リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

【フランス】人工妊娠中絶の自由を認めるための憲法改正

国立国会図書館 『立法情報』 海外立法情報課 奈良 詩織

https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/13586430

*2024 年 3 月、第五共和制憲法第 34 条に、人工妊娠中絶を利用する自由を女性に保障し、これを行使するための条件を法律により定める旨の規定を追加する改正が行われた。


1 改正の概要
 2024 年 3 月、「人工妊娠中絶に関する 2024 年 3 月 8 日の憲法的法律第 2024-200 号」[1]が制定された。同法は、国会が法律で定める事項(法律事項)に関する第五共和制憲法第 34 条[2]に、人工妊娠中絶を利用する自由を女性に保障し、これを行使するための条件を法律で定めるという規定を追加する 1 か条のみから成る。今回の改正は、25 回目の第五共和制憲法の改正である。


2 改正に至る経緯等
(1)妊娠中絶の合法化―ヴェイユ法(1975 年)―
 フランスでは、1967 年にホルモン剤による避妊が合法化され、1975 年に「人工妊娠中絶に関する 1975 年 1 月 17 日の法律第 75-17 号」[3](以下「ヴェイユ法」)により、限定的ながら人工妊娠中絶が合法化された[4]。これ以降、人工妊娠中絶は女性の権利の一つとなり、実施に係る制限が緩和されていった。2000 年 6 月、人工妊娠中絶の権利に関する規定は、公衆衛生法典に組み込まれた。
 憲法院は、ヴェイユ法の合憲性審査を含め、人工妊娠中絶に関する判決を計 4 回出しており、そのいずれにおいても人工妊娠中絶を合憲と判示している。憲法院は、人工妊娠中絶それ自体を憲法上の自由と認めたことはないものの、特に 2001 年の判決[5]で、人工妊娠中絶を、1789 年の人間及び市民の権利宣言[6]第 2 条から導かれる「女性の自由」と結び付けて論じた。しかし、中絶が可能な妊娠期間について判示したことがないなど、憲法院判決は踏み込んだものではなく、また人工妊娠中絶をめぐる議論について議会が措置を講ずる余地を認めていた。


(2)不安定な妊娠中絶の権利の保障―アメリカの連邦最高裁判決の影響―
 2022 年 6 月 24 日、アメリカの連邦最高裁は、連邦レベルで人工妊娠中絶の権利を認めた 1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆した。その結果、各州は州内での人工妊娠中絶を禁止する決定を行うことができるようになった。この判決は、一旦認められた権利の承認を覆すことが可能であることを示している。フランスにおいて、人工妊娠中絶に関する規定を含む公衆衛生法典は、他の法律の規定による改廃が可能であり、これは他の法律により同法典を改廃するだけで人工妊娠中絶を非合法化できることを意味する。そこで、改正手続がより厳格な第五共和制憲法(以下「憲法」)に人工妊娠中絶の権利を規定することが提案された[7]。


(3)審議経過―人工妊娠中絶は「権利」か「自由」か―
 2022 年 10 月、関連の改正案が左派議員らにより下院に提出された[8]。同改正案は、「何人も人工妊娠中絶及び避妊の権利[droit]を侵害してはならない。法律は、これらを求める全ての人に、これらの権利への自由で有効なアクセスを保障する」ことを規定する第 66-2 条を憲法に新たに加えるものであった。同改正案は、他の条文から独立した条文とすることで、人工妊娠中絶の権利を、憲法が保障する他の権利及び自由と区別しようとした[9]。同改正案は、文言を一部修正の上、同年 11 月 24 日に可決され、上院に送付された。
 上院では、下院で可決された改正案が全体的に修正され、「法律は、女性が自らの妊娠を終了させる自由[liberté]を行使する条件を定める」という規定を憲法第 34 条に追加する内容とされた。この背景には、人工妊娠中絶に関する規定を憲法に追加するという改正は、憲法院判決により既に認められている人工妊娠中絶の自由を守るために立法者の権限を拡大するものであり、立法者の権限を規制する第 34 条の改正の方が適切と考えられたことがある。
 上下両院が同一の文言で同改正案を可決しなかったため、同改正案による憲法改正は実現しなかった。そこで、2023 年 12 月 12 日、上下両院がそれぞれ可決した条文を折衷した改正案[10]が大統領により提出された。この改正案は、憲法第 34 条第 17 項の後に「法律は、人工妊娠中絶を利用するという女性に保障された自由を行使する条件を定める」という規定を加えるものである。同改正案では、それまでの憲法院判決で用いられていた「自由」の文言が採用された。
 同改正案について、コンセイユ・デタ(国務院)[11]は、①同改正案の文言は、配偶者や親権者の影響を受けることなく、女性が自らの判断のみに基づいて人工妊娠中絶を行う自由を認める効果を有しており、②人工妊娠中絶の自由を国が保障し、関連する立法者の権限を明示するためには、憲法における自由を認め、立法者の権限を規制する第 34 条の改正が適切であると評価した[12]。同改正案は、上下両院のそれぞれで可決された後、2024 年 3 月 4 日に両院合同会議(Congrès)で有効投票の 5 分の 3 以上の賛成を得て可決された。


* 本稿におけるインターネット情報の最終アクセス日は、2024 年 4 月 5 日である。なお、〔 〕は筆者の補記。
[1] Loi constitutionnelle n° 2024-200 du 8 mars 2024 relative à la liberté de recourir à l’interruption volontaire de grossesse.
https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/jorftext000049251463
[2] 法律事項とは、国会の立法権限に属する事項を指し、市民や公的制度に関わる事項、予算等が該当する。なお、その他の事項は命令事項とされ、大統領又は首相が定めるデクレ(décret)等で規定される(第五共和制憲法第 37 条)。
[3] Loi n° 75-17 du 17 janvier 1975 relative à l’interruption volontaire de la grossesse. https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/jorftext000000700230 同法は、法案を提出したヴェイユ(Simone Weil)保健大臣(当時)の名前にちなんで「ヴェイユ法(loi Weil)」と呼ばれる。
[4] ヴェイユ法が制定される以前、妊娠中絶の処置を行った者及び処置を受けた女性の双方が処罰対象であった(旧刑法典第 317 条)。Guillaume Gouffier Valente, Assemblée Nationale Rapport, N° 2070, 2024.1.17, p.7. https://www.assembleenationale.fr/dyn/15/rapports/cion-cedu/l15b0484_rapport-fond.pdf 以下、改正の背景は、憲法的法律第 2024-200 号の審議において上下各院で提出された法案及び報告書( Agnès Canayer, Sénat Rapport, N° 334, 2024.2.14. https://www.senat.fr/rap/l23-334/l23-3341.pdf; Gouffier Valente, ibid.)を参照した。
[5] Décision n° 2001-446 DC du 27 juin 2001. https://www.conseil-constitutionnel.fr/sites/default/files/as/root/bank_mm/commentaires/cahier11/ccc_446dc.pdf
[6] 第五共和制憲法は、前文で 1789 年の人間及び市民の権利宣言(Déclaration des Droits de l’Homme et du Citoyen de 1789)に言及しており、同宣言は憲法的価値を持つと解されている。
[7] 憲法改正案の提出権限は、大統領(首相の提案に基づく。)及び議員にある(憲法第 89 条)。いずれの場合においても、上下両院が同一の文言で改正案を可決し、国民投票により承認されることで改正が行われる。ただし、大統領が提出する改正案の場合で、大統領が両院合同会議(Congrès)への付託を決定するときは、同会議において有効投票の 5 分の 3 以上の多数により可決されることで国民投票を経ずに改正が行われる。
[8] Proposition de loi constitutionnelle visant à protéger et à garantir le droit fondamental à l’interruption volontaire de grossesse et à la contraception. 提出時及び以下で述べる上下両院での修正を経た憲法改正案の条文については、Droit fondamental à l’interruption volontaire de grossesse. Sénat Website https://www.senat.fr/dossier-legislatif/ppl22-143.html を参照した。
[9] Mathilde Panot, Assemblée nationale Rapport, N° 488, 2022.11.16. https://www.assemblee-nationale.fr/dyn/16/rapports/cion_lois/l16b0488_rapport-fond.pdf
[10] Projet de loi constitutionnelle relatif à la liberté de recourir à l’interruption volontaire de grossesse. https://www.assemblee-nationale.fr/dyn/16/textes/l16b1983_projet-loi.pdf
[11] 裁判権限と行政権限を併せ持つ最高行政裁判所であり、政府が準備する法律案について諮問に応じる。
[12] Avis sur un projet de loi constitutionnelle relatif à la liberté de recourir à l’interruption volontaire de grossesse, 2023.12.7.
https://www.assemblee-nationale.fr/dyn/16/textes/l16b1983_avis-conseil-etat.pdf