に与える影響は大きいのです。
 それはある先生から始まりました。その先生をC先生と呼びます。


 C先生は落ち着いていて、きちんとしていて、美しくて生意気でした。彼女はペンシルスカートを履いていましたが、それをシックに見せ、小さなピンクのプラスチックボタンのイヤリングと口紅を合わせていました。15歳の私たちは皆、彼女のことをすごくイケてると思っていました。
 彼女が私や他の内気で内向的な女の子たちに、募金活動をするクラブに参加しないかと尋ねたとき、大学の願書にもいい影響を与えるだろうと言われ、私たちは躊躇しませんでした。
 私たちが募金活動をするのは「Life」という「プロライフ」の慈善団体だと聞かされ、その内容は「赤ちゃんを養うためのお金や物がないからといって、中絶をしなければならない女性がいてはならない」というものでした。
 あまりにも無垢だったので、私は長い間、何の疑問も抱かずにそれを受け入れていました。
 自慢できないほど長い間。


 このチャリティー自体は、必要なものを持っていない女性のためにお金や材料を提供しているので、貧困のために中絶に無悪ことはなくまります。それはまあ公平です。
 でも、この団体は中絶だけでなく、安楽死や自殺幇助にも反対しているプロライフの圧力団体でもあるのです。
 17歳の私は、「プロライフ」はプロライフではなく、アンチチョイスであることに気づきました。
 それは、私自身の権利や身体的自律性を、私や他の女の子たちから奪おうとする集団だったのです。
 私たちは突然、誰もが予想していたよりもはるかに大きく、不吉なことに加担することになったのです。
 それを知った日、私は宗教的にも学校的にも信頼を失ったのです。しかし、それは別の日の話です。


 私がこの話をしているのは、私のプロチョイスのスタンスが生まれつきのものではなく、ちゃんと言葉が理解できず人生経験もないうちにDNAに叩き込まれてしまった教義を何年もかけて学びなおした結果、選択したものだということを明らかにするためです。
 だからこそ、パンデミック後も自宅での早期中絶を可能にするという最近の朗報は、私にとって単なる政治的なものではなく、個人的なものなのです。


中絶の新ルールとは?
 先週、イギリスでは、Covid-19の規制により導入された自宅内早期中絶を、パンデミックが去った後も継続して認めることが発表されました。
 以前は、早期の中絶(地域によっては10週まで、または11週6日まで)は、クリニックでミフェプリストンを服用し、その後、自宅でミソプロストールを服用するという2つの薬を服用することで実施できました。
 コロナが広がることで、必要なサービスを提供するために、臨床医との遠隔診療を経て自宅で2種類の薬を服用できるようになったのです。
 この緊急時の対応を標準化すべきかどうかを検討した結果、サービス利用者や臨床医たちは、待ち時間の短縮、予約の迅速化、患者のプライバシーの確保、アクセス性の向上、患者の快適性などの点で「イエス」と回答したのです。
 それでも、この新しいルールを裏付ける研究結果を読むにつれ、私は「なぜこれほど時間がかかったのか」と考えずにはいられませんでした。
 そして、どんなに時代遅れで古いものであっても、命を守るという考え方は、今でも現実的で陰湿な力を持っていることがわかり始めました。
 スコットランドは近代的な医療を謳っていますが、中絶法はビクトリア時代のままです。


 私の友人の一人は、自宅での遠隔医療が可能になる前に、不運にも中絶の手続きをしてしまいました。
 彼女は学生で、夜は働いており、車の運転ができませんでした。私は、彼女が一般診療医、クリニック、病院と、予約を取りまくるのを見ていました。
 管理上の問題や、彼女自身の容赦ない仕事のスケジュールのせいで、重要な初期の数週間は予約が遅れてしまい、本来は選択の余地があるはずの生殖サービスの選択肢が狭まってしまいました。
 そして、そのプロセスを経たときには、彼女は早期の薬による中絶には間に合わない状態になっていました。
 ややこしい行政の手続きのために、自宅で安全な中絶を行うか、病院のベッドで耐え難い痛みに耐えながら1日を過ごすかの違いが生じてしまったのです。
 

 では、なぜ世界的に猛威を振るうウイルスが、中絶を21世紀に引きずり込むことになったのでしょうか?
 その答えはとても単純です。イギリスでは、中絶はいまだに犯罪行為だからです。
 説明しましょう。
 中絶は、1861年に制定された「人に対する犯罪法」に含まれています。これは、殺人や強姦を犯罪とする法律と同じです。
 法律家たちは、この法律がビクトリア時代に作られて以来、中絶を非犯罪化していません。
 1967年に「中絶法」が制定され、医師やサービス利用者が中絶を行っても起訴されないという条件が定められました。
 このような複雑な法律的背景が、現代社会に合わせた中絶ルールの変更を困難にしているのです。


 私たちは正しい方向に一歩踏み出したかもしれませんが、スコットランドが前世紀の道徳に固執した法律に支配され続けているとしたら、スコットランドは他に類を見ない先進的な医療サービスを自慢することができるでしょうか?

 今こそ、中絶を完全に非犯罪化し、21世紀にふさわしい医療サービスを提供する時ではないでしょうか。