リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

世界的にスタンダードな経口中絶薬を厳重管理の対象にしてはならない: 安全な中絶へのアクセスを妨げないために

朝日新聞論座 2022年11月25日

世界的にスタンダードな経口中絶薬を厳重管理の対象にしてはならない:安全な中絶へのアクセスを妨げないために

塚原 久美 中絶問題研究者、RHRリテラシー研代表、中絶ケアカウンセラー


2022年11月25日
リプロダクティブ・ヘルス&ライツ|中絶|女性の権利

 ラインファーマ株式会社が、経口中絶薬の日本における製造販売承認を申請してから間もなく1年。親会社によれば、本剤は妊娠初期の薬による人工妊娠中絶(中絶と略す)の国際的なゴールドスタンダードとして認められており(1)、世界保健機関(WHO)の必須医薬品リストにも掲載されている(2)。当初の報道によれば、早ければ1年以内にも許可されるとのことだったが、まだその見通しは立っていないようだ。

 許可の障害になっているのは、中絶が手術から薬に移行することによる社会全体のモラル低下と病院経営が脅かされるという二つの「恐れ」であろう。本論考では、過去の中絶薬が生まれてから今に至る経緯をひもとくことで、何が女性(3)の安全な中絶へのアクセスを妨げているのかについて論ずる。


以後、「 指定医師に限定」「 ⼊院して使⽤」「 1 0 万円( 1 0 ) 」 といった情報は
— 度も覆されていないばかりか、 厚⽣労働省は服⽤には「 配偶者同意が必要」 との⾒解も⽰している( 1 1 ) 。 ⽇本初の経⼝中絶薬は、 承認後、 いったいどのような扱いになってしまうのか。 承認申請の 8 カ⽉前の東⼤教授の発⾔に注⽬し、 古い薬との関連を調べていくと、 さらにアクセスが阻まれる可能性も浮上してきた。

1 . h t t p s : / / w w w . l i n e p h a r m a . c o m / l i n e p h a r m a - i n t e r n a t i o n a l - f i l e s - f o r - m a n u f a c t u r i n g - m a r k e t i n g - a p p r o v a l - o f - t h e - a b o r t i o n - p i l l - i n - j a p a n /
2 . h t t p s : / / w w w . w h o . i n t / p u b l i c a t i o n s / i / i t e m / W H O - M H P - H P S - E M L - 2 0 2 1 . 0 2
3 . ここでは妊娠しうる⾝体をもつ全ての⼈々を代表させる。
4 . ミ フ ェ プ リ ス ト ン と ミ ソ プ ロ ス ト ー ル の ⼆ 剤 を 組 み 合 わ せ た 「 コ ン ビ 薬 」 の ⽇ 本 に お け る 商品名。
5 . h t t p s : / / w w w . l i n e p h a r m a . c o . j p / n e w s _ d e t a i l . p h p ? i d = 2
6 . 以後、「 医会」 と略す。
7 . 刑 法 堕 胎 罪 の 例 外 事 項 を 定 め た ⺟ 体 保 護 法 に 基 づ く 「 ⺟ 体 保 護 法 指 定 医 師 」 を 指 し て い る 。
8 . 1 9 9 6 年 に 優 ⽣ 保 護 法 か ら ⺟ 体 保 護 法 に 改 正 さ れ る 以 前 は 、 「 優 ⽣ 保 護 法 指 定 医 師 」 と され、 どちらも「 指定医師」 と略され、 本稿でもこの略を⽤いる。当時の⽊下勝之医会会⻑は、 2 0 2 2 年6 ⽉に⽯渡勇新会⻑に交代している。
9 . h t t p s : / / w w w . n h k . o r . j p / p o l i t i c s / a r t i c l e s / l a s t w e e k / 7 4 5 3 1 . h t m l
1 0 . 実 際 の 中 絶 ⼿ 術 は 1 0 万 円 で は ⾜ り な い 。 h t t p s : / / m i n e r v a - c l i n i c . o r . j p / c o l u m / a b o r t i o n - c o s t s /


「極めて安全」でありながら「厳重な管理が必要」とは︖
 2 0 2 1 年 4 ⽉ 2 1 ⽇、 毎⽇朝刊は「 経⼝中絶薬、 承認申請へ 治験最終段階、 9 3 % の確率 英製薬、 年内にも⽇本で」 との⾒出しで、 経⼝中絶薬の承認申請の可能性をスクープした。

 この記事のインタビューで、 治験に参加した東京⼤の⼤須賀穰教授( 産婦⼈科学) は、 承認申請が予定されている治験中の経⼝中絶薬について「 副作⽤がほとんどなく極めて安全。 医師による外科処置なしに、 ⼥性が主体的に中絶を⾏えるようになる」 と述べる⼀⽅で、「 病院経営の観点から ( 1 2 ) 薬による中絶も⼿術と同等の価格設定となる可能性がある。 利⽤しやすい価格にするには公的補助を検討する必要がある」 との⾒解も⽰した。
 さらに⼤須賀教授は、 4 ⽉末に朱鷺メッセ新潟コンベンションセンターで開かれた学会( 1 3 ) でも、 次のような課題と展望を⽰していた( 1 4 ) 。


 プレグランディンとは、 現在、 ⽇本の中期中絶で標準的に⽤いられている「 プレグランディン® 膣坐薬 1 m g 」 のことである。 これは製品名で成分名はゲメプロストである。 この膣坐薬は⼦宮頚管( 産道) を柔らかくし、 ⼦宮を収縮させる( 陣痛を起こす) 作⽤をもつため、 膣を通じて⼦宮内容物を外に押し出すことで
⼈⼯的に流産させる。 この膣坐薬を⽤いた中絶⽅法は「 分娩式」 と呼ばれることもある⼀⽅、「 ⼈⼯流産」 と呼ぶ⽅が倫理的に望ましいとの意⾒もある。


 ⽇本で発明されたプレグランディンは、 1 9 8 4 年に承認されて以来、 とても厳重に管理されてきた。 前述の⼤須賀教授は、 M E F E E G O はプレグランディンのように厳重に薬剤管理すべきと考えているようだが、 それは果たして適切だろうか。 この問いに答えるために、 まず中期中絶に⽤いるプレグランディンがどのような薬で、 なぜ厳重に管理されることになったのかを確認しておこう。


プレグランディン承認は異例ずくめの三重縛り
 ⼩野薬品⼯業が、 1 2 ⼤学共同研究の「 中期中絶」 の結果を添えてプレグランディンの製造承認を申請したのは、 1 9 8 1 年 4 ⽉( 昭和 5 6 年) のことである。 厚⽣⼤⾂の諮問機関である中央薬事審議会は、 翌 1 9 8 2 年 8 ⽉に「 承認が適当」 と答申した。 ところが実際に承認が下りたのは、 さらに 2 年後の 1 9 8 4 年 5 ⽉ 3 0 ⽇だった。


 翌⽇の朝⽇新聞によれば、 承認申請から実に 3 年以上もかかったのは、「 安い薬代だけで中絶がすんでは経営悪化を招きかねない」 と⼀部の産婦⼈科医から反発があったのと、「 中絶を増やし、 ⼈命軽視の⾵潮を増⻑させる」 と保守的宗教団体の⽀援を受ける“ ⽣命尊重派” の国会議員がモラル低下への懸念を強く主張したためである。 そこで厚⽣省は、「 安易に使われてはならない」 と厳しい規制をかけることにした。
規制の内容は、 ① 適応を⺟体の傷病が理由の「 妊娠中期の治療的流産( 1 5 ) 」に限る、 ② 「 要指⽰薬」 と「 劇薬」 に指定し、 優⽣保護法指定医師にのみ使⽤を限る、 ③ 横流し防⽌のために数量、 ロット番号、 年⽉⽇記載などの「 管理・ 取扱い要領」 を定める、 ④ 違反すれば⾏政指導で出荷停⽌する— — と相当に厳しいものになった。「 審議会を通りながら⼆年近くも承認されなかったこと」 も、「 ひとつの薬のために管理・ 取扱い要領が定められたこと」 も、「 異例ずくめ 」 だったという。
そもそも優⽣保護法( 1 6 ) のために、 ⽅法を問わず中絶を合法的に⾏えるのは同法内で定めた指定医師に限定されている。 それに加えて、 専⾨医の処⽅と指⽰が必要な「 要指⽰薬」 とし、 少量でも中毒などを引き起こす危険性のある「 劇薬」 にも指定するという三重もの縛りをかける周到さであった。

1 1 . 2 0 2 2 年 5 ⽉ 1 7 ⽇参議院厚⽣労働委員会における厚⽣労働省⼦ども家庭局⻑の答弁による。
1 2 . 太字による強調は引⽤者による。 以下同じ。
1 3 . 第 7 3 回 ⽇ 本 産 科 婦 ⼈ 科 学 会 学 術 講 演 会 の 医 会 ・ 学 会 共 同 企 画 ⽣ 涯 研 修 プ ロ グ ラ ム 9 「 ⼈⼯ 妊 娠 中 絶 に 関 す る 最 近 の 話 題 ︓ 1 . 経 ⼝ ⼈ ⼯ 妊 娠 中 絶 薬 ミ フ ェ プ リ ス ト ン 国 内 第 三 相 試 験 について」
1 4 . ⼤ 須 賀 穣 ( 2 0 2 1 ) 「 経 ⼝ ⼈ ⼯ 妊 娠 中 絶 薬 ミ フ ェ プ リ ス ト ン 国 内 第 三 相 試 験 に つ い て 」 ⽇ 本産科婦⼈科学会雑誌 7 3 ( 1 2 ) p p . 1 7 3 5 - 1 7 3 9
1 5 . 医 師 が 妊 娠 の 継 続 が ⺟ 体 の ⽣ 存 を 脅 か す と 判 断 し 、 治 療 の ⼀ 貫 と し て ⾏ う ⼈ ⼯ 流 産 ( 中絶) のこと。
1 6 . 1 9 4 8 年 に 制 定 さ れ 、 優 ⽣ ⼿ 術 ( 障 が い 等 の あ る ⼈ に 対 す る 強 制 的 な 不 妊 ⼿ 術 や 中 絶 ⼿ 術 )と ⼈ ⼯ 妊 娠 中 絶 ( 刑 法 堕 胎 罪 の 例 外 と さ れ る 合 法 的 な 中 絶 ) に 関 す る 事 項 を 定 め て い た 。 優 ⽣⼿ 術 に 関 連 す る 条 項 が 障 が い 者 差 別 的 だ と 問 題 に な っ て 削 除 さ れ 、 後 半 の 中 絶 に 関 す る 部 分 を残して 1 9 9 6 年に「 ⺟体保護法」 に改正された。

「驚くほどの効果」なのに中期専⽤薬となった理由
 実のところプレグランディンは、 1 9 7 0 年代の臨床試験において妊娠初期中絶について驚くほどの成功を収めていた( 1 7 ) 。 なのにその事実が秘匿され続けてきたのは、 当時の⽇本の中絶医療の現場において、 全中絶の 9 5 % を占める妊娠初期の中絶のために搔爬法と呼ばれる外科⼿術がすっかり定着していたことが⼀因ではないだろうか。


 慣れてしまえばコストも時間もかからない簡単な⼿技である搔爬は、 ⽇本の医師にとっては「 儲かる仕事」 だった( 1 8 ) 。 だから医師たちはこの新薬が妊娠初期に使えることは隠し、 うまい⽅法がなくて困っていた「 妊娠中期」 についてのみ、 指定医師しか⾏えない「 治療的中絶( 1 9 ) 」 に使うとすることで倫理的批判をかわしたのだと推測される。


 実際、 開発当初から関わってきたメーカーのあるスタッフは次のように打明けている。


営業的には、 妊娠初期を狙っていたが、 あまり効き⽬があるので、 社会的に問題になり、 許可は 難しい と判断した。 中期で申請すれば、 治療ということで理由は通る。 薬を早く世に出したかったので、 こんな形になった( 2 0 ) 。


 国内では妊娠中期に限られたため、 メーカーは海外に期待していたが、 結局のと こ ろ 、 海 外 で も ゲ メ プ ロ ス ト ( プ レ グ ラ ン デ ィ ン の 成 分 ) は 、 今 回 のM E F E E G O の成分であるミフェプリストンやミソプロストールほどのインパクトを持てなかった( 2 1 ) 。 理由のひとつは「 価格」 だろう。 プレグランディンの最初の薬価は 1 個 4 4 1 3 . 8 円だった( 2 2 ) 。 これを 3 . 5 個使うので約 1 万 5 千円のコストがかかり、 低所得の国々にはあまりに⾼すぎた。 かといって、 ⽇本国内の価格を据え置いて海外向けだけ値引きしては、「 逆輸⼊」 をあおる結果になりかねなかった( 2 3 ) 。
ミフェプリストンの登場とゲメプロストの退場

 — ⽅、 フランスでは 1 9 8 0 年にルセル・ ウクラフ社がR U - 4 8 6 ( 成分名︓ ミフェプリストン) の合成に成功したと発表し、 世界の注⽬を⼀⻫に浴びた( 2 4 ) 。 妊娠継続に不可⽋な⻩体ホルモンを抑制することで、 直接的に「 妊娠」 を⽌める画期的な世界初の経⼝中絶薬だったが、 成功率を⾼めるためには第⼆薬として⼦宮収縮効果のあるプロスタグランジン剤と組み合わせるのが有効だと当初から知られていた。

 R U - 4 8 6 が登場したことで、 ゲメプロストはそれ⾃体が「 中絶薬」 だというよりも、 ミフェプリストンを補佐する第⼆薬の「 ⼦宮収縮剤」 の候補の⼀つという地位に転落した。 しかも、 ほどなく登場してきたもう⼀つの「 ⼦宮収縮剤」 候補のミソプロストールは、 ゲメプロストと効果は同程度だったが、 はるかに安価でより扱いやすかった。 そのために海外では、 ゲメプロストの第⼆薬としての地位もすっかり失われてしまった( 2 5 ) 。
 実際、 ゲメプロストは 2 0 1 2 年の『 安全な中絶第 2 版』 以降、 W H O の推奨⽅法ではなくなった。 現⾏の『 中絶ケア・ ガイドライン』( 2 0 2 2 年) ( 2 6 ) には全く⾔及されていない。 その結果、 ⽇本の中期中絶ではW H O が「 安全な中絶」 とみなしていない⽅法が使われ続けていることになるのだが、 この問題については本稿では指摘のみに留めておく。

1 7 . 朝⽇新聞 1 9 8 4 年 7 ⽉ 1 2 ⽇
1 8 . P h i l i p B r a s o r & M a s a k o T s u b u k u , J a p a n e s e l a w s m a k e a b o r t i o n a n e c o n o m i c i s s u e , o n J a p a n T i m e s , M a y 1 3 , 2 0 1 2
1 9 . ⽇ 本 産 婦 ⼈ 科 医 会 と ⽇ 本 産 科 婦 ⼈ 科 学 会 の ど ち ら の ホ ー ム ペ ー ジ に も 「 治 療 的 流 産 」 の 定義 は ⾒ 当 た ら な い 。 両 会 連 名 で 編 纂 さ れ た 『 産 婦 ⼈ 科 診 療 ガ イ ド ラ イ ン - 産 科 編 2 0 2 0 』 に は「 妊 娠 中 期 ( 2 2 週 未 満 ) で の ⼈ ⼯ ( 治 療 的 ) 流 産 」 と あ り 、 中 期 中 絶 は ⼈ ⼯ 流 産 = 治 療 的 流 産と位置づけているように読める。
2 0 . 朝⽇新聞 1 9 8 4 年 7 ⽉ 1 1 ⽇
2 1 . P u b M e d で “ g e m e p r o s t ” を 検 索 す る と 3 6 4 件 、 “ P r e g l a n d i n ” は 3 6 5 件 、 “ O N O - 8 0 2 ” は3 7 9 件 ヒ ッ ト す る の に 対 し 、 “ m i f e p r i s t o n e ” は 7 5 9 4 件 、 “ m i s o p r o s t o l ” は 5 9 1 3 件 ヒ ッ ト する。 関⼼の度合いは明らかに異なる。
2 2 . 朝⽇新聞 1 9 8 4 年 5 ⽉ 3 1 ⽇ 1 ⾯
2 3 . 「 逆 輸 ⼊ に よ る 不 正 使 ⽤ の 恐 れ 」 は 、 前 述 の 村 上 正 邦 議 員 が 「 ⼥ 性 の ⼼ 理 的 な ⻭ ⽌ め を 外し 性 の 乱 れ が 進 む 」 こ と 、 「 治 療 的 流 産 が 拡 ⼤ 解 釈 さ れ る 」 こ と と 合 わ せ て プ レ グ ラ ン デ ィ ンを否定する三⼤根拠の⼀つだった。 朝⽇新聞 1 9 8 4 年 6 ⽉ 1 9 ⽇
2 4 . I n s t i t u t e o f M e d i c i n e ( U S ) C o m m i t t e e t o S t u d y D e c i s i o n M a k i n g ( 1 9 9 1 )
2 5 . 現 在 の 価 格 で は 、 プ レ グ ラ ン デ ィ ン は 1 個 4 0 0 0 円 弱 で 冷 蔵 保 存 が 必 要 、 ミ ソ プ ロ ス ト ー ルは 1 個 2 6 円強で室温保管が可能。
2 6 . こ の 新 ガ イ ド ラ イ ン は 、 従 来 の W H O ガ イ ド ラ イ ン の 勧 告 を す べ て 更 新 し 、 置 き 換 え る も のである。 h t t p s : / / w w w . w h o . i n t / p u b l i c a t i o n s / i / i t e m / 9 7 8 9 2 4 0 0 3 9 4 8 3

プレグランディンのような厳重管理は不要
 なお、 プレグランディンの承認申請時に⽤いられた 1 2 ⼤学合同の臨床試験の参加者はわずか 1 1 0 ⼈だった。 同薬の安全性と有効性は 1 9 8 4 年の承認時にまだ⼿探り状態だったことを思えば、 当時、「 厳重な管理」 下に置かれたのはまだしも理解できる。

 しかし、 今回、 ⽇本に導⼊されようとしている経⼝中絶薬は、 ⽶国だけでも2 0 1 9 年 6 ⽉までに 4 9 0 万⼈が使⽤しており、 その安全性と有効性は徹底的に検証済みである( 2 7 ) 。 それを考慮すれば、 経⼝中絶薬M E F E E G O に、 W H O の推奨外の「 安全でない」 プレグランディンと同等の「 厳重な薬剤管理」 をする必要は全くない。


 実際、 この「 コンビ薬」 は、 2 0 1 9 年にW H O の必須医薬品モデルリストの「 中核( コア) リスト」 に収載されたほど安全性と確実性のエビデンスがあり、 正しい情報と共に⼿頃な価格でアクセス良く提供すべき薬なのである( 2 8 ) 。 W H O の新ガイドラインは、 この「 コンビ薬」 を⽤いた妊娠初期の薬による中絶は患者⾃⾝で管理可能だとしており、 医療者についても、 薬剤師や薬局員の他、 看護師、 助産師、 ⼀ 般医など、 専⾨医以外でも扱えるようにすることを推奨している。


 それなのに、 ⼤須賀教授がこの中絶薬は厳重管理を要すると考えた根拠とされる「 本薬剤の特殊性」 とは何だろう。 M E F E E G O とプレグランディン各々の導⼊時の様々な論点を整理していくと、「 モラルの低下( による中絶増加) の恐れ」と「 病院経営が悪化する恐れ」 の 2 つの要因に集約されていく。 そのうち、 プレグランディンがモラル低下とその結果の中絶増⼤に影響しなかったことは、 ⽇本の中絶が減少の⼀途を辿っていることから明かである。


⼈⼝妊娠中絶の件数と対出⽣⽐率は、 1 9 5 0 年代後半から⼀貫して減少傾向にある
出 典 「 ⼈ ⼯ 妊 娠 中 絶 数 お よ び 不 妊 ⼿ 術 数 」 ( 国 ⽴ 社 会 保 障 ・ ⼈ ⼝ 問 題 研 究 所 『 ⼈ ⼝ 統 計資料 集 ( 2 0 2 2 年 版 ) 』 所 収 )


プレグランディンが発売された 1 9 8 4 年の中絶件数は約 5 7 万件( 中絶率 1 8 . 5 、対出⽣⽐( 2 9 ) 3 8 . 2 ) だったが、 2 0 2 0 年は約 1 4 万件( 順に 5 . 8 、 1 7 . 4 ) と⼤幅に減少している。
「指定医師の利害」と「中絶を受ける個⼈の権利」
— ⽅、 仮に経⼝中絶薬がアクセスよく安価で提供されるようになれば、 外科的中絶が減るのはほぼ間違いない。 医療を安定させるために国が「 病院経営」 を守る何らかの⼿⽴てをすべきだとしても、 そのために安全な中絶へのアクセスを妨げ、 中絶を必要とする⼥性に多額の請求をして補てんさせるのはおかしい。

そもそも⼥性のリプロダクティブ・ ヘルス& ライツ( 3 0 ) ( 性と⽣殖に関する健康と権利) の観点からすれば、 中絶薬はとっくに導⼊し、 広く普及させているべきだった。 W H O が中絶薬の推奨を明記したのは 2 0 0 3 年なので、 これについて
⽇本の指定医師たちは約 2 0 年間もケアの改善を怠り、 ⾼額な中絶⼿術を施し続けてきたことになる( 3 1 ) 。 逆に考えると、 誰でも⾏える投薬ではなく、 危険な⽅法を温存させることで指定医師の存在意義を守ってきたのではないかとさえ疑われる。


C a m e r a C r a f t / S h u t t e r s t o c k . c o m

結果的に、 この国では指定医師の利害が優先され、 中絶を受ける個⼈の健康と権利は侵害され続けてきた。 今になってしぶしぶ薬を認めるのと引き換えに、 今後中絶を受ける⼈々に多⼤な負担を課すのは道理に合わない。

中絶薬という選択肢は⼥性のリプロダクティブ・ ヘルス& ライツにとって朗報だが、 承認しただけでは真の選択肢にはなりえない。 国連の条約や⼈権規約でも
「 ⼥性と少⼥の中絶の権利」 と、 安全な中絶へのアクセスに障壁( ⼊院や⾼額費
⽤も含まれる) を設けてはならないと明記されている。

カトリックの影響が強いアイルランドでさえ中絶の扱いは変わった。 同国では1 9 8 0 年代に憲法に書き込んだ「 胎児の権利」 を否定するために 2 0 1 8 年に国⺠投票が⾏われた結果、 中絶が解禁され、 すぐに中絶薬の承認に動き、 2 0 1 9 年 1 ⽉から使い始めた。

そればかりか、 同年 3 ⽉にW H O の新型コロナのパンデミック宣⾔を受けて、 国際産婦⼈科連合( F I G O ) が中絶ケアを提供し続けるために「 遠隔診療( テレメディシン) と⾃⼰管理中絶」 を呼び掛けたとたんに、 アイルランドは他国に先駆けて、 中絶薬のオンライン処⽅と⾃宅における本⼈による服薬を実現したのである。 現在、 同国で暮らす⼈は公的な保険サービスを通じて中絶を無料で受けられる( 3 2 ) 。

2 7 . h t t p s : / / w w w . f d a . g o v / m e d i a / 1 5 4 9 4 1 / d o w n l o a d
28 . 妊 娠 中 期 の 薬 剤 中 絶 に つ い て も ミ フ ェ プ リ ス ト ン と ミ ソ プ ロ ス ト ー ル の 使 ⽤ が 提 唱 さ れ ている。 W H O ( 2 0 2 2 )
2 9 . 1 5 - 4 9 歳の⼥性⼈⼝ 1 0 0 0 対
30 . 英 語 で は ⼀ 般 的 に r e p r o d u c t i v e  h e a l t h  a n d  ( r e p r o d u c t i v e )  r i g h t s と 表 記 さ れ る 。「 リ プ ロ ダ ク テ ィ ブ ・ ヘ ル ス 」 と 「 リ プ ロ ダ ク テ ィ ブ ・ ラ イ ツ 」 は ⾞ の 両 輪 の よ う な も の で あり 、 相 補 的 で ど ち ら か ⼀ ⽅ で す ま せ る こ と は で き な い 。 塚 原 久 美 ( 2 0 1 4 ) 『 中 絶 技 術 と リ プ ロダクティヴ・ ライツ フェミニスト倫理の視点から』( 勁草書房) を参照。
3 1 . 外 科 的 中 絶 に つ い て も 、 欧 ⽶ で 1 9 7 0 年 代 に 主 流 に な っ た 吸 引 法 は 今 や W H O の 推 奨 法 だが、 ⽇本の中絶ではW H O が「 使⽤しないことを推奨」 している搔爬が今も多⽤されている。
3 2 . h t t p s : / / w w w 2 . h s e . i e / c o n d i t i o n s / a b o r t i o n / h o w - t o - g e t / w h e r e - t o - g o /

中絶の⾃⼰管理の必要性と周回遅れの⽇本
 従来、 ⽇本の医師たちはW H O が相⼿にしているのは「 途上国」 なので、 安全に中絶できる先進国の⽇本にはW H O のガイドラインは無関係だとうそぶいてきた。 しかし、 ⽇本の中絶医療の現状は世界の最先端どころではなく、「 指定医師」 という名を隠れ蓑にして⼥性の健康と権利を侵害する古い⽅法を続けてきたのが実態である。

 「 搔爬」 という危険な中絶⽅法しかなかった時代には、「 指定医師」 制度は⼥性の健康と⾝体を守っていたのかもしれないが、 今では指定医師を優遇しているこの制度のために⼥性たちは安全で確実な中絶薬ばかりか、 緊急避妊薬へのアクセスも阻まれている。 また⺟体保護法には「 配偶者の同意要件」 という古い家⽗
⻑制の残滓があり、 ⼥性の権利など微塵もなかった時代に作られた刑法堕胎罪も
⼥性の権利と尊厳を侵害している。 中絶をめぐる旧態依然たる法律や医療は、 ⼈権とリプロダクティブ・ ヘルス& ライツの視点で⾒直す必要がある。

 ⽇本の中絶医療は、 海外より周回遅れだと⾔われてきたが、 コロナ禍を経て、世界の中絶医療は⼀段と進化を遂げた。 コロナ禍の最初の⼀年間にイングランドウェールズで実施された「 遠隔医療と⾃⼰管理中絶」 のデータを元に、 今やF I G O ( 3 3 ) もW H O ( 3 4 ) も、 先進国も含み、 すべての国のすべての⼈々を取り残さないために遠隔医療を⽤いた⾃⼰管理中絶を推奨している。

 つまり、 現在、 ⽇本で承認されようとしている経⼝中絶薬を「 指定医師」 の都合に合わせて「 厳重管理」 するのは過ちである。 むしろ、 どうすればこの薬を⼥性の健康と権利を保障する形でより良く普及させられるかを考えていく必要がある。

3 3 . F I G O S t a t e m e n t 1 8 M a r c h 2 0 2 1 ,
h t t p s : / / w w w . f i g o . o r g / F I G O - e n d o r s e s - t e l e m e d i c i n e - a b o r t i o n - s e r v i c e s
3 4 . r e c o m m e n d a t i o n s o n s e l f - c a r e i n t e r v e n t i o n s : s e l f - m a n a g e m e n t o f m e d i c a l a b o r t i o n , 2 0 2 2 u p d a t e ( 2 1 S e p t e m b e r 2 0 2 2 )
h t t p s : / / w w w . w h o . i n t / p u b l i c a t i o n s / i / i t e m / W H O - S R H - 2 2 . 1