リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

米「中絶違法化」で注目の経口中絶薬、その仕組みとリスクは?

MIT Technology Review

Where to get abortion pills and how to use them
米「中絶違法化」で注目の経口中絶薬、その仕組みとリスクは?www.technologyreview.jp

米国で中絶の権利を認めた過去の判例が覆され、一部の州では人工中絶が違法となる可能性が高まっている。今後、使用が増えるとみられる経口中絶薬の仕組みとリスクについて、専門家に話を聞いた。
by Antonio Regalado2022.06.22


 米国連邦最高裁判所が、中絶を憲法上の権利として正式に認めた1973年のロー対ウェイド事件判決を覆せば、米国の一部の州では性と生殖に関する権利(リプロダクティブ・ライツ)の暗黒時代にいつ突入してもおかしくない状況になるだろう。医師は人工妊娠中絶手術を禁じられ、レイプや近親相姦を受けた場合や、胎児に遺伝的異常がある場合でも中絶ができなくなる。

 だが、まだ大きな抜け穴が1つある。これら係争中の州法のほとんどが、中絶を求める人を罰則対象から外しているのだ。考え得る結末は、いわゆる経口中絶薬を使用して自宅で妊娠を終わらせる人の数が増加することである。

 経口中絶薬は安全であり、医師によって広く処方されているが、本来であれば医師の指導のもとで使い、使用前後に検診を受けるのが理想的だ。しかし、ロー判決がまもなく覆され、個々の州が独自の中絶規則を設けるようになる可能性があるため、一般市民は経口中絶薬を入手して自分で使用する方法を知りたがっている。「自己管理型」中絶と呼ばれる処置である。

 MITテクノロジーレビューは、経口中絶薬の仕組み、入手先、医師の診察なしに使用することでどのようなリスクがあるのかを調べるため、医療専門家や性と生殖に関する権利を専門とする弁護士に話を伺った。

Q:薬剤による中絶とは?

 経口中絶薬を使用して意図的に妊娠を終わらせることを意味する。

 経口中絶薬は22年前に米国で導入され、ゆっくりとではあるが着実に他の中絶方法に取って代わってきた。シンクタンク「ガットマッハー研究所(Guttmacher Institute)」によれば、米国の中絶件数の50%以上が経口中絶薬を使用したものだとされる。通常、中絶薬は医師または看護師によって処方され、患者は服用前後に医療専門家と面談する。

Q:経口中絶薬は外科的中絶より優れているのか?

 妊娠初期の場合、外科的中絶は医師がアスピレーター(たいていはプラスチック製のチューブ)を使用して子宮内容物を吸引する処置となり、1日で完了する。

 薬剤による中絶の場合はもっと長くなり、数日はかかる。だが、内密にしやすく、クリニックへの抗議者から非難を浴びずに済む。また、薬剤による中絶の方が費用がかからない。最終的に支払うことになる額は保険やその他の要因によって異なるが、薬剤による中絶の場合は通常200~300ドルほどで、外科的中絶の場合は750~1000ドルだ。

Q:遠隔医療中絶とは?

 遠隔医療中絶とは、医師の遠隔指導のもと、経口中絶薬を使用して自宅で実施する中絶のことである。



 遠隔医療中絶は、新型コロナウイルス感染症パンデミックの中で広まり、米国のいくつかの州で認められている。通常は、オンライン診療で医師が妊娠時期を判断する手助けをし、経口中絶薬を処方する。中絶薬は郵便で届くか薬局で受け取ることになる。遠隔医療中絶を提供する団体としてはカラフェム(Carafem a)やエイド・アクセス(Aid Access)などがある。

 遠隔医療ではクリニックに行くことはないが、それでも医師の指導を受けられる。

Q:自己管理型中絶とは?

 医師の関与、さらには処方箋もなしに経口中絶薬を入手して自宅で使用することだ。国境なき医師団によると、自己管理型中絶とは「医療機関ではないところで経口中絶薬を入手して服用すること」であり、オンラインガイド、電話相談、海外の薬局の助けを借りることが多い。

Q:薬剤の種類は?

 米国では、薬剤による中絶にミフェプリストンとミソプロストールという2種類の薬剤が通常用いられており、これらを1日おきまたは2日おきに服用する。ミフェプリストンとミソプロストールは、最後の生理日から数えて70日(10週間)までの妊娠を終わらせるために処方される。

 どちらの薬剤も、単独で80%を上回る確率で妊娠を終わらせることができる。だが、併用すると効き目が高まり、10週未満の妊娠の約95%を終わらせることができる。

Q:これらの薬剤のメカニズムは?

 ミフェプリストン(商品名はミフェプレックス)は、「妊娠ホルモン」としても知られているプロゲステロンの作用を阻害する合成化合物である。プロゲステロンが使おうとする細胞内の同じ受容体に結合することでその作用を阻害する。プロゲステロンが十分にないと、妊娠を維持している子宮内膜が出血し始め、やがて剥がれ落ちる。

 当時コードネーム「RU-486」で知られていたミフェプリストンは、ポピュレーション・カウンシル(Population Council)という非営利の医療団体によって2000年に市場投入された。ウェブMDにも記録されているように、ミフェプリストンの承認は、反中絶活動家との一連の戦いの引き金となった。米国では、今でもミフェプリストンの処方と投薬ができる医師に制限が設けられている。

 ミソプロストール(一般的な商品名はサイトテック)は、プロスタグランジンというホルモンの合成版である。もともと潰瘍の治療に対して承認されているものだが、陣痛を誘発するのにも使用できることが分かった。ミソプロストールは子宮頸部を軟化・拡張させ、収縮を誘発することで、流産させる。明確に中絶を目的として承認されたことはない。

 全体的に見ると、薬剤による中絶は流産に似ている。薬剤が、重い生理のように、強いけいれんと出血を引き起こすのだと医師らは説明する。使用すると、血液や血餅以外に、受胎産物を見ることになるかもしれない。受胎産物は、受精から7週間くらい経っていれば、こちらに記載されているように、コインほどの大きさになっているだろう。


Q:経口中絶薬は安全か?

 薬剤による中絶は、「タイレノールより安全」であり、出産よりも10倍以上安全であると言われてきた。

 薬剤は安全であるものの、特に妊娠初期は、物事がうまくいかなくなることがある。非営利団体のプランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood)は、注意すべき副作用のリストを持っている。その中には、感染症にかかっていることを意味する可能性のある長すぎる出血や発熱など、医療の助けを求めることが必要になるものもある。

 もう一つのリスクは、子宮外妊娠(胚が子宮外で成長している場合)だ。クリーブランド・クリニックによると、経口中絶薬を飲んでも子宮外妊娠が終わることはなく、それ自体が医療処置を必要とする緊急事態なのだという。妊娠が子宮外かどうかを判断する上で一番確かな方法は、超音波検査を受けることだ。


Q:経口中絶薬は毎回効き目があるのか?

 ない。効果の有無は、中絶を自己管理しようとする際の最も一般的なリスクになる。経口中絶薬を飲んでも、20回に1回くらいは妊娠が無事に止まらないことがある。中絶薬のネット販売業者の中には、1回目の効き目がない場合に備えて、2回分購入することを推奨しているところもある。

 薬剤による中絶が失敗した場合の選択肢は、経口中絶薬をもう一度試すか、外科的な処置を求めるか、あるいは妊娠を継続するかだ。妊娠を続ける場合、顔面欠損や四肢欠損といった胎児異常のリスクが高まるが、これは薬剤のミソプロストールに関係している。

 妊娠が終わっているかどうかを調べる際、医師は超音波で検査することがある。もう一つの方法は、中絶を試みてから3週間くらい後に家庭用妊娠検査薬を使うことだ。


Q:経口中絶薬は後の妊娠にも効果があるのか?

 現在米国では、最後の生理日から70日間(10週間)まで経口中絶薬が処方されている。もっとも、妊娠中絶賛成派は、妊娠第1期(0〜12週)の終わりまで経口中絶薬を使用することは十分に確立されていると言う。

 経口中絶薬は実際、妊娠中であればいつでも効果があるが、使用するタイミングが後になるほど出産に近くなるため、医学的、道徳的、法的リスクが高くなる。


Q:自己管理型中絶は合法か?

 米国では合法だが、ややグレーゾーンであり、よりグレーなものになる可能性が高い。

 性と生殖に関する権利を専門とする弁護士らによれば、自己管理型の中絶は、アリゾナ州などの一部の州において妊娠が進み過ぎている場合には法律によって制限されることがあるが、米国のほぼ全域で合法だという。

 全般的に見て、ロー判決が覆された場合に一部の州で計画されている、新しくより厳格な中絶禁止令でも、中絶を受けた人に対する罰則は検討されていない。例えば、オクラホマ州の法律では、「胎児の死を引き起こす」物質や薬物を提供した場合に1万ドルの罰金が科されるが、中絶を受けた人は罰金の対象外となっている。

 問題は、中絶を制限する法律によって、経口中絶薬を含むリプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する保健医療)全般にとってはるかに不利な環境が生まれることだ。例えば、堕胎を誘発した後に医療の助けを求めた場合、自己管理型の中絶が合法かどうかに関係なく、医療機関や病院スタッフは警察に通報することを検討するかもしれない。

 中絶を受けた人を起訴しようとすることはよくある話ではないが、実際に起きている。法律事務所「イフ・ウェン・ハウ(If/When/How)」はここ20年間、女性が堕胎を誘発した後に捜査または起訴されたケースを数十件扱ってきた。これらのケースでは、妊娠後期になっている場合が多い。例えば、2021年にオハイオ州のある女性とその交際相手は、経口中絶薬を使用して妊娠第3期(25週から分娩まで)に妊娠を終わらせたことを受け、子どもを生死に関わる危険にさらした罪と死体損壊の罪を認めた。


Q:経口中絶薬の入手法は?

 ニューヨーク州カリフォルニア州のようなリベラルな法律のある州では、不妊治療専門クリニックで薬剤による中絶を受けることができる。また、これらの州の多くでは、遠隔医療診療によってすべてをリモートで実施することも可能だ。

 中絶を制限しようとしている州では、クリニックを見つけるのが難しくなっており、中には遠隔医療中絶を禁止している州もある。ロー判決が覆されると、これら一部の州の医師は、経口中絶薬を処方すると犯罪を犯すことになる。

 だが、それでも入手は可能だ。1つの方法は、遠隔医療中絶が合法の州の郵送先住所を手配することである。もう一つの選択肢は、エイド・アクセスに仲介してもらうことだ。エイド・アクセスは海外に医師を抱えており、インドの薬局から経口中絶薬を処方して郵送してくれる。エイド・アクセスには米国内で働いていない医師がいるため、州法は(それらの州に行かない限り)医師たちに適用されない。エイド・アクセスによれば、この回避策を通じて今でも遠隔医療中絶を実施し、50州すべてに経口中絶薬を送付しているという。

 また、処方箋なしで米国外の薬局から経口中絶薬を直接取り寄せて、自己管理型の中絶をすることも可能だ。

 プランCという組織は、住んでいる州に基づいて一番簡単に経口中絶薬を入手できる方法を提案する検索エンジンを持つ。プランCは、自社で合法と判断する海外の薬局のリストを保有しており、それらの薬局は経口中絶薬を配送している。価格は約250ドルからだ。このルートでは、クレジットカードか別の電子決済方法が必要となる。


Q:インドから米国国内に経口中絶薬を取り寄せることに問題はあるか?

 ある。薬局のWebサイトはかなり怪しげなことが多く、米国食品医薬品局(FDA)によると、国外からの経口中絶薬の輸入は通常違法になる。しかしながら、FDAには、個人使用の場合は見て見ぬふりをするという方針がある。

 現時点では、個人がネットで経口中絶薬を注文することによる法的リスクはあまり大きくないようだが、州が経口中絶薬の所持を犯罪にしようとすれば、今後変わってくる可能性がある。


Q:ロー判決の終わりにどう備えればいいのか?

 経口中絶薬とその入手法についてよく読んで調べておいた方がいい。もう一つの選択肢は、まだ頼めるうちに経口中絶薬を今すぐ注文し、手元に備蓄しておくことだ。

 エイド・アクセスは、今のところ妊娠していない人にも経口中絶薬を郵送してくれている。経口中絶薬の保存可能期間は少なくとも3年はある。

 全体的に見れば、米国の薬局を利用して医師に診てもらうに越したことはない。だが、 ロー判決が覆される場合、医師が経口中絶薬を処方することを禁じる州に住む人にはその選択肢がなくなるのだ。


Q:経口中絶薬への法的圧力は高まるのか?

 これこそが今直面している大きな問題だ。人々が妊娠中絶法を避けて通るためにセルフメディケーションに頼ると、経口中絶薬を入手する機会を制限しようとしたり、経口中絶薬の所持を犯罪化しようとしたりといった動きに発展していく可能性がある。


Q:経口中絶薬は店頭で入手できるようになるのか?

 あまり期待しないほうがいい。経口中絶薬は、安全なことや比較的使いやすいことなど、店頭販売されている薬の特徴を多く備えているが、店頭販売に至るまでには10年単位の戦いが待ち受けている。

 本記事は、専門家の助言を得て執筆されている。経口中絶薬に関する医学的および法的事実を説明していただいた以下の専門家に感謝する。


ジル・エイブラムス(If/When/ How)、グリア・ドンリー(ピッツバーグ大学ロースクール)、 ダニエル・グロスマン(UCSF)、アイシャト・オラトゥンデ(リプロダクティブ・ヘルス専門医)、 メアリー・オウエンス(スーザン・B・アンソニー・リスト)、ロビン・タッカー(メトロ・エリア・アドバンスト・プラクティス・ヘルスケア、エイド・アクセス)



アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]
米国版 生物医学担当上級編集者
MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジーラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。

協力した専門家の中に、私たちが去年メッセージをもらったダン・グロスマンさんもいる!

Dan Grossman 28092021 - YouTube
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