リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ヒトはいつからヒトか 胚「14日ルール」解禁の意味は

朝日新聞2021年6月19日 7時00分 神経発生学が専門の大隅典子・東北大教授のお話 聞き手・後藤一也

ヒトはいつからヒトか 胚「14日ルール」解禁の意味は:朝日新聞デジタル

 とても分かりやすい説明を見つけました! なぜ「14日ルール」があったのか。そこで一人の「人間」としての「point of no return」が訪れるからなんですね!

ヒト胚の培養期間は従来、14日間ルールで縛られてきたが、国際幹細胞学会(ISSCR)は2022年5月26日付で、指針を改定し、科学や倫理の専門的な評価、承認を受ければ認める分類に変えた。


一部引用します。

 ――受精卵の培養について、なぜこれまで14日ルールがあったのでしょうか。

 ヒトはどの時点からヒトなのでしょう。受精のとき? それとも生まれたとき?

 今年1月に亡くなった有名な発生学者、ルイス・ウォルパートの「人生において最も重要なときは、誕生でも結婚でも死でもなく、原腸陥入(げんちょうかんにゅう)のときだ」という言葉があります。まさに胚で原腸陥入が始まるのが、受精から14日目ぐらいなのです。


 ――原腸陥入とはどういう現象なのでしょうか。

 細胞の運命が決まるのです。後戻りできない「ポイントオブノーリターン」とも言える重要な現象です。

 ヒトの胚は細胞分裂をしながら、受精から1週間弱で子宮に着床します。そこからさらに分裂を繰り返し、細胞が上の層と下の層の二層に分かれます。ここまでは厳密な意味で、まだ細胞の運命は決定されていません。

 そして、14日目ごろに「原始線条」という線ができて、上の層の細胞の一部がその線に沿って下に落ち込んでいきます。これが原腸陥入【gastrulationという】です。

 このイベントを境に、①上の層が神経や皮膚などになる外胚葉(はいよう)、②下の層が消化器などになる内胚葉、③落ち込んだ細胞が血液や筋肉などになる中胚葉となり、運命が決まるのです。

 さらに、14日目ごろにもう一つ大きなイベントが起きます。体に「左右」ができるのです。心臓が若干左側にあるように、ヒトの体は左右対称ではありません。

 受精から14日目ぐらいに一部の細胞に生えた毛がぐるぐる回り始めます。その回転によって物質の流れができて、ある遺伝子は必ず左側だけではたらくようになるのです。


 ――ただ、受精したときからヒトという考え方もあるのではないでしょうか。

 受精卵の中で、着床してさらに発生が進むのは全体の3割ほどと言われています。

 受精した時点でヒトだとすると、おなかの中でたくさんのヒトが死んでいると考えることになり、現実的な考えではありません。

 また、ES細胞(胚性幹細胞)は、受精して4~5日目の胚の一部を使います。

 詭弁(きべん)かもしれないですが、ES細胞をつくるために、受精から1週間の胚をヒトの萌芽(ほうが)と呼ぶにはまだ早いことにしないと、研究者の心が痛みます。

 もちろん、堕胎が21週までという点や、本当の意味での人権は生まれてからという点で、法律的なヒトの始まりとは異なります。

 ただ、生物学的な意味でどこからがヒトかということについて、研究では細胞の運命が決まるという意味などから、14日となったわけです。

 ところが、この「14日ルール」が崩された。京大のヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)は、次のように説明しています。
ヒト胚研究のルールを変更することの意味 | ASHBi ヒト生物学高等研究拠点

 今回、ISSCRが14日ルールを禁止項目から外した理由としては、1980年代には技術的に不可能だった胚の長期培養が可能になったことで、受精後14日以降に起こるヒトの生命現象をより深く理解したり、発生初期に生じる病気の原因を解明したりすることが期待されていること、また近年、(精子卵子を受精させなくても)ヒト多能性幹細胞から胚のようなものが作製できるようになり、そもそも受精後14日という日数が意味を持たなくなっていることが挙げられています。

 ISSCRも、14日ルールが科学に対する社会の信頼につながっていたことを認識したうえで、このルールを緩和するのであれば、各国が社会でこの問題を議論する必要があると述べています。その意味では、ISSCRによる今回の判断はヒト胚研究の在り方を論じる際のきっかけにすぎません。


 やはり「研究の都合」から来たものらしい。法律などの社会のルールとは別とはいえ、そうした考え方が「胎児」への見方に変化をもたらすことは間違いない。


 一方、MYANETWORK.orgの”Issue of Tissue”プロジェクトは、妊娠9週までの胚の血液を洗い流した写真を提示して、普通の人の目には「何も見えない」事実を示している。

https://myanetwork.org/the-issue-of-tissue/ 動画のスクリーンショット
妊娠5週~9週までの胚(胎のう)https://myanetwork.org/the-issue-of-tissue/の写真

 そもそも、日本人の一般的な「胎児」イメージは、1970年代頃から「胎児写真」が出回るようになって形成されてきたものである。この頃は、「中絶の罪」を強調するために、まるまると太った赤ちゃんのような「胎児」イメージが意図的に多用された*1。しかし、現在、日本の中絶の3分の2は妊娠8週までであり、「胎児」となる妊娠11週に満たない段階*2での中絶が大多数を占めていることがわかる。(9~11週の内訳は分からないが、8週までが非常に多く、12週以降が非常に少ないことから、11週が格別に多いとは考えにくい。)

令和2年度の中絶時の妊娠週数

令和2年度衛生行政報告例 表F10より作成

この4月、日本で承認された経口中絶薬は妊娠9週0日までしか使用できない。少なくとも、この中絶薬を使用した「中絶」ではまだ「胎児」は存在していないのだ。中絶で小さすぎると「取り残すことがある」からと、中絶を先送りしてきた日本の「中絶手術」((1世紀以上も「子宮内容除去術」を行ってきた日本 - リプロな日記参照))とは、もはや全く別物だと言ってもよいのではないか。