リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

日本、薬局を最初のアクセスポイントとする市販の緊急避妊薬の画期的な市場テストを開始

BMJ https://doi.org/10.1136/bmjsrh-2024-202221

Japan initiates a groundbreaking market test of over-the-counter emergency contraceptive pills with pharmacies as a first access point

仮訳します。

 厚生労働省は2023年11月28日、緊急避妊ピル(ECP)であるレボノルゲストレル(日本では2011年に承認)またはそのジェネリック医薬品を、処方箋なしで指定薬局が薬局のカウンター越しに販売できるようにする市場試験を開始した。調査研究に参加することに同意した個人は、指導を受けた後、薬剤師の前でピルを投与することができる。公式サイトでは、ECPの費用は日本円で7000~9000円(47~62米ドル)程度と見積もられており、健康保険は適用されない。
 このBTCの枠組みは、これまで日本ではECPへのアクセスが6000〜20000円(40〜136米ドル)の高額な処方薬に限られていたことを考えると画期的なもので、多くの若年層にとっては受け入れがたいものであった2。まず、性的同意年齢を16歳以上に限定した。第二に、未成年者(16歳または17歳)は親の同意を得る必要がある。また、参加者は研究への参加に同意し、投与前と3~5週間後の2回、アンケート調査に回答する必要がある。このような条件により、親から虐待を受けたりネグレクトされている未成年者など、特定の人の薬物へのアクセスが制限される可能性がある。
 それでも、この臨床試験の開始は、日本が避妊における世界標準に追いつくための大きな一歩を踏み出す道を開いた。現在、19カ国がOTCで、76カ国が処方箋なしで薬剤師によるBTCでECPの直接入手を認めており、日本は本試験でBTC法を開始した2。2022年度に日本で実施された人工妊娠中絶が12万件で、その半数以上が掻爬と真空吸引によるものであることを考えると、代替法として薬剤師によるBTCでECPを提供することは合理的である3。
 1999年に低用量経口避妊薬が承認されるまでには、副作用、出生率の低下、性的モラルの低下に関する当局の潜在的な懸念により、35年以上の議論を経た。しかし、この6年の間に、開業医を含む個人や任意団体がアンケート調査を行い、宣伝キャンペーンを行い、当局とECPへのアクセス容易化について話し合い、政策提言を行い、草の根の市民運動が107,000人以上の署名を得ることに成功した。最終的に、現在の市場化テストが開始された。
 このように、日本政府はこの枠組みによって、ためらいながらも性と生殖に関する健康と権利を確保するための第一歩を踏み出したのである。より簡単な避妊の選択肢が利用可能になることで、日本は女性が社会の中で役割を果たすことを奨励できるようになるだろう。男女共同参画社会を実現するために、薬剤師はこの市場化テストを、日本国民のセクシュアル・リテラシーを高めるために、個人と直接コミュニケーションできる最初の機会として活用すべきである。
 性教育の機会を設け、社会的弱者が適切な医療を受けられるよう支援することも、可能な施策である。現在の市場テストでは145薬局(0.24%未満)しか参加していないが、本格的な展開になれば、日本全国で6万以上の薬局が、個人にとっての最初のアクセスポイントとしての役割を果たせる可能性がある。病院外での草の根的な活動は、薬局が個人の最初のアクセスポイントとしての機能を強化し、最終的には意図しない妊娠のない社会の実現に向けて前進することになる。

被害者中心主義

忘備録

被害者中心主義トレーニングマニュアル
タイ国社会開発人間安全保障省人身取引対策部
(独) 国際協力機構 JICA
NPO 法人 女性と子どものエンパワメント関西


人身取引被害者を想定して作られたマニュアルですが、とてもよくできており、その他の被害者のケースでも使える内容ではないかと思います。

男女共同参画ビジョンと男女共同参画2000年プランの「目標」

ポイントがぼやけてしまっているように感じずにいられない


男女共同参画ビジョン」は、男女共同参画社会の目標として以下の5つを掲げた:

  • 「人権の確立」
  • 「政策・方針決定過程への参画による民主主義の成熟」
  • 「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)に敏感な視点の定着と深化」
  • 「新たな価値の創造」
  • 「地球社会への貢献」


これを受けて男女共同参画2000年プランは以下の4つの基本目標を掲げた:
1.「男女共同参画を推進する社会システムの構築」、「政策・方針決定過程への女性の参画の拡大」「男女共同参画の視点に立った社会制度・慣行の見直し、意識の改革」
2.「職場・家庭・地域における男女共同参画の実現」
3.「女性の人権が推進・擁護される社会の形成」
4.「地球社会の『平等・開発・平和』への貢献」

旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律第21条に基づく調査報告書

衆議院 2023年6月19日 衆参両院の厚生労働委員長から衆参両院議長への報告

旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律第21条に基づく調査報告書

本調査報告書は、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(平成31年法律第14号)第21条に基づく調査報告書として、令和5年6月19日に衆参両院の厚生労働委員長から衆参両院議長に報告されたものです。

優生保護法の成立経過やその後の変遷について詳しい資料。

目次

概要版

概要(PDF:683KB) (txt:20KB)
概要(わかりやすい版)(PDF:433KB) (txt:9KB)

全体版

表紙/報告文/総目次/はじめに (PDF:672KB)
第1編 旧優生保護法の立法過程 (PDF:5.84MB)
第2編 優生手術の実施状況等 (第1章~第9章) (PDF:14.9MB)
第2編 関連資料 (PDF:19.9MB)
第3編 諸外国における優生学・優生運動の歴史と断種等施策 (PDF:12.67MB)

分割版

表紙/報告文/総目次/はじめに(PDF:672KB) (Word:481KB)

第1編 旧優生保護法の立法過程
目次(PDF:1.15MB)(Word:107KB)
第1章 国民優生法の制定過程(PDF:1.45MB)(Word:253KB)
第2章 旧優生保護法の制定過程(PDF:1.33MB)(Word:202KB)
第3章 旧優生保護法の改正過程―昭和24年改正から昭和30年改正まで―(PDF:1.44MB)(Word:247KB)
第4章 旧優生保護法改正等の動き―昭和30年代から平成7年改正まで―(PDF:1.42MB)(Word:236KB)
第5章 優生保護法から母体保護法へ―平成8年改正以降―(PDF:1.20MB)(Word:136KB)
第6章 教科書にみる優生(PDF:1.27MB)(Word:168KB)
第7章 一時金支給法の制定(PDF:1.15MB)(Word:128KB)
第8章 国会内における調査(PDF:1.14MB)(Word:113KB)
付表・参考(PDF:2.00MB)(Word:309KB)

第2編 優生手術の実施状況等
目次(PDF:960KB)(Word:70.8KB)
第1章 旧優生保護法に基づく優生手術について(PDF:1.90MB)(Word:867KB)
第2章 優生手術の実施件数の推移等(PDF:3.40MB)(Word:936KB)
第3章 国の機関の保有資料の調査(PDF:592KB)(Word:100KB)
第4章 地方自治体に対する調査(PDF:2.71MB)(Word:665KB)
第5章 医療機関福祉施設に対する調査(PDF:1.50MB)(Word:552KB)
第6章 障害者関連団体に対する調査(PDF:1.10MB)(Word:119KB)
第7章 優生手術を受けた当事者等に対する調査(PDF:1.06MB)(Word:87.9KB)
第8章 旧優生保護法一時金支給請求書等の調査(PDF:1.80MB)(Word:2.08MB)
第9章 障害者関連団体、医学関連団体の公表資料(PDF:9.85MB)(Word:75.9KB)
第2編 関連資料
Ⅰ 旧優生保護法に基づく優生手術関係(PDF:11.76MB)
Ⅱ 国の機関の保有資料の調査関係(PDF:321KB)
地方自治体に対する調査関係(PDF:1.65MB)
医療機関福祉施設に対する調査関係(PDF:594KB)
Ⅴ 障害者関連団体に対する調査関係及び優生手術を受けた当時者等に対する調査関係(PDF:447KB)
Ⅵ 旧優生保護法一時金支給請求書等の調査関係(PDF:5.67MB)

第3編 諸外国における優生学・優生運動の歴史と断種等施策
目次(PDF:444KB)(Word:70.5KB)
第1章 優生学・優生運動の歴史と概要(PDF:1.49MB)(Word:335KB)
第2章 各国・地域における優生学・優生運動の歴史的展開(PDF:2.70MB)(Word:602KB)
第3章 アメリカにおける断種政策とその補償
第3-1章 アメリカ総論(PDF:1.09MB)(Word:492KB)
第3-2章 カリフォルニア州(PDF:1.82MB)(Word:393KB)
第3-3章 ノースカロライナ州(PDF:1.26MB)(Word:166KB)
第3-4章 ヴァージニア州(PDF:1.70MB)(Word:331KB)
第4章 ドイツにおける断種政策とその補償(PDF:1.54MB)(Word:232KB)
第5章 スウェーデンの断種法と断種補償(PDF:1.50MB)(Word:224KB)
第6章 イギリスにおける優生政策の動向と断種政策の挫折(PDF:1.42MB)(Word:775KB)

(wordファイルの閲覧環境によっては、本文、図表等のレイアウトが崩れる可能性があります。)

正誤表

正誤表(令和5年11月10日現在)(PDF:373KB)(Word:566KB)


本件照会先:調査局厚生労働調査室

人口問題審議会の最終総会に寄せて

人口問題研究 (J. of Population Problems) 56-4 (2000. 12) pp. 88~93

1953年から2000年まで厚生省下に置かれた人口問題審議会の歴史を見ると、「人口問題」が劇的に変化してきたことがよく分かります。


阿藤誠「人口問題審議会の最終総会に寄せて」

以下書き写しておきますが、引用は上記リンク先からお願いします。

1. 歴史
 人口問題審議会は昭和24年に一度内閣の下に直接設置されたが, すぐに廃止され, あらためて昭和28年に厚生省の下に設置された. 本審議会の特徴は, 他の審議会とは異なり,厚生大臣のみならず関係各大臣の諮問に応じ, それに対して意見を述べることができる点にある. また所掌事務は生活水準, 産業構造, 資源, 受胎調節, 国民の資質向上,その他の人口問題というようにきわめて広範囲の事項をカバーするようになっている.
 これは, 設立当時の日本の人口・経済状況を反映しており, 当時の政策担当者が, 敗戦後の経済システムの崩壊,ならびに復員, 引揚げ, ベビーブームによる人口の急増を国民の生活水準低下の根本にあると考えていたことを示すものであろう. 部会構成は, 第一部会(人口収容力に関する部会) と第二部会 (人口調整に関する部会) と2つに分かれていたが, これも, 人口の“容れ物”としての経済の大きさと人口の大きさとの相対関係によって人々の生活水準が決まってくるという発想を反映したものであろう.
 昭和28年の第1回総会の開催場所は総理大臣官邸であり, 吉田茂首相が挨拶を行っていることろに, 当時の政府がいかに人口問題を深刻かつ重大な政治課題とみていたかがよく表れている. 昭和29~30年に 「人口の量的調整に関する決議」 と 「人口収容力に関する決議」 が採択された. 前者は, 人口の量的調整が必要であると認め, 人口政策としての家族計画の普及促進を提言し, 後者は, 増大する生産年齢人口に対し雇用の拡大, 失業対策などを提言したものである.
 昭和33年には1年間の議論を経て 「潜在失業対策に関する決議」 が採択された. これは,不完全就業者, 潜在失業者が多数存在する現実をふまえて, 経済政策, 雇用政策を強化し雇用の確保・安定を図るとともに最低賃金制の実施などを提言したものである. 昭和34年【1959年】になると第1回の 「人口白書」 が作られ, そのなかでも, 生産年齢人口の激増と雇用問題への対処, ならびに出生抑制の必要性と家族計画の普及の両面がとりあげられた.
 ただし, 日本の出生率は, 昭和30年代始めには人口置換水準に低下し, その後ほぼその水準を維持し続けたため, 昭和30年代末頃から青少年人口が急激に減少を始めることとなった. また昭和30年代に入って高度経済成長が始まるとともに, むしろ若年労働力不足が叫ばれるようになり, 発展途上国型の政策課題としての人口・開発問題は昭和30年代でほぼ終了したとみることができる. 昭和34年~37年に人口資質向上対策が議論され, 健康増進, 母子衛生, 生活環境の改善, 社会保障制度の拡充など, 経済開発と並ぶ社会開発の必要性を提言する 「人口資質向上に関する決議」 が昭和37年に採択されたのも, このような時代の変化を反映したものと言えよう.
 昭和30年代末以降平成9年まで, 人口問題審議会は, 国内的な政策課題を議論する場としての機能を失っていく. この間, 「人口白書」 (昭和49年), 「出生力動向に関する特別委員会報告」 (昭和55年), 「人口白書(高齢化をテーマ)」 (昭和59年), 「人口と家族に関する特別委員会報告」 (昭和63年), 「国際人口移動に関する調査報告」 (平成4年) が出され, その時々の人口問題に関しての一般的提言を行っているが, それは具体的な政策課題に直結するものではなかった (なお, これらの報告書草案の作成には, 人口審の事務局機能を分担してきた旧厚生省人口問題研究所の研究スタッフが中心的に関わったことを明記しておきたい).
 この時期に特筆すべきは, むしろ世界的な人口会議との関わりである. 国連は, 1974年(昭和49年) を世界人口年と指定し, ルーマニアブカレストで世界人口会議を開催した. これに合わせて人口審でも特別委員会を設置し, 対処方針を論議し, 有力審議会メンバーが会議に参加している. 1984年 (昭和59年) のメキシコ・シティにおける国際人口会議においても特別委員会を設置し, そのタイミングに合わせて 「人口白書」 を発表している. 1994年 (平成6年) のカイロ会議における国際人口開発会議に際しても特別委員会を設け日本政府報告書の作成を行った.
 昭和40年代末から, それまでおおむね人口置換水準を維持してきた出生率が突然低下を始めた. このような出生率低下(後に 「少子化」 と呼ばれるようになる) は, 人口転換理論に代表される当時の人口学の常識 (すなわち, 人口転換後の出生率はおおむね人口置換水準を維持するという見方) とは相容れないものであったため, 出生率の先行きは全く不透明ということになった. そのため, 5年毎の国勢調査に合わせて改訂されてきた将来人口推計の出生率仮定が, 5年毎に下方修正されることになり, その度に2020年代,2050年代の高齢化社会のイメージが大きく変更されていくことになった. 将来人口推計の結果は国の年金制度の中心的なバックボーンとして用いられてきたため, このような高齢化社会のイメージ変化は, その都度年金制度の改定を余儀なくさせ, 同時に年金制度への信頼感を揺るがせる大きな要因となっていった. このため将来人口推計そのものへの批判と関心が強まり, 昭和52年以来, 人口推計の手法 (とりわけ出生率の仮定設定の方法) と出生率の見通しが人口審の大きな議題となっていった.
 昭和60年代に入って少子化は一段と深刻さを増し, 平成2年の 「1.57ショック」 を契機として, 政府は厚生省を中心として少子化問題の検討に入り, 徐々に少子化対策を強めていった. 少子化問題こそは, 他の審議会に先がけて, 人口審が取り組むべき主要政策課題となるべきものであったが, 事務当局がこれを人口審の中心議題としてとり上げたのは,合計特殊出生率が1.39まで低下した平成9年のことであった. この年, 第62回から76回まで実に15回の総会を開催し, 各界の有識者から意見を聴取するとともに, 起草委員会を設置し, 最終的に 「少子化に関する基本的考え方について-人口減少社会, 未来への責任と選択-」 と題する報告書を採択し, 関係各大臣に報告した.【有識者報告書】
 この報告書は, 少子化の原因は主として未婚化・晩婚化にあり, それは女性の社会進出の時代に仕事と家庭が両立し難いために起こっていると分析した. そして, 両立を妨げているのは, 固定的な雇用慣行と固定的な男女の役割関係であるとして, 企業社会と家庭・地域両面でのシステム変革の必要性を訴えた. この報告書は, 少なくとも行政レベルでのその後の各種少子化対策の基本理念を提供する画期的提言となった.


2. 第85回総会
 人口審最後の総会は平成12年12月に開催された. はじめに社会保障制度審議会が同年9月にまとめた 「新しい世紀に向けての社会保障 (意見)」, 総理大臣の下に設けられた 「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」 が同年10月にまとめた報告書が報告され,さらに 「少子化への総合的な対応について」 と 「厚生省関係審議会の再編について」 と題して厚生省の担当者から報告があった.
 その後で, 筆者が今回の中心議題である 「最近の人口をめぐる課題について」 と題して報告を行った. その内容は大きく2つに分かれ, ひとつは世界 (主として途上地域) の人口問題, もうひとつは日本を含む先進地域の人口問題である.
 世界の人口問題としては, 人口爆発の沈静化傾向がみられる一方で, 青年人口の増大,国際人口移動の活発化, 途上国も含めた人口の高齢化が進んでいることが指摘された. またこの分野での日本にとっての課題としては, 途上国における家族計画を含むリプロダクティブ・ヘルス促進のための国際協力と, カイロ会議から10年後の2004年に新たな国際会議を開催すべきか否かの議論の必要性が指摘された.
 日本を含む先進地域の人口問題としては, 少子化の動向と背景をめぐるいくつかの議論(出生の延期と取り戻しの可能性など) を紹介し, 「第2の人口転換」 的見方が登場してきていること, 先進諸国間の出生率の格差の説明を社会の場面と家族の場面での男女平等の不整合に求める考え方などが紹介された. また将来人口推計についての誤解をなくすために, その意義 (25年後の生産年齢人口と老年人口の予測可能性) と限界 (出生率の仮定設定の難しさ) が論じられた. 最後に超高齢・人口減少社会への対応策のひとつとしての「補充移民 (replacement migration)」 という考え方が紹介され, 日本でも今後このような選択肢が現実性をもつか否かが問題提起された.
 この阿藤報告をめぐって, 少子化対策が有効でなかったのは所得の伸びが弱かったからではないか, 子どもをもつことの機会費用の上昇こそが少子化の長期的要因ではないか,合理的選択の要素としては所得だけではなく自由時間というものがあるのではないか, といった議論があった. また少子化を引き起こしているのは, 人々の意識あるいは文化か制度かといった根本的な問題についての議論もあった. また, 若者が現代の日本社会において 「希望」 をもてないこと, あるいは目先の損得だけを考える教育を受けてきたことが少子化につながっているのではないかという意見も出された.
 大企業の男女の役割分業を前提とした日本的雇用慣行は, 企業側の利害に叶うから変えようとしないのではないかという議論に対しては, 企業者団体側から, オランダモデルによるワークシェアリングなどを提案しているなどの反論もあった. その他に, 生活のスタイルにあわせて勤務体制の選択を容易にすること, 子どもの看護休暇法, 保育施策と労働施策など制度間の整合性の向上の必要性などが提起された.
 少子化の要因と施策に関する議論が人口問題審議会の最後になって盛り上がったのは,この問題への人口審委員の関心の強さを表すものであり, 筆者の問題提起が功を奏したとも言えるが, 国際的な人口問題ならびに補充移民の問題についてほとんど議論が出なかったのは残念であった.


3. 今後
 47年の歴史をもつ人口問題審議会は, 第85回総会をもって幕を閉じた. 今後人口問題に関する議論は, 2001年1月に発足した厚生労働省の下に設けられた社会保障審議会に受け継がれることが決まっている. 新しい審議会の下でどれほど人口問題が真正面から議論されるかは分からない. しかしながら, 日本の少子化問題が政府が望む方向に早急に解決されるとはとても思えない. そのことは, とりもなおさず21世紀の日本が必然的に超高齢・人口減少社会に突入していくことを意味する. さらに, そこへ至る過程で補充移民が大きな政策課題となることも容易に予想される. 本来は, このような政策課題を総合的に議論する場としての人口問題審議会がこの時代にこそ必要と思えるのであるが, 「行政改革」はそのような機会を永遠に奪ってしまった感がある. 今はせめて新しい社会保障審議会の下で人口問題の一端なりとも議論されることを願うのみである.
(参考資料)
厚生省大臣官房政策課監修・人口問題審議会編 『少子化に関する基本的考え方について-
人口減少社会, 未来への責任と選択』 ぎょうせい, 1998年
厚生省大臣官房政策課 『人口問題審議会要覧』 (平成12年12月)


(付) 人口問題審議会の答申及び意見等一覧
厚生大臣への答申
「地域開発に関し, 人口問題の見地から特に留意すべき事項」 について意見 (答申)(昭38. 8. 17第26回総会)
 国土総合開発計画等地域開発に関し, その重要性, 経済開発と杜会開発の均衡を指摘し, 労働力等の人口構造, 住みよい都市づくり, 公害対策等について提言した.
わが国人口再生産の動向についての意見 (中間答申) (昭44. 8. 5第29回総会)
 出生力の減退傾向に対して, できる限り速やかに純再生産率を1に回復させることを目途とし, 出生力の減退に関与しているとみられる経済的及び社会的要因に対して適切な経済開発と均衡のとれた杜会開発を強力に実施することを提言した.
最近における人口動向と留意すべき問題点について (答申) (昭46. 10. 21第31回総会)
 これまでの答申, 建議を踏まえ, 人間のライフサイクルに即応した体系的, 総合的な人口資質向上対策を提言した.


2 関係機関への意見具申等
人口の量的調整に関する決議 (昭29. 8. 24第4回総会)
 急激な人口増加傾向に対し, 人口の量的調整が必要と認め, 人口政策としての家族計画の普及促進を提言した.
人口収容力に関する決議 (昭30. 8. 20第5回総会)
 人口増加, 特に生産年齢人口の増加に対して, 雇用の拡大を中心とする計画的な産業の再編成, 失業対策, 社会保障の拡充整備等について提言した.
潜在失業対策に関する決議 (昭33. 4. 16第16回総会)
 これまでの経済政策, 雇用政策等を更に強化し, 不完全就業者, 潜在失業者の多数発生に対して・雇用・就業の確保・安定を図る等, 産業政策の基本的方向, 最低賃金制度の実施, 財政措置等について提言した.
人口白書について (昭34. 6. 16第18回総会)
①生産年齢人口の激増と雇用問題の重大化, ②出生抑制の必要と家族計画普及の問題等についてとりまとめた.
人口資質向上対策に関する決議 (昭37. 7. 12第25回総会)
 経済開発とともに社会開発の重要性を指摘し, 人口資質向上について健康増進, 母子衛生, 生活環境の整備, 児童手当の創設等社会保障制度の拡充等について提言した.
人口白書について (昭49. 4. 15第34回総会)
 ①人口増加の抑制についての方策, ②人口資質向上対策, 地域人口対策, ③国民, 政治, 行政が人口問題の重要性を認識する必要性, ④国際協力の強化等についてとりまとめた.
国連世界人口会議対処方針についての意見 (昭49. 4. 15第34回総会)
 人口増加抑制政策の提案, 世界人口行動計画への意見, 健全な避妊方法の普及等,対処方針について提言した.
出生力動向に関する特別委員会報告 (昭55. 8. 7第38回総会)
 昭和49年以降の出生力低下について, 主に人口学的な観点から分析した結果, 期間出生力の大幅な低下にかかわらず, 完結出生力では人口の置き換え水準をやや下回る程度の低下にとどまっていることを指摘し, 今後の調査研究の必要性等について提言した.
人口白書について (昭59. 6. 20第43回総会)
① 「自立する高齢者」 をめざすこと, ②豊かな生活環境をめざすこと, ③人口についての教育, 研究水準の向上, ④国際協力の推進等についてとりまとめた.
人口と家族に関する特別委員会報告 (昭63. 7. 13第48回総会)
 最近の人口と家族の変動についての現状と要因を分析するとともに, 人口を長期的に安定した規模に保ち, 人口の急激な高齢化の進行を緩和し, 同時に家庭基盤の充実を図るという観点から, 家族形成, 家庭生活, 出産・育児, 老親扶養等に関する提言を行った.
国際人口移動に関する調査研究 (平4. 7. 23第54回総会)
 グローバルな立場から増加する国際人口移動がわが国の人口構造, 社会経済, 国民生活, 文化などに及ぼす影響等についてとりまとめた.
国際人口・開発会議日本政府報告書について (平5. 12. 21第56回総会)
 「国際人口・開発会議」 のテーマである人口と持続可能な経済成長及び開発に関し,教育の重視, 保健・家族計画の普及, きめ細かい統計調査による行政施策等が, 戦後日本の人口問題の解決にあたって重要な役割を果たしたこと等についてとりまとめた.
少子化に関する基本的考え方について 人口減少社会, 未来への責任と選択 (平9.10. 27第76回総会)
 少子化について, 有識者及び国民からの意見, 統計資料等をもとに議論を重ね, 少子化の要因とその背景, 少子化がもたらす人口減少社会への対応のあり方等についての様々な論点や考え方を整理し, 基本的考え方を報告書にとりまとめた.
少子化に関連する諸外国の取組みについて (平11. 6. 28)
 我が国における少子化への対応に関する今後の各方面の検討や取組みに際し参考となる情報を広く提供するという観点から, 諸外国における少子化の動向と関連施策に関する知見の概要を整理し発表した.

厚生省大臣官房政策課 (2000. 12) 「人口問題審議会の答申及び意見等一覧」 『人口問題審議会要覧 平成12年12月』 pp.65-67収載.

古い法律と手術法 世界から取り残される日本の中絶

朝日新聞デジタル連載オトナの保健室記事 机美鈴 田中ゑれ奈 2020年7月1日 16時00分

検索していたら出てきた。4年も前の記事ですね💦

古い法律と手術法 世界から取り残される日本の中絶

 統計によると、日本女性の中絶経験率は約10%に上ります。子どもを産むか産まないか。本来は自分で選択できる権利のはずですが、中絶はタブー視がつきまといがちです。研究者と性教育の講師、2人の識者の話から日本の中絶の現在地を考えます。


連載「オトナの保健室」
〈中絶問題研究者の塚原久美さんは「日本の中絶は根深い偏見とタブー視のもと、時代錯誤な法律と手法が残り、世界の動きから取り残されている」と警鐘を鳴らします〉

 つかはら・くみ 1961年生まれ。金沢大大学院で中絶問題の研究で博士号を取得。著書に「中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から」。

 一般に日本は自由に中絶を行える国だと思われています。でも、19世紀に初めての刑法ができた時から、堕胎罪は一貫して残り続けています。第2次世界大戦後、優生保護法(後の母体保護法)は人口爆発を抑える目的で中絶を事実上容認しました。身体・経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある場合に限り、医師が中絶を行えると定めたのです。女性の権利を認めるのではなく、医師に決定権を与えた格好です。

 その後、中絶が年間100万件を超えて海外から「中絶天国」と批判を招き、1970年代には水子供養ブームが生まれます。「母の罪」「胎児生命の尊重」といった言説が広められ、中絶のタブー感が増強されることに。女性の主体性という観点はどこにもありません。

 日本も批准している女子差別撤廃条約では女性にのみ刑罰を科す法律を禁じており、堕胎罪の撤廃は世界の本流です。一昨年、カトリック教徒が人口の大半を占めるアイルランドでさえ、国民投票で中絶が合法化されました。昨年は韓国の憲法裁判所が堕胎罪に違憲判決を出しました。

残りは有料記事。

ナフィス・サディック(Nafis Sadik)ICPDの事務局長 RHRの立役者

PRB, December 1, 2000


ティーブン・シンディング コロンビア大学臨床公衆衛生学教授による記事
Nafis Sadik, Architect of ICPD | PRB

仮訳します。

過去1世紀にわたり、人口に関する考え方に影響を与えた人物を紹介するシリーズの最終回である。 1年分のプロフィールを紹介しても、評価に値するすべての人々を正しく紹介することはできない。 私たちの願いは、今日の人口専門家たちの見識を、彼らの前任者や同時代の人々の貢献について紹介することで、人口変動と人口学的研究の100年をパーソナライズすることである。 (Population Today, November/December 2000)
 多くの人々は、ナフィス・サディクを、1994年にカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD)から生まれた驚くべき新しいコンセンサスの象徴として考えている。 このプロフィールは、サディク博士がいかにしてICPDの実現に貢献したか、そしてなぜ彼女がその成功の多くの功績に値するのかについて述べたものである。
 ナフィスは、人口問題を見事に把握した「現場から出た、階級を超えた」指導者である。 1950年代後半、パキスタンの若い医師だった彼女は、農村の女性や男性に家族計画について教えた。 また、国家計画委員会のメンバーとして、パキスタン初の人口政策の策定にも貢献した。 国連人口基金UNFPA)の創設期に参加したナフィスは、すぐに運営部長、事務局長補佐、そして事務局長へと昇進した。
 私はナフィスを1975年から知っている。 私が1980年代初頭に米国際開発庁の人口局を率いていたとき、彼女と私は、レーガン政権が米国の人口援助を廃止しようとしたことによる混乱を最小限に抑えるために働いた。 私はナフィスが非常に有能なプログラム・マネージャーであることを当初から知っていたが、後に彼女が外交官としていかに巧みであるかを知った。
 1992年、ナフィスはICPD事務局長に任命された。 当時、国際社会にはICPDに重大な影響を及ぼす2つの政治的潮流が流れていた。 ひとつは、女性の健康よりも人口問題を優先する人口政策への反対。 もうひとつは、国際政治問題において非政府組織(NGO)がより積極的な役割を果たすことへの要求であった。 権利擁護者たちは、人口目標は強引な、強圧的なプログラムにつながると主張した。 一方、プログラム管理者たちは、プログラム担当者の集中力を維持するために必要なことだと擁護した。
 長年のプログラム管理者であるナフィスは、後者に傾倒していた。しかし、女性たちの切実な声に耳を傾けるうちに、彼女は考えを変えた。 会議の文書を起草するとき、彼女の立場は明確だった。目的は個々のニーズに応えることであるべきだ。それがうまくいけば、人口増加などどうにでもなる。そのような見方が優勢だった。
 国際NGOや財団の代表は、ナフィスにICPDをNGOに開放するよう求めた。 ナフィスは最初躊躇したが、市民社会が将来の世界交渉において重要な役割を果たすことを否定することはできないと悟った。 ナフィスは、すべての政府代表団にNGO代表を含めるよう促し、ICPDのプロセス全体を通してNGOの存在を支援した。 ナフィスは、政治的な必要性を美徳に変えることで、国際政治会議における市民社会の役割を恒久的に変えることにも貢献した。
 ICPDに対するナフィスの最も重要な貢献は、2015年に向けた世界目標の導入であろう。 1994年4月、ナフィスは最終会議前のスピーチで、5つの20年目標を提案した。すなわち、家族計画サービスの利用可能性の向上、乳幼児死亡率の減少、妊産婦死亡率の減少、平均寿命の延伸、そして特に女子と女性の教育へのアクセスの向上である。 彼女の提案は、主要な開発目標の相互関係を示している。すべてが達成されなければ、どの目標も達成できないのだ。
 ICPDで彼女は卓越したキャリアを集大成した。草の根の一人の医師から、過去30年間で最も成功した国際協定のひとつ、世界人口運動の歴史において間違いなく最も重要な協定の立役者になったのである。人口と家族計画に対するICPDの新たな方向性については、多くの人々の功績に値するが、ナフィス・サディクの想像力、政治的手腕、リーダーシップが最も高く評価されている。


人口問題研究所75周年記念座談会で、人口学者の河野稠果(こうのしげみ)氏が、「カイロ会議の事務局長をされたナフィス・サディック氏というのが凄く強力な女性で、その方が相当大きな役割を果たされたと思います」と発言している。


同じ発現中で河野氏は、ICPDの状況について「カイロ会議では人口学者が中心的な役割を与えられず、今まで蓄積した研究成果が十分評価されず、新しい人口行動計画に十分反映されなかったことに不満があった」として、「極限するならば、その時の人口学者の反応というのは、人口問題の門外漢であるフェミニストグループが、フェミニスト史観とでもいうべき新しい発想で人口問題を、臆面もなく真っ向から唐竹割に切断したというか、そういうような感じがする」とも述べている。

JOICFP(ジョイセフ)のSRHRの説明

2023年6月から代表理事・理事長を務める勝部まゆみさん著

【第1回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

第6回まであります。


残念ながら、日本のSRHRのことはあまり触れられてないのと、そもそもなぜ1994年カイロ会議でRHRが登場したのか、それに大きく影響した世界の女性の健康運動の話は書かれていません。

【第1回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

JOICFPのSRHR講座

読み物として充実しています! ただ、SRHRの系譜の元としてカイロ会議で登場したRHRが何から始まったのか……について、特に世界の女性運動の動きについて触れられていないのが残念。そのあたりについてまとまった読み物はほとんどまだ出ていないので、今、新書にまとめているところです。

【第1回】世界におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)の取り組み ~国際社会で揺れ動くSRHR

はじめに ― SRHRの「世界史」をたどる


この数年、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR: 性と生殖に関する健康と権利)という言葉が、日本のメディアでも良く取り上げられるようになりました。日本におけるSRHRの課題や、SRHRと切り離すことができない深刻なジェンダー格差について報道され、若い世代が改善を求めて声を上げるようになっています。


SRHRはすべての人にとっての健康と権利です[1]が、多くの場合、「女性の自己決定権を尊重し、生涯にわたる性と生殖に関する権利を保障する」という、女性の基本的人権として説明されています。また、SRHRは生殖可能な時期だけでなく、思春期や更年期、老年期を含む、ライフサイクルを通して幅広く性と生殖の健康を保障する概念で、その内容は多岐にわたります。2018年に、米国のグットマッハー研究所と英国の医学誌ランセットによる委員会が、次のようにわかりやすい説明を発表しました[2]。


自分の身体は自分のものであり、プライバシーや個人の自主性が尊重されること
自分の性的指向ジェンダー自認、性表現を含めたセクシュアリティについて自由に定義できること
性的な行動をとるかとらないか、とるなら、その時期を自分で決められること
自由に性のパートナーを選べること
性体験が安全で楽しめるものであること
いつ、誰と、結婚するか、それとも結婚しないかを選べること
子どもを持つかどうか、持つとしたらいつ、どのように、何人の子どもを持つか を選べること
上記に関して必要な情報、資源、サービ ス、支援を生涯にわたって得られ、これらに関していついかなる時も差別、強制、搾取、暴力を受けないこと


この概念が国際的な舞台で広く提唱され、その後の人口、開発、国際保健分野への取り組みに大きな変化をもたらした転換点が、1994年にエジプト、カイロで開催された国連主催の国際人口開発会議(ICPD:International Conference on Population and Development、一般にカイロ会議とも呼ばれる)でした。


ICPDの成果文書である「行動計画(PoA: Programme of Action)」において、リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(RHR)が、初めて明文化されました。しかし、多様な価値観、文化、宗教、政治体制の国々が集まる国際社会の複雑さを反映し、セクシュアル・ライツという言葉は使われませんでした。


また、会議は、欧米を中心とする国々と、バチカン、一部のカトリック諸国及び一部のイスラム諸国の間で、特に人工妊娠中絶を巡って紛糾しました。妥協案として、「中絶は家族計画の一手段として推進しない」、「すべての政府は、家族計画サービスの拡大と改善を通じ、妊娠中絶への依存を軽減するように求められる」という内容が盛り込まれました。女性、思春期の女性、女児を差別するすべての慣行、あらゆる形態の搾取、虐待、暴力、児童婚や女性性器切除(FGM)などの有害な慣習を排除するための措置を講じることや、若者の性と健康の重要性も言及されています。こうして、23カ国からの留保条件付きではありましたが、「行動計画」は最終的に全会一致で採択されたのです[3]。


翌年1995年に北京で開催された第4回世界女性会議では、その行動綱領に、「女性の人権には、強制、差別、及び暴力のない性に関する健康ならびにリプロダクティブ・ヘルスを含む自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し、それらについて自由かつ責任ある決定を行う権利が含まれる」と明記されました[4]。また、中絶に関しては、各国政府に対して、非合法な中絶を行った女性に対して、処罰を課す法律を見直すよう求めており[5]、ICPDからより踏み込んだ内容となりました。


次回は、SRHR推進に向けて歴史の転換点となった、カイロでの国際人口開発会議(ICPD)開催までの歴史を紐解いていきます。

妊娠中から出産後1年以内に自殺した女性 2年間で118人に

NHK 2024年7月11日 6時17分

妊娠中から出産後1年以内に自殺した女性 2年間で118人に

女性のメンタルヘルスへの対応が不足していると女性差別撤廃委員会(CEDAW)にくり返し指摘されてきながら、今まではろくに調査も行われてこなかった。産むつもりの人ばかりではなく、妊娠中に「中絶ができなくて」自殺に至ったケースについても調べてほしい。

妊娠中から出産後1年以内に自殺した女性が、おととしと去年の2年間で合わせて少なくとも118人にのぼることが、自殺対策に取り組む団体などのまとめで分かりました。


これは国と連携して自殺の調査や自治体への支援にあたる「いのち支える自殺対策推進センター」が、日本産婦人科医会とともに、警察庁の自殺統計をもとにまとめました。


それによりますと、妊娠中から出産後1年以内に自殺した女性は
▽おととしが65人
▽去年が53人で
合わせて少なくとも118人にのぼったということです。


亡くなった時期は、2年間の合計で
▽妊娠中が33人
▽産後2か月以内が19人
そして
▽産後3か月以降が66人でした。


原因や動機について分析すると
▽妊娠中の女性では「交際問題」などの割合が高く
▽出産後の女性では子育ての悩みなどの「家庭問題」やうつ病などの「健康問題」などの割合が高くなっていたということです。


データをまとめた「いのち支える自殺対策推進センター」の清水康之代表理事は「妊産婦は医療とつながっている人が多いはずなので、こうしたところを通じて何らかの手だてを講じることができれば、救える人も少なくないのではないか。データを還元して自殺を防ぐ対策を進めたい」と話していました。

いのち支える自殺対策推進センターはこちら