リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中絶禁止法が浮き彫りにする「母親ペナルティ(motherhood penalty)」とは

*Bazaar 2022/06/11

安全で合法的な中絶手術を禁止する法律は、出産や育児における男女格差を加速させる

By Marie-Claire Chappet

 米最高裁がまとめた、中絶に関する文書がリークされ波紋が広がっている。1973年に人工妊娠中絶を女性の権利として認めた「ロー対ウェイド事件」の判決を覆す内容の草案が報じられたのだ。この判決が覆されれば、アメリカの多くの州で人工妊娠中絶手術が違法になる可能性がある。

 中絶は、倫理的、宗教的、政治的、そしてジェンダー的な立場の違いから、様々な意見の衝突を生んでいるトピックの一つ。ただ一つ言えることは、女性の身体に関する重大な決定事項であるということである。

 男性議員が女性の身体に関するルールを決める、という不公平に焦点が当てられがちだが、この問題がはらむ不公平は根深い。中絶の定義や賛否両論以前に、男女の育児格差という点で明らかな不公平を生んでいる。出産や育児によって女性が被る不利益のことを「母親ペナルティ(motherhood penalty)」と呼ぶが、中絶の禁止はその最たるものではないか。中絶の権利を侵害し、妊娠を強制することは、非常に残酷な行為である。

 「母親ペナルティ」は、日常にありふれている。子どもを産まなければならないという社会的な圧力があり、産まなかったり産まないことを決めたりすると、普通ではないと思われたり、同情されたりする。子どもを作ると決めた場合にもシビアな影響がある。英国では、年間54,000人の女性が妊娠しただけで職を失い、年間39万人の働く母親が、職場で否定的で差別的な扱いを受けているという。給与についても、2人の子どもを持つ女性の週給(中央値)は、子どものいない女性より26.1%低い。対照的に、子どものいる男性の週給(中央値)は、子どものいない男性より21.8%高いという。依然として子育てのメインは女性とみなされているのだ。

 父親になることは選択肢の一つとして扱われるのに対し、母親になることは”生まれながらの権利”として扱われている

 出産や育児と同様に、中絶においても、男性が不利益を被る「父親ペナルティ」の概念はない。父親になりたくなければ、男性は物理的に自由に立ち去ることができる。この決断によって恥をかくことも罪に問われることもない。しかし、女性にはそのような自由はない。

 安全で合法的な中絶手術を禁止する法律のもとでは、多くの女性にとって、母親になることは事実上避けられないことになる。男性と違って女性は、本人が希望するかどうかに関わらず、“母親になること”を人生を通して刷り込まれている。幼少期に人形やベビーカーで遊ぶことを覚え、10代で安全な性行為について講義を受け、私たちは何年にもわたってこのイデオロギーを叩き込まれてきた。人生のあらゆる場面で、自分は単なる女性ではなく、出産を待つ母親であり、シングルであることのリスクを認識させられるのだ。私たちはプラスチック製の赤ん坊の世話や、10代での妊娠という恐ろしい事態に対する責任を負っているが、男性にはそのような試練は与えられない。父親になることは男性にとって選択肢の一つとして扱われるのに対し、母親になることは、女性の“生まれながらの権利”として扱われているのだ。

 「母親ペナルティ」からの解放は困難だ。私たちは子供を産まないことを非難され、産んだら産んだで不利益を被る、という二重苦のなかで生きている。「母」と「女」を切り離せない社会においては、中絶によって子供を産まないという決断は、許されないことのようだ。これまで何十年にも渡り、女性の目的は母親になることとされてきた概念を覆すため、多くの女性が努力してきた。その努力ですら、子育てと同様に、女性が不当に担ってきた仕事であるが、このように私たちの身体の自己決定権を奪うことは、これまでの努力に対する冒涜であり究極の“ペナルティ”である。

 子供を産まないことを非難され、産んだら産んだで不利益を被る、という二重苦のなかで生きている

 中絶に反対することがミソジニー(女性蔑視)的な行為であるとされるのは、このような理由からである。意思に反して、妊娠や出産という危険で重大な経験を強いられるのは恐ろしいことである。私たちはまるで、意志を持った人間ではなく、新たな生命をのための単なる保管庫だ。ただ、中絶反対論者にとって貴重なその“生命”も、いつか中絶を望む女性に育つかもしれないと考えると皮肉としか言いようがない。

 なぜなら女性として生まれる限り、中絶の禁止があろうとなかろうと、「母親ペナルティ」を強いられることには変わりがないからだ。 その社会のなかで、彼女らが積極的に子供を産みたいと思うかどうか、疑問に思わずにはいられないのだ。

※この記事はUK版『ハーパーズ バザー』が2022年5月10日に公開した記事を抄訳したものです。

Translation: Tomoko Takahashi From Harper's BAZAAR UK