リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

刑法と売春防止法等の一部削除等を求める意見書

  1. 2013年(平成25年)6月21日 日本弁護士連合会

刑法と売春防止法等の一部削除等を求める意見書


1 人工妊娠中絶については,以下のとおりである。
(1) 刑法第212条(堕胎),第213条(同意堕胎及び同致死傷)及び第214条(業務上堕胎及び同致死傷)を削除すべきである。
(2) 母体保護法第14条(医師の認定による人工妊娠中絶)第2項を改正し,次の場合にも本人の同意だけで足りるとすべきである。
① 配偶者からドメスティック・バイオレンスを受けていたり,別居中の場合など配偶者に同意を求めることが著しく困難な場合
② 配偶者間で意見が一致しなかった場合

第2 意見の理由
1 はじめに
 女性差別撤廃条約第2条は,「女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求」し,同条(g)では「女子に対する差別となる自国のすべての刑罰規定を廃止すること」を締約国に求めている。
 とりわけ差別的法規については,政府は即時的撤廃義務を負っており,いかなる遅滞も,意図的な漸進的手法も許容されるものではない(条約上の義務についての同条約一般勧告28)。
2 現行法制定の経緯~両性の平等の視点の欠落~
 我が国では,日本国憲法の制定によって両性の平等が定められ,両性の平等の視点から多くの法改正が実施された。しかし,優生保護法(後の「母体保護法」)や売春防止法は,このような視点からではなく,もっぱら当時の政策的要請に基づいて制定されたものであり,当時の女性の地位をも反映したものとなっている。
 すなわち,優生保護法(1948年制定)は,戦地からの男性の帰還や疎開からの復帰により妊娠が増加し,また,敗戦後の混乱の中,貧困のために売春に従事した結果としての妊娠や性暴力による妊娠等が多数生ずる中,産んでも育てられない事態が急速に拡大し,人口抑制2のためにも人工妊娠中絶を推進する必要があったため,産児調整運動に携わっていた医系議員らの提案で,制定されたものである。この法は,人工妊娠中絶を犯罪として処罰する刑法の堕胎罪を残したまま,「産む・産まない」の決定権を国がコントロールするという法制度であり,性的自己決定権やセクシュアル・リプロダクティブ・ライツの保障という観点は欠落していた。

③ 「胎児の生命」の保護・尊重との関係
 人工妊娠中絶に関しては,「胎児の生命」との関係をどのように考えるかという観点を問題とすべきとの見解がある。「胎児の生命」の保護・尊重を理由に人工妊娠中絶処罰を根拠付ける立場やこのような法制や解釈を採用する国もある。また,近時,医療技術・生命科学の発達に伴い,胎児の出生に至るまでの発達過程が明らかになり,胎児が早期に母胎から分離した場合に医療的救助措置によって生命を独立に維持できる時期が早まっていることなどが,胎児の生命としての保護価値をどのように考えるかの議論に影響を与え,また,生命倫理上も複雑な問題をもたらしている。
 これらの見解を十分斟酌したとしても, 人工妊娠中絶は,女性自身にも身体的及び精神的に深い傷つきをもたらすものであって,また,妊娠した女性は子の出生後の養育状況を考えざるをえないが,その考慮において
は女性と子の利益は必ずしも対立しているとは言えない。このような女性と胎児の関係性の中で行われる人工妊娠中絶については,妊娠している女性自身が,一切の事情を考慮して真摯に行う倫理的判断に委ねられるべき課題であって,人工妊娠中絶をするかどうかの判断に国家が刑罰をもって介入すべきではない 9。
 前述したように,国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠継続を強いるということは人権侵害であり,それを国家が放置することを拷問と位置付けていることからしても,人工妊娠中絶について国家が刑罰を課すことは許されるべきではない。

3 人工妊娠中絶について
(1) 堕胎罪(刑法第212条から第214条まで)の廃止について
女性差別撤廃委員会の勧告・国連諸機関の見解
 女性差別撤廃委員会は日本政府に対し,「人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する」(女性差別撤廃委員会第6回報告書審査総括所見第49段落),「委員会は,女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や『北京宣言及び行動綱領』5に沿って,人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため,できる限り人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する」同第50段落)としている。
 人工妊娠中絶の処罰が女性のみを処罰するものであって,その不当性,不平等性は堕胎罪が存在する限り消滅しないことは,国際人権分野では確立した見解となっている。国連人権理事会が選任した「全ての人にとっての達成可能な最高水準の健康の享受についての特別報告者」は,その報告書において,中絶の犯罪化は,女性差別であり,即時の撤廃義務があると明確な見解を示している(A/66/254)。
 さらに,かかる中絶への制限的法律は,国連・自由権規約拷問等禁止条約での拷問等にも該当する。拷問等禁止条約では,「拷問」とは,身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって,本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること,本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること,本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によって,かつ,公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものとされており,国連拷問等禁止委員会の一般的意見2では,「女性が拷問の危険にさらされている状況には,特に性と生殖に関する決定権を奪われること及び共同体や家庭における私人による暴力が含まれる。」と記載している。
 国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠の継続を強いるという人権侵害を国家が放置することを拷問と位置付けている6。自由権規約委員会は,女性のリプロダクティブ・ヘルスが,身体的・心理的な尊厳の一部であり,その保護の重要性に焦点を当て,このような権利のいかなる侵害も自由権規約第7条違反を引き起こしうるとして「締約国が女性の生殖機能に関連するプライバシーを尊重することに欠けるかもしれない他の領域は,例えば不妊に関する決定権限が夫にあるところや,一定の子ども数や年齢制限のある一般的な要件が女性の不妊に課せられるところ,又は締約国が中絶をした女性の医師や保健関係の職員に法的義務を課して事例報告をさせるところである。このような場合には,規約上の他の権利,例えば第6条や第7条のような権利が危険に瀕してしまうかもしれない。」と記している7。
世界保健機関(WHO)の見解
 2012年6月に,世界保健機関(WHO)から出版された『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版においても,中絶に対する処罰規定が女性に必要な医療サービスへのアクセスを阻むものであるとして妊娠中絶の非犯罪化を求めており,また,中絶を法律で制限することによって,中絶の件数が減少するわけでもなく,出生率が著しく上がるわけでもないこと,これとは反対に,安全な中絶サービスへのアクセスを促進する法律や政策は,中絶率や中絶件数を増加させないことを指摘している。また,「中絶が法律により制限されているかどうかにかかわりなく,女性が予期しない妊娠を中絶する確率はほぼ一定です。中絶に対する法的制限のため,多くの女性が他の国でサービスを求めたり,熟練していない施術者に中絶を求めたり,非衛生的な環境での中絶を行い,死亡したり障がいを負う大きな危険にさらされます。」と人工妊娠中絶への規制が中絶の抑制にもならず,むしろ,人工妊娠中絶を切実に必要とする女性たちの生命身体を危険にさらすだけであることを指摘している8。
③ 「胎児の生命」の保護・尊重との関係
 人工妊娠中絶に関しては,「胎児の生命」との関係をどのように考えるかという観点を問題とすべきとの見解がある。「胎児の生命」の保護・尊重を理由に人工妊娠中絶処罰を根拠付ける立場やこのような法制や解釈を採用する国もある。また,近時,医療技術・生命科学の発達に伴い,胎児の出生に至るまでの発達過程が明らかになり,胎児が早期に母胎から分離した場合に医療的救助措置によって生命を独立に維持できる時期が早まっていることなどが,胎児の生命としての保護価値をどのように考えるかの議論に影響を与え,また,生命倫理上も複雑な問題をもたらしている。
 これらの見解を十分斟酌したとしても, 人工妊娠中絶は,女性自身にも身体的及び精神的に深い傷つきをもたらすものであって,また,妊娠した女性は子の出生後の養育状況を考えざるをえないが,その考慮において
は女性と子の利益は必ずしも対立しているとは言えない。このような女性と胎児の関係性の中で行われる人工妊娠中絶については,妊娠している女性自身が,一切の事情を考慮して真摯に行う倫理的判断に委ねられるべき課題であって,人工妊娠中絶をするかどうかの判断に国家が刑罰をもって介入すべきではない 9。
 前述したように,国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠継続を強いるということは人権侵害であり,それを国家が放置することを拷問と位置付けていることからしても,人工妊娠中絶について国家が刑罰を課すことは許されるべきではない。
 ④ 堕胎罪適用の現状
 近年,自己堕胎罪によって処罰される実例は極めて少ない。しかし,2010年には,交際相手から中絶を迫られ,充分な知識や資金がなく,薬剤を輸入して自身で中絶を試みたものの出血して医療機関に行かざるを
得なくなり,病院からの通報によって自己堕胎罪で書類送検となった事案が報道されている。このように,現状において堕胎罪が適用されているのは,若者や,貧困者,知識が不十分な者,身近な人間関係から孤立している者等であるが,これらの者に対する処罰はかえって社会的排除を強めることになりかねない 10。
⑤ 刑罰処罰に代わる施策
 人工妊娠中絶は,胎児だけでなく,妊娠した女性自身にとっても極めて不幸で辛いことであり,人工妊娠中絶に至ることがないようにするためには,望まない妊娠が生じないような対策,例えば,男女双方に対する性教育の実施や家族計画の普及等,暴力的性行為の防止のための施策等を充実すべきことは言うまでもない。
 さらに,女性が産みたくても産めない状況の改善が重要であり,例えば,育児支援策の充実,貧困女性への援助や,婚外子差別の撤廃などを早期に実現すべきである。
 人工妊娠中絶を処罰対象としても,人工妊娠中絶を必要とする事情を解消しない限り,その数を減らすことはできない。厚生労働省の委託を受けた産婦人科及び公衆衛生学の専門家らによる研究によっても,100%確実な避妊方法は存在しない以上,反復中絶を回避させる努力が必要であること,女性が主体的に取り組める避妊方法の普及や,義務教育までに性教育や避妊教育などの学習の機会を設けることなどの必要性を指摘している11。
⑥ 当連合会の意見
 当連合会は,1993年の「現行刑法現代用語化・日弁連案」においても,刑法第212条から第214条は削除すべきとの意見を表明しており,2009年5月の「第6回政府報告に対する女性差別撤廃委員会からの課題と質問についてのアップデイト報告」においても,「自己堕胎ならびに同意・嘱託堕胎を処罰する刑法第212条ないし第214条は廃止すべきである。」としている。この立場は当連合会として確立したものとなっている。
 また,最近では2011年の「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め,死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」においても,不必要な拘禁を排除するための施策として,歴史的役割を終えてもはや不要となった刑罰法規や新たな社会現象への過剰反応のために作り出された刑罰法規を廃止する「非処罰化」の対象として堕胎罪を例示している12。
 上記に述べたような事情を踏まえ,当連合会は,改めて速やかに堕胎罪(刑法第212条から第214条)規定を削除することを求めるものである。
(2) 母体保護法第14条の人工妊娠中絶における配偶者の同意について
 母体保護法第14条は一定の要件の下に人工妊娠中絶を行うことを認めている。この規定は刑法の堕胎罪を前提にその違法性阻却事由としての位置付けがなされているが,堕胎罪の規定が削除された場合でも,母体保護及び「胎児の生命」の保護・尊重の観点から,医師が行う人工妊娠中絶に一定の要件を課す規定としての意義は認められる。しかし,同条が配偶者の同意を不要とする場合を著しく限定している点については修正が必要である。
 そもそも,人工妊娠中絶に配偶者の同意を常に必要とすることは,産む・産まないという決定権を事実上配偶者である男性が持つことになり,妊娠・出産のために自らの身体に大きな負担を受ける女性のリプロダクティブ・ライツを著しく損なうものである。
 特に,円満な婚姻生活にない女性が妊娠した場合,子を産むか産まないか,生まれたらその子をどのように育てることができるか,住まい,職業,健康といった自分の生活について,自分の人生に大きくのしかかってくる自己決定に伴う苦悩は計り知れないところであり,配偶者の中絶に対する同意が得られない場合には,産む・産まないという自己決定権が侵害されることになる。
 さらに,ドメスティック・バイオレンスの場合や別居中の場合など,配偶者の同意を求めることが著しく困難な場合があるが,そのような事情が無い時でも夫婦間で意見が一致しない場合が考えられ,そのような場合に配偶者の同意を常に必要とすることにより,人工妊娠中絶の時期が遅れたり,中絶できない時期になってしまうなど,妊娠した女性が適切な医療にアクセスすることが妨げられる結果となる危険性もある。このような事態は,母体保護の観点から問題であり,女性が自身の身体的健康を保持するという基本的な権利も侵害されることになる。
 なお,胎児の「父親」の権利を理由に,配偶者(「父親」)の同意を不要とする場合を現行法以上に広げるべきではないとの見解もあるが,胎児に対する父親としての期待を有しているとしても,女性が上記のように重大な精神的・身体的負担を負うことに鑑みれば,これを妊娠した女性の中絶に関する自己決定の権利に勝るものと評価することはできない。
 この点,小竹聡拓殖大学教授(憲法)は,アメリカの判決 13 の分析を通して,我が国の母体保護法の配偶者の同意規定について,憲法上の問題として,「配偶者の同意規定は,夫に拒否権を与えるものであり,妻が反対している場合に,夫による中絶の強制が不当であるのと同様に,出産の強制も不当であると言うべきである。アメリ判例が言うように,妊娠中絶の決定について夫婦間で意見が一致しない場合には,実際に妊娠,出産の影響を受ける女性の側に,その決定権があるとすべきである」とまとめている 14。また,金城清子元龍谷大学法科大学院教授(法女性学・生命倫理学)は,「『夫の同意』を要件とすることは,結果として家族のプライヴァシーに,国家が夫の意思を優先させるということで介入し,夫に拒否権という男女同一の権利以上のものを付与することになる。男女の選択が異なった場合には,最終的には妊娠する当事者,女性の意思を尊重せざるをえない。これは男女間に存在する生物学的性差に起因するものであって,男女平等の原理にも反するものではない。」「現行法では妊娠中絶の要件となっている『夫の同意』は削除しなければならない。夫の同意を要件とすると,夫に中絶についての拒否権,女性の決定に優越する権利を認めることになり,男女同一の権利の保障を求めた女性差別撤廃条約(16条)に反することになるからである」15 と論じている。
 ちなみに,日本医師会母体保護法等に関する検討委員会も,内部で様々な意見があることに言及しながらも,「人工妊娠中絶の同意は,原則女性本人の同意だけで足りる。」とすべきであるとの立場を表明している 16。
 当連合会は,2009年5月の「第6回政府報告に対する女性差別撤廃委員会からの課題と質問についてのアップデイト報告」において,刑法の堕胎罪規定の削除とともに,「人工妊娠中絶に配偶者の同意を要件とする母体保護法14条を改正すべきである。」としている。
 上記の事情を踏まえ,当連合会は,母体保護法第14条第2項を改正し,「配偶者からのドメスティック・バイオレンスを受けていたり,別居中の場合など配偶者の同意を求めることが著しく困難な場合」,「配偶者間で意見が一致しなかった場合」にも同条の例外として,「本人の同意だけで足りる。」とすべきことを求める。