国連女性差別撤廃委員会からも指摘を受けながら……見て見ぬふりをしてきた日本政府
母体保護法 第十四条は「都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。」としており、配偶者の同意要件と共に、指定医師による中絶の認定権も定めています。
これに対して、従来より(1)国連女性差別撤廃委員会は、下記一般勧告と日本政府の報告に対する最終見解で、配偶者同意は廃止すべきだとしており、今年3月に出た(2)WHOの新しい『中絶ケア・ガイドライン』でも、第三者の承認はなくすべきだとしています。
(1)国連女性差別撤廃委員会
①CEDAW一般勧告第 21 号 婚姻及び家族関係における平等(第 13 回会期、1994 年)
第 16 条1(e)
21. 子を産み育てるという女性の責任は、教育、雇用及びその他の個人的発展に関する活動を享受する機会に対する女性の権利に影響を与える。かかる責任はまた、労働に関する不平等な負担を女性に課す。子の数及び出産の間隔も女性の生活に同様の影響を与え、また子の身体的及び精神的健康とともに、女性の身体的及び精神的健康に影響する。このような理由により、女性は子の数及び出産の間隔に関して決定する権利を有する。
22. いくつかの報告により、強いられた妊娠、中絶もしくは不妊手術などの強制的な慣行が、女性に対して重大な結果を及ぼすことが明らかにされている。子を持つか持たないかという決定は、配偶者もしくはパートナーと相談の上なされる方が好ましいけれども、配偶者、親、パートナーもしくは国家により制限されるべきではない。安全で信頼できる避妊措置について十分に情報を得た上で決定するために、女性は、条約第 10 条(h)に規定されるように、避妊措置とその利用に関する情報を得、性教育及び家族計画サービスを享受する機会を保障されなければならない。
②第7回及び第8回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解(平成28年3月)CEDAW/C/JPN/CO/7-8
38.委員会は、締約国の十代の女児や女性の間で人工妊娠中絶及び自殺の比率が 高いことを懸念する。委員会は、特に以下について懸念する。 (a) 刑法第 212 条と合わせ読まれる「母体保護法」第 14 条の下で、女性が人 工妊娠中絶を受けることができるのは妊娠の継続又は分娩が母体の身体的健康を著しく害するおそれがある場合及び暴行若しくは脅迫によって 又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した場合 に限られること、 (b) 女性が人工妊娠中絶を受けるためには配偶者の同意を得る必要があるこ と、並びに (c) 締約国の女性や女児の間では自殺死亡率が依然高い水準にあること。
① ②ともに、https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/index.html
(2)WHO新ガイドライン
今年3月に発行されたWHOの『新中絶ケア・ガイドライン』では、第三者による承認はすべて撤廃すべきだと勧告しており、配偶者の同意と医師の認定のどちらも不要にしなければなりません。
①Glossaryにある定義
WHO "Abortion Care Guideline"2022
p. xvi
Third-party authorization: A requirement imposed by law or policy, or in practice, that a party other than the woman, girl or other pregnant person (typically a parent, guardian, spouse, partner, health worker, health authority or judicial authority) must authorize an abortion where other applicable legal requirements for lawful abortion have been met.
(仮訳:第三者による承認:法律や政策によって、あるいは事実上、女性、少女、その他の妊娠している本人以外の人物(通常は親、保護者、配偶者、パートナー、保健ワーカー、保健当局、司法当局)が、合法的な中絶のための他の適用可能な法的要件が満たされている場合に中絶を許可しなければならないという要件を課すこと。
②勧告7(LP=法と政策)
WHO "Abortion Care Guideline"2022
p.xxvi
Third-party authorization
7 (LP) Recommend that abortion be available on the request of the woman, girl or other pregnant person without the authorization of any other individual, body or institution.
Remark:
• While parental or partner involvement in abortion decision-making can support and assist women, girls or other pregnant persons, this must be based on the values and preferences of the person availing of abortion and not imposed by third-party authorization requirements.
(仮訳:第三者による認可
勧告7(LP=法律と政策)他の個人、団体、機関の承認なしに、女性、少女、その他の妊娠中の人の要求に応じて中絶ができるようにすることを推奨する。
備考
- 中絶の意思決定に親やパートナーが関与することは、女性や少女、その他妊娠中の人を支援し援助することにもなりうるが、その場合、中絶を利用する当人の価値観や好みに従うべきであり、第三者の承認を要件として強制してはならない。
https://www.who.int/publications/i/item/9789240039483
*なお、新ガイドラインの位置づけは、RHRリテラシー研究所ホームページのブログにある「WHO 中絶ケア・ガイドライン リソース・キット 2022年3月23日」を見て頂けると分かると思います。https://www.rhr-literacy-lab.net/blog
厚生労働省の役人が、中絶薬をのむにも配偶者の同意が必要だと言ったことについては、官僚として「現行法はこうだ」と説明せざるをえなかったことは理解できますが、福島議員の「女性のリプロダクティブヘルス・アンド・ライツの侵害」ではないかとの問いに対して、厚労省は同じ質疑の中で『WHOの中絶ケアガイドライン』の推奨あるいは非推奨について「承知しております」と述べているので、人権侵害をなくしていくために、ガイドラインに沿って現行法を見直す方向性を示してほしかったと思います。
今後は、 CEDAWやWHO新ガイドラインに則って、刑法堕胎罪と母体保護法は全面的に見直すべきであり、最低でも刑法の自己堕胎罪は廃止すべきだと考えています。
今も世界には中絶に配偶者の同意が必要な国・地域があります。
センター・フォー・リプロダクティブ・ライツ*のマップで確認したところ、配偶者の同意が必要な国・地域は日本も含めて12あります。しかし、2020年1月1日に韓国で刑法堕胎罪が無効になったことで、私は従来、韓国を除いて11か国と回答してきました。しかし、韓国でもまだ配偶者の同意の要不要の決着が付いていないという実態が分かってきたので、今では韓国も入れて12か国だと考えています。
https://reproductiverights.org/sites/default/files/documents/World-Abortion-Map.pdf
国際的な批判を浴びながらも、日本で同意要件は削除されないのは、端的に言って、女性施策がなおざりにされてきたからだと思います。国連の女性差別撤廃条約を締結していながら、日本の男女共同参画基本法には「女性差別撤廃」が全くうたわれていません。唯一近い文言は「男女が性別による差別的取り扱いを受けないこと」を盛り込んだ第三条です。
男女共同参画基本法
第三条
男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保されることその他の男女の人権が尊重されることを旨として、行われなければならない。
この法律制定後に初めて策定された2000年の男女共同参画基本計画には、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」が縦横に組み込まれ、様々な取組みを行うことになっていました。ところが、第2次基本計画の策定が進んでいた2005年までに、保守派の政治家による性教育や「ジェンダー」に対するバッシングが過激化し、結果的に第2次男女共同参画基本計画は文字通りぼろぼろになるほど「削除」がくり返された爪痕(不自然にあちこちが白紙になっているPDF)が今も残っています。
2005年に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」の座長を務めた安倍晋三氏は(山谷えり子氏が事務局長)「約170カ所を修正」させたことを自慢しています。
その後、安倍政権が発足し、いったんは退いたものの再び第二次安倍政権は長らく続きました。その間に、かつて「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ」を主張していた議員も退き、女性たちの運動も低迷してきたために、批判の声が聞こえなくなってしまったという問題もあると思います。
法制度に及び腰な人々は、結局は女性差別撤廃を進めたくない、女性を差別したままでいたいということではないかと思わずにいられません。
同意要件があることにより、日本は国際社会から女性差別のはなはだしい「先進国」と呼ばれるにはふさわしくない国だとみられることになります。
あるイギリスのアクティビストに「日本の中絶には配偶者同意要件がある」と話したところ、目を丸くして「日本では女性は子ども扱いなのか?」と即座に言われました。自分のことを自分で決められないということは、自律した成人と見られていないということなのです。医者が「パターナリスティック」に「私たちがどうしたらいいか決めてあげましょう」というのも全くもって間違いです。
蛇足
1994年にエジプトのカイロで開かれた国際人口開発会議の行動計画は「リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(RHR)」が初めて国連文書に書き込まれたことで知られていますが、実はこの年の国際会議の代表団を率いていたのは外務大臣でした。
1974年のブカレスト世界人口会議は厚生大臣、1984年のメキシコ国際人口会議は厚生事務次官が代表を務めていました。つまり、RHRが世界中の国々の目標に掲げられたとたんに、日本は自国内のRHRを封印してしまったのです。現在でも、外務省には海外諸国のRHRのために支援しているとの記述がみられますますが、厚労省ではRHRについてはほとんど(特に中絶については全く)言及されていません。
同意要件を削除するしないだけではなく、日本政府は女性のRHRの改善の義務を放棄し「自由診療」の名のもとに医師たちのなすがままに放置してきたと見ています。妊娠する人の数が減った分を上回るほど、中絶料金も、出産料金も大幅に値上がりしてきました。特に出産料金については、料金が高くなったからといって保険組合から出る出産育児一時金の金額を上げ、いったん上がると、さらにそれに上回る料金をつけるといったイタチごっこが続いてどんどん値上がりしてきました。最近、出産育児一時金42万円の範囲内で出産費用がおさまった人はわずか7%という調査結果も出ています。
「自由診療」のしくみのために、女性の妊娠に関わるすべてが――避妊も緊急避妊も中絶も――アクセスが悪く高額になっています。なのに、厚生労働省は「医師たちの好き」に任せ、実際医師たちは「好き勝手」にやっていて、困るのは女性ばかりという状態が続いてきました。
配偶者同意要件をきっかけに、女性に対する人権侵害がはっきりと目に見えてきた今こそ、声を挙げ、状況改善に向けて「あらゆる最善の努力」をしていくべきです。