リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

フランス、スウェーデンから学ぶべきこと:はるか昔から言われていながら実行されていないことばかり

平成17年(2005年)少子化社会白書

選択する未来 -人口推計から見えてくる未来像

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第3章 人口・経済・地域社会をめぐる現状と課題
第1節 人口をめぐる現状と課題
Q6 少子化対策に成功している海外の事例はありますか

Q6 少子化対策に成功している海外の事例はありますか。

A6 北欧諸国やフランスなどでは、政策対応により少子化を克服し、人口置換水準近傍まで合計特殊出生率を回復させている。

 例えば、フランスは家族給付の水準が全体的に手厚い上に、特に、第3子以上の子をもつ家族に有利になっているのが特徴である。また、かつては家族手当等の経済的支援が中心であったが、1990年代以降、保育の充実へシフトし、その後さらに出産・子育てと就労に関して幅広い選択ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で進められている。

 スウェーデンでは、40年近くに渡り経済的支援や「両立支援」施策を進めてきた。多子加算を適用した児童手当制度、両親保険(1974年に導入された世界初の両性が取得できる育児休業の収入補填制度)に代表される充実した育児休業制度、開放型就学前学校等の多様かつ柔軟な保育サービスを展開し、男女平等の視点から社会全体で子どもを育む支援制度を整備している。また、フィンランドでは、ネウボラ(妊娠期から就学前までの切れ目のない子育て支援制度)を市町村が主体で実施し、子育てにおける心身や経済の負担軽減に努めている。

 一方、高い出生率を維持しているイギリスやアメリカといった国では、家族政策に不介入が基本といわれる。アメリカでは税制の所得控除を除けば、児童手当制度や出産休暇・育児休暇の制度や公的な保育サービスがないながらも、民間の保育サービスが発達しており、また、日本などで特徴的な固定的な雇用制度に対し子育て後の再雇用や子育て前後のキャリアの継続が容易であること、男性の家事参加が比較的高いといった社会経済的な環境を持つ。

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図表3-1-6-1 合計特殊出生率が回復した先進諸国における合計特殊出生率の推移(1990-2010年)
家族関係政府支出を見ると、日本では現物給付よりも現金給付の割合が高い特徴がある。そして、現物給付の割合が大きい国は、出生率においても高い傾向がある。

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図表3-1-6-2 家族関係支出(現物給付・現金給付)の構成割合(%)

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図表3-1-6-3 家族関係政府支出の現物給付率と合計特殊出生率の相関

 なお、合計特殊出生率が高いフランスやスウェーデンでは婚外子や同棲の割合が高いが、これはフランスのパクス(PACS、連帯市民協約)やスウェーデンのサムボ(同棲)といった、結婚(法律婚教会婚)よりも関係の成立・解消の手続が簡略で、結婚に準じた法的保護を受けることができる制度があるためである。日本での婚外子とは意味合いが異なることに注意が必要である。また、同国では数多くの移民を受け入れているが、出生率の急激な回復に関わらず、移民の人口比率は過去10年間でフランスが10%~11%台、スウェーデンが12%~16%台とほぼ横ばいで推移している。

2018 © 日本衛生学会

『諸外国における少子化対策―スウェーデン・フランス等の制度と好事例から学ぶ』苅田香苗,北田真理

結論部分を引用する。納得のいく指摘ばかりだ。

3.提言に向けた考察・まとめ
 出生率回復に向けた取り組みは各国とも広範であり,ここでは制度・政策の全体像は示し得ず部分的に紹介するにとどまったが,少子化に歯止めがかかった諸外国の事例が今後の日本に示唆する点について,最後に 4点の提言を行いまとめたい。


3.1. 経済的支援の充実
 第 1 に,児童手当の支給額を見直すべきである。2010 年,民主党政権は,ヨーロッパ流の一律支給を目指し, 毎月 2 万 6 千円の子ども手当の支給を公約した。子ども 1 人につきこれだけの額が,しかも養育者全員に一律に 支給されるとなれば,2 人目,3 人目の出産を考える夫 婦が増えたかもしれない。しかし,現実には,東日本大 震災が直接的なきっかけとなり,支給額は減額され所得 制限が設けられるに至った。現在支給額は,3 歳まで月 額 1 万 5 千円,後は中学卒業まで 1 万円に抑えられたま まであり,上述した 3 国と比べても低額である。
 第 2 に,休業補償を手厚くすべきである。育児休業給 付率を上昇させ,給付期間を延長する必要がある。育児 期間中の生活費の保障がなければ,子を持つことは,精 神的な豊かさをもたらすものであっても,経済上はデメリットにすぎない。待機児童の問題があるため,職場復 帰のタイミングを確実にはかることが困難な現状におい て,出産前の一定の準備や貯蓄が必要とされるのでは,若者は子を持つことに積極的になることはできない。
 第 3 に,教育費の低額化,無償化を実現すべきである。わが国の少子化対策は,待機児童問題に絡んだ女性の就 労復帰と幼少期の子育て支援に焦点が当てられている。 しかし,子育てに関する経済的支出は,就学期以降の学 費や塾や習い事などの学外活動費の増加により,年齢が 上がるにつれ増大の一途をたどる。18 歳未満の児童の いる世帯の生活意識調査では,「大変苦しい」が 27%,「や や苦しい」が 35%,「普通」が 34% で,約 6 割の世帯が 生活の困窮を感じており,全世帯平均と比べてもその割 合は高い(平成 28 年国民生活基礎調査)。家族政策とし て様々な政策を打ち出すフランスでは,大学教育までの 無償化が実施されている。2017 年,安倍政権において, 幼児教育・保育や高等教育の無償化などを盛り込んだ「人 づくり革命」が閣議決定された。基本的には,住民税非 課税世帯を対象とするが,3 ~ 5 歳児については認可保 育所や幼稚園,認定こども園の利用者全員が所得制限な く無償化の対象となっている。こうした政策は,子ども の教育機会の平等を保障し,国民の教育水準の向上をも たらすこととなる。この点につき,内閣官房・人生 100 年時代構想会議の今後の展開に期待したい。
 社会保障の中でも保育サービスや就業前教育の充実など現物給付を増やすことが,出生率回復の一要因となり 得ることが,家族関係社会支出の国際比較研究で示され ている (20)。また,児童手当も一括で給付されれば, 第 1・2 子で 198 万円,第 3 子で 252 万円(高額所得者 は 90 万円)が給付される。年間数回にわたる分割支給 により生活費の一部となってしまいがちな少額の支給で あっても,支給の方法にインパクトを作ることで,若者 にモチベーションを与えるものとなり得るのかもしれな い。


3.2. ワーク・ライフ・バランスの実質化
 1985 年の男女雇用機会均等法は,憲法 14 条の平等権 を背景に,本来であれば労使当事者間の自由な交渉に委ねるべき雇用の場面に,男女の平等を根拠とした法的介入を許容するものとなった。初期の均等法は,男女を均 等に扱う努力義務を定めるにとどまり,家事労働を女性 が担う家族生活のあり方を意識したものではなかった。 しかし,1989 年のいわゆる「1.57 ショック」を契機に 1991 年に育児休業法(現在の介護・育児休業法)が成立, 1996 年には雇用保険法の改正により育児休業給付金が導入され,エンゼルプランにはじまる少子化対策が仕事と育児の両立支援をスローガンに展開されていった。 2007 年には官民トップ会議において,「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」等が策定された。 この憲章は,性別や年齢を問わない労働市場への参入が 国の活力を高め,ひいては少子化問題の解決につながるとの発想に基づく。
 かつては夫が働き,妻が専業主婦であった家族モデル は,いまや過半数が共働き世帯となり,生き方は多様化 した。にもかかわらず,職場や家庭,地域において,男 女の固定的な役割分担意識が根強く残り,働き方や子育 て支援などの社会的基盤はこうした変化に対応しきれて いない。現在日本では,週 60 時間以上働く長時間労働 者の割合が高く,かつフレックスタイム勤務や在宅勤務 などの柔軟な働き方も普及していない。ワーク・ライフ・ バランスの実質化を図るために,まずは,正規従業員で ありながらも,家事・育児の負担を負う妻=母親達の負 担を正面から認め,働き方の柔軟化を積極的に推し進め るべきである。仕事・家事・育児の全てを 1 人でこなさなければならない状況を示すいわゆる「ワンオペ育児」 とは,いまや,夫の単身赴任等のやむを得ない事情によ り育児を 1 人で担う母親だけの言葉ではない。男性が家 事労働・育児に時間を割くことの少ないわが国において は,夫婦同居世帯であってもワンオペ化の傾向にあるこ とは容易に想像がつく。仕事に加え,家事・育児の負担 を女性に負わせる現状では,第 2 子以降の出産を促進す ることは厳しい。
 また,男性の育児休業取得率の低迷や長時間労働には, 職場環境が大きく影響する。男性自身が男女の固定的な 役割分担意識を積極的に払拭すると同時に,男性側のワーク・ライフ・バランスの向上を多くの機関・企業が 意識し,実行することで,夫が育児や家事に時間を割けるようになる。男女の雇用平等の実質化は,子を持ちながらも女性が働き続けられる職場と家庭生活の環境作り を前提に成り立つものと考える。夫婦が家事労働・育児を分担できてはじめて,女性は子を産み育てる気持ちを 持つことができるのではなかろうか。
 正規従業員の働き方の見直しと同時に,非正規雇用の正規化,非正規雇用の待遇の改善等の労働政策の検討を行う必要がある。また,働き方の多様化を許容する見地から,雇用形態の違いを前提としない育児休業法制が構想されれば,女性はより子どもを持ちやすくなるものと考える。


3.3. 労働法制・社会保障法制関連施策の優先
 少子化問題の対処には,仕事と子育ての両立支援,労働環境の整備支援に加え,家族政策やジェンダー政策も深くかかわってくる。イギリスやフランスのように,事業主拠出金や一般社会拠出金により多様な家族給付を長期・継続的に実施することが一種の有効策となるであろう。とりわけスウェーデンは,人口規模が日本の 10 分 の 1 以下であり移民が少ないにもかかわらず,短期間で出生率の持ち直しが見られた。たしかに,スウェーデンやフランスのように婚姻関係でないパートナー関係を制度的に認めることは,ライフスタイルの自由化につながるであろうが,現在すでに,わが国においても内縁関係の解消は離婚と同様,財産分与が行われることが判例で認められている。たとえ婚姻外のカップルの住居の保障 や相続権,その関係の中で生まれた子に不利益をもたらすことのない内縁関係を正面から認め*1,制度を明文化したとしても,男女の役割分担が固定化し,子育てへの経済的支援が貧弱な現状のままでは,少子化対策の特効 薬となるとは到底思えない。
 婚姻関係を軸とする古い家族観を固定化する民法関連 法規は,人々のライフスタイルの多様化を受け,見直していく必要がある。こうした改正が行われることになれば,若者は婚姻を前提とした出産に縛られることなく,自由に子を持つ意識に転換していくことになるだろう。 しかし,そうした改正が若者の家族形成に影響を与えるには時間がかかる。わが国においては,もちろん,そうした改正が同時に行われることが理想的ではあるが,若者の家族形成に直接的な影響を与えることのできる労働法制や社会保障法制における施策の現実化が優先されるべきである。
 少子化対策のためには,子どもを産むと,子どもを持たない者と比べて経済的な負担を負わされる構造がこのまま放置されてはならない。また,家庭内においても,夫婦で納得のいく家事・育児の分担が必要である。女性が自らの労働により単身で生きていける社会において, 若者が他者より過重な負担を負わされ,自らの生活のリスクを抱えてまで子どもを持とうと選択するとは考えにくい。
 たしかに,日本では長い間,女性の権利推進が国民の 総意であったとは言えない状況にあり,婚姻制度や家族の捉え方も欧州の国々とは異なっている。ワーク・ライ フ・バランスについても,人口減少に備える労働力確保のための女性活用論であるとの声もある。そのような日本で,各国の好事例をそのまま適用することは難しい側 面もある。財源確保が最大の問題であるが,こうした制度改革により男女の役割分担の固定化を解消し,おもに女性に偏在した経済的・精神的負担を取り除くことが,若者の家族形成意識に直接的な影響を与えるものと考察する。


3.4. 若者の家族形成意識を支える障害の除去
 最後に,男女の役割分担の固定化は,現実に子を育む 家庭環境や教育により解消に向かうものと考える。子ども時代,自らを不幸と感じる家庭に育てば,家族形成の意欲が育まれることはないだろう。現在,3 組に 1 組の夫婦が離婚し,その8 割以上で母親が親権者となっている。母子世帯では平均年収 230 万円の生活が余儀なくされ,その 8 割の世帯で父親からの養育費が支払われてい ない。女性の職場進出が進めば離婚率の上昇に影響を与え得るであろう。離婚して母子家庭になっても生活に困窮することなく子を育てられる社会保障制度の構築が必要である。この点で,スウェーデンの養育費立替(養育 扶助)制度が大いに参考となる。また,離婚後であっても母親とともに父親もが親権者として養育決定に関わる離婚後共同親権制度の構築も,女性に偏在する負担の解消につながるものと考える。
 それに加え,近年,児童虐待は大きな社会問題となっている。核家族化により母親 1 人あるいは夫婦だけで,しかも働きながら子を養育する生活は,何か1つの歯車がずれることで,経済的にも精神的にも家庭のバランスを崩すものとなる。ひとり親家庭の育児不安や孤立化の問題を軽減するためにも,地域社会での子育て支援を促進させる必要がある (21)。若者が家族形成の意欲を持ち続けられる社会であるために,子どもをめぐるマイナ スの事象を取り除いていく努力も,少子化・人口政策の具体的な推進と同時に行われていかねばならないものと考える。


結 語
以上のように,少子化対策という複合的な問題をまとめて制度・法整備面からここで結論を出すことは困難であるが,手厚い家族政策や社会的支援が功を奏した諸外国の経験から学ぶところは大きく,少なくとも日本で少 子化対策を推進するにあたり,複層的に取り組んでいく姿勢と根気が要るのは確かであろう。これまで日本でも,待機児童解消のための保育所拡充策や教育費負担軽減のための支援策などの取組みを進めてはいるが,不十分な対策となっており改善の余地が未だ多い。若者世代の多くは,私生活の安定を犠牲にして までも子を産み育てたくはないという感覚を根強く持っているようである。養育費・教育費の大幅な援助をはじめ現行の支援策を強化するとともに,社会全体で子どもを支え,子をもつ家庭が不利を被らないようにする社会全体の取組みが不可欠である。日本社会全体で危機感を共有認識し,未来への投資として財源を確保し,個々の課題に応じた改革を推し進めることが急務であろう。

*1:わが国の民法は,婚姻関係から生まれた子を嫡出子とし,婚 姻外の関係から生まれた子と区別する構造を採っている。法 定相続分において婚外子は婚姻関係から生まれた子の半分の 相続分しかなかった。平成 25 年の最高裁違憲判断とそれ に続く民法改正によって,この区別は解消された。