リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

日本弁護士連合会の意見書

刑法と売春防止法等の一部削除等を求める意見書 2013年(平成25年)6月21日 日本弁護士連合会

第1 意見の趣旨
 日本は,国連・女性差別撤廃委員会から,セクシュアル・リプロダクティブ・ライツ*1等に関する処罰規定等について,見直し等を迫られている。国連からの勧告後,政府の第3次男女共同参画基本計画が策定され,内閣府男女共同参画会議により条約の履行を監視するための監視専門調査会が設置されたが,これらの事項については処罰規定の撤廃に向けた進展が見られない。
 とりわけ,人工妊娠中絶を犯罪(堕胎罪)としている規定の存置は,大きな問題である。いうまでもなく,人工妊娠中絶は,胎児と妊娠した女性の双方にとって,極めて不幸なことであり,そのような事態は可能な限り避けられるべきである。しかし,中絶せざるを得ない場面にまで追い込まれた女性の状況や,中絶をした女性自身の身体的及び精神的な傷つきを度外視し,女性にさらなる苦痛を課すものであり,女性に対する人権侵害であり,性差別というべきである。
……中略(売春防止法に関してはここでは割愛する)……
 人工妊娠中絶を可能な限り避けること,性的搾取の被害者を救済することという目的達成のために,対象とされている女性を刑事処罰するという手段は相当でなく効果的でもない。刑事処罰は,問題の解決にならないばかりか,むしろ,実態を潜在化させる危険性の方がはるかに高いことに留意すべきである。目的達成のためには,例えば,性教育や家族計画の普及等の充実,暴力的性行為の防止等の他の対策の拡充などの方策がはかられるべきである。
 本意見書は,以上を前提に,性的自己決定権やセクシュアル・リプロダクティブ・ライツの保障及び性的搾取からの保護のために緊急に必要な事項として,以下の項目について,非処罰化に向けた法改正が実現されるよう提言する。

  記
1 人工妊娠中絶については,以下のとおりである。
(1) 刑法第212条(堕胎),第213条(同意堕胎及び同致死傷)及び第214条(業務上堕胎及び同致死傷)を削除すべきである。
(2) 母体保護法第14条(医師の認定による人工妊娠中絶)第2項を改正し,次の場合にも本人の同意だけで足りるとすべきである。
① 配偶者からドメスティック・バイオレンスを受けていたり,別居中の場合など配偶者に同意を求めることが著しく困難な場合
② 配偶者間で意見が一致しなかった場合
……中略……
第2 意見の理由
1 はじめに
 女性差別撤廃条約第2条は,「女子に対するあらゆる形態の差別を非難し,女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求」し,同条(g)では「女子に対する差別となる自国のすべての刑罰規定を廃止すること」を締約国に求めている。
 とりわけ差別的法規については,政府は即時的撤廃義務を負っており,いかなる遅滞も,意図的な漸進的手法も許容されるものではない(条約上の義務についての同条約一般勧告28)。


2 現行法制定の経緯~両性の平等の視点の欠落~
我が国では,日本国憲法の制定によって両性の平等が定められ,両性の平等の視点から多くの法改正が実施された。しかし,優生保護法(後の「母体保護法」)や売春防止法は,このような視点からではなく,もっぱら当時の政策的要請に基づいて制定されたものであり,当時の女性の地位をも反映したものとなっている。
 すなわち,優生保護法(1948年制定)は,戦地からの男性の帰還や疎開からの復帰により妊娠が増加し,また,敗戦後の混乱の中,貧困のために売春に従事した結果としての妊娠や性暴力による妊娠等が多数生ずる中,産んでも育てられない事態が急速に拡大し,人口抑制*2のためにも人工妊娠中絶を推進する必要があったため,産児調整運動に携わっていた医系議員らの提案で,制定*3されたものである。この法は,人工妊娠中絶を犯罪として処罰する刑法の堕胎罪を残したまま,「産む・産まない」の決定権を国がコントロールするという法制度であり,性的自己決定権やセクシュアル・リプロダクティブ・ライツの保障という観点は欠落していた。
…中略…
 このように,優生保護法及び売春防止法は,敗戦後の全般的な経済的困窮や社会状況,女性の地位の低さ等を背景にして制定されたものであり,女性の生殖についての決定権や人権主体としての健康への権利の保障という観点が欠落したものであった。したがって,性的自己決定権及びセクシュアル・リプロダクティブ・ライツの保障の観点から,人工妊娠中絶及び買売春に関する関連法規の見直しが早急に必要である。
 なお,処遇における男女の不平等という観点からは,売春防止法第5条による処罰の問題のみならず,堕胎罪の処罰においても,中絶をした女性は処罰の対象となるのに,相手の男性は自ら堕胎行為をしない以上処罰の対象となりにくいなど,全体として女性に対してより厳しい刑罰が課されている*4


3 人工妊娠中絶について
(1) 堕胎罪(刑法第212条から第214条まで)の廃止について
女性差別撤廃委員会の勧告・国連諸機関の見解
 女性差別撤廃委員会は日本政府に対し,「人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する」(女性差別撤廃委員会第6回報告書審査総括所見第49段落),「委員会は,女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や『北京宣言及び行動綱領』*5に沿って,人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため,できる限り人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する」(同第50段4落)としている。
 人工妊娠中絶の処罰が女性のみを処罰するものであって,その不当性,不平等性は堕胎罪が存在する限り消滅しないことは,国際人権分野では確立した見解となっている。国連人権理事会が選任した「全ての人にとっての達成可能な最高水準の健康の享受についての特別報告者」は,その報告書において,中絶の犯罪化は,女性差別であり,即時の撤廃義務があると明確な見解を示している(A/66/254)。
 さらに,かかる中絶への制限的法律は,国連・自由権規約拷問等禁止条約での拷問等にも該当する。拷問等禁止条約では,「拷問」とは,身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって,本人若しくは第三者から情報若しくは自白を得ること,本人若しくは第三者が行ったか若しくはその疑いがある行為について本人を罰すること,本人若しくは第三者を脅迫し若しくは強要することその他これらに類することを目的として又は何らかの差別に基づく理由によってかつ,公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものとされており,国連拷問等禁止委員会の一般的意見22では,「女性が拷問の危険にさらされている状況には,特に性と生殖に関する決定権を奪われること及び共同体や家庭における私人による暴力が含まれる。」と記載している。国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠の継続を強いるという人権侵害を国家が放置することを拷問と位置付けている*6
 自由権規約委員会は,女性のリプロダクティブ・ヘルスが,身体的・心理的な尊厳の一部であり,その保護の重要性に焦点を当て,このような権利のいかなる侵害も自由権規約第7条違反を引き起こしうるとして「締約国が女性の生殖機能に関連するプライバシーを尊重することに欠けるかもしれない他の領域は,例えば不妊に関する決定権限が夫にあるところや,一定の子ども数や年齢制限のある一般的な要件が女性の不妊に課せられるところ,又は締約国が中絶をした女性の医師や保健関係の職員に法的義務を課して事例報告をさせるところである。このような場合には,規約上の他の権利,例えば第6条や第7条のような権利が危険に瀕してしまうかもしれない。」と記している*7
世界保健機関(WHO)の見解
 2012年6月に,世界保健機関(WHO)から出版された『Safe abortion: technical and policy guidance for health systems』第2版5においても,中絶に対する処罰規定が女性に必要な医療サービスへのアクセスを阻むものであるとして妊娠中絶の非犯罪化を求めており,また,中絶を法律で制限することによって,中絶の件数が減少するわけでもなく,出生率が著しく上がるわけでもないこと,これとは反対に,安全な中絶サービスへのアクセスを促進する法律や政策は,中絶率や中絶件数を増加させないことを指摘している。また,「中絶が法律により制限されているかどうかにかかわりなく,女性が予期しない妊娠を中絶する確率はほぼ一定です。中絶に対する法的制限のため,多くの女性が他の国でサービスを求めたり,熟練していない施術者に中絶を求めたり,非衛生的な環境での中絶を行い,死亡したり障がいを負う大きな危険にさらされます。」と人工妊娠中絶への規制が中絶の抑制にもならず,むしろ,人工妊娠中絶を切実に必要とする女性たちの生命身体を危険にさらすだけであることを指摘している*8
③ 「胎児の生命」の保護・尊重との関係
 人工妊娠中絶に関しては,「胎児の生命」との関係をどのように考えるかという観点を問題とすべきとの見解がある。「胎児の生命」の保護・尊重を理由に人工妊娠中絶処罰を根拠付ける立場やこのような法制や解釈を採用する国もある。また,近時,医療技術・生命科学の発達に伴い,胎児の出生に至るまでの発達過程が明らかになり,胎児が早期に母胎から分離した場合に医療的救助措置によって生命を独立に維持できる時期が早まっていることなどが,胎児の生命としての保護価値をどのように考えるかの議論に影響を与え,また,生命倫理上も複雑な問題をもたらしている。
 これらの見解を十分斟酌したとしても, 人工妊娠中絶は,女性自身にも身体的及び精神的に深い傷つきをもたらすものであって,また,妊娠した女性は子の出生後の養育状況を考えざるをえないが,その考慮においては女性と子の利益は必ずしも対立しているとは言えない。このような女性と胎児の関係性の中で行われる人工妊娠中絶については,妊娠している女性自身が,一切の事情を考慮して真摯に行う倫理的判断に委ねられるべき課題であって,人工妊娠中絶をするかどうかの判断に国家が刑罰をもって介入すべきではない *9
 前述したように,国際社会は,妊娠した女性本人が望まない妊娠について,本人以外が妊娠継続を強いるということは人権侵害であり,それを国家が放置することを拷問と位置付けていることからしても,人工妊娠中絶について国家が刑罰を課すことは許されるべきではない。
④ 堕胎罪適用の現状
 近年,自己堕胎罪によって処罰される実例は極めて少ない。しかし,2010年には,交際相手から中絶を迫られ,充分な知識や資金がなく,薬剤を輸入して自身で中絶を試みたものの出血して医療機関に行かざるを得なくなり,病院からの通報によって自己堕胎罪で書類送検となった事案が報道されている。このように,現状において堕胎罪が適用されているのは,若者や,貧困者,知識が不十分な者,身近な人間関係から孤立している者等であるが,これらの者に対する処罰はかえって社会的排除を強めることになりかねない *10
⑤ 刑罰処罰に代わる施策
 人工妊娠中絶は,胎児だけでなく,妊娠した女性自身にとっても極めて不幸で辛いことであり,人工妊娠中絶に至ることがないようにするためには,望まない妊娠が生じないような対策,例えば,男女双方に対する性教育の実施や家族計画の普及等,暴力的性行為の防止のための施策等を充実すべきことは言うまでもない。
 さらに,女性が産みたくても産めない状況の改善が重要であり,例えば,育児支援策の充実,貧困女性への援助や,婚外子差別の撤廃などを早期に実現すべきである。
 人工妊娠中絶を処罰対象としても,人工妊娠中絶を必要とする事情を解消しない限り,その数を減らすことはできない。厚生労働省の委託を受けた産婦人科及び公衆衛生学の専門家らによる研究によっても,100%確実な避妊方法は存在しない以上,反復中絶を回避させる努力が必要であること,女性が主体的に取り組める避妊方法の普及や,義務教育までに性教育や避妊教育などの学習の機会を設けることなどの必要性を指摘している*11
⑥ 当連合会の意見
 当連合会は,1993年の「現行刑法現代用語化・日弁連案」においても,刑法第212条から第214条は削除すべきとの意見を表明しており,2009年5月の「第6回政府報告に対する女性差別撤廃委員会からの課題と質問についてのアップデイト報告」においても,「自己堕胎ならびに同意・嘱託堕胎を処罰する刑法第212条ないし第214条は廃止すべきである。」としている。この立場は当連合会として確立したものとなっている。
 また,最近では2011年の「罪を犯した人の社会復帰のための施策の確立を求め,死刑廃止についての全社会的議論を呼びかける宣言」におい7ても,不必要な拘禁を排除するための施策として,歴史的役割を終えてもはや不要となった刑罰法規や新たな社会現象への過剰反応のために作り出された刑罰法規を廃止する「非処罰化」の対象として堕胎罪を例示している*12。上記に述べたような事情を踏まえ,当連合会は,改めて速やかに堕胎罪(刑法第212条から第214条)規定を削除することを求めるものである。

(2) 母体保護法第14条の人工妊娠中絶における配偶者の同意について
 母体保護法第14条は一定の要件の下に人工妊娠中絶を行うことを認めている。この規定は刑法の堕胎罪を前提にその違法性阻却事由としての位置付けがなされているが,堕胎罪の規定が削除された場合でも,母体保護及び「胎児の生命」の保護・尊重の観点から,医師が行う人工妊娠中絶に一定の要件を課す規定としての意義は認められる。しかし,同条が配偶者の同意を不要とする場合を著しく限定している点については修正が必要である。
 そもそも,人工妊娠中絶に配偶者の同意を常に必要とすることは,産む・産まないという決定権を事実上配偶者である男性が持つことになり,妊娠・出産のために自らの身体に大きな負担を受ける女性のリプロダクティブ・ライツを著しく損なうものである。
 特に,円満な婚姻生活にない女性が妊娠した場合,子を産むか産まないか,生まれたらその子をどのように育てることができるか,住まい,職業,健康といった自分の生活について,自分の人生に大きくのしかかってくる自己決定に伴う苦悩は計り知れないところであり,配偶者の中絶に対する同意が得られない場合には,産む・産まないという自己決定権が侵害されることになる。
 さらに,ドメスティック・バイオレンスの場合や別居中の場合など,配偶者の同意を求めることが著しく困難な場合があるが,そのような事情が無い時でも夫婦間で意見が一致しない場合が考えられ,そのような場合に配偶者の同意を常に必要とすることにより,人工妊娠中絶の時期が遅れたり,中絶できない時期になってしまうなど,妊娠した女性が適切な医療にアクセスすることが妨げられる結果となる危険性もある。このような事態は,母体保護の観点から問題であり,女性が自身の身体的健康を保持するという基本的な権利も侵害されることになる。
 なお,胎児の「父親」の権利を理由に,配偶者(「父親」)の同意を不要とする場合を現行法以上に広げるべきではないとの見解もあるが,胎児に対する父親としての期待を有しているとしても,女性が上記のように重大な精神的・身体的負担を負うことに鑑みれば,これを妊娠した女性の中絶に関する自己決定の権利に勝るものと評価することはできない。
 この点,小竹聡拓殖大学教授(憲法)は,アメリカの判決 13の分析を通して,我が国の母体保護法の配偶者の同意規定について,憲法上の問題として,「配偶者の同意規定は,夫に拒否権を与えるものであり,妻が反対している場合に,夫による中絶の強制が不当であるのと同様に,出産の強制も不当であると言うべきである。アメリ判例が言うように,妊娠中絶の決定について夫婦間で意見が一致しない場合には,実際に妊娠,出産の影響を受ける女性の側に,その決定権があるとすべきである」とまとめている*13。また,金城清子元龍谷大学法科大学院教授(法女性学・生命倫理学)は,「『夫の同意』を要件とすることは,結果として家族のプライヴァシーに,国家が夫の意思を優先させるということで介入し,夫に拒否権という男女同一の権利以上のものを付与することになる。男女の選択が異なった場合には,最終的には妊娠する当事者,女性の意思を尊重せざるをえない。これは男女間に存在する生物学的性差に起因するものであって,男女平等の原理にも反するものではない。」「現行法では妊娠中絶の要件となっている『夫の同意』は削除しなければならない。夫の同意を要件とすると,夫に中絶についての拒否権,女性の決定に優越する権利を認めることになり,男女同一の権利の保障を求めた女性差別撤廃条約(16条)に反することになるからである」*14 と論じている。
 ちなみに,日本医師会母体保護法等に関する検討委員会も,内部で様々な意見があることに言及しながらも,「人工妊娠中絶の同意は,原則女性本人の同意だけで足りる。」とすべきであるとの立場を表明している *15
 当連合会は,2009年5月の「第6回政府報告に対する女性差別撤廃委員会からの課題と質問についてのアップデイト報告」において,刑法の堕胎罪規定の削除とともに,「人工妊娠中絶に配偶者の同意を要件とする母体保護法14条を改正すべきである。」としている。
 上記の事情を踏まえ,当連合会は,母体保護法第14条第2項を改正し,「配偶者からのドメスティック・バイオレンスを受けていたり,別居中の場合など配偶者の同意を求めることが著しく困難な場合」,「配偶者間で意見が一致しなかった場合」にも同条の例外として,「本人の同意だけで足りる。」とすべきことを求める。

*1:セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは,一般的に,性や妊娠・出産に関する健康と権利のことを意味し,一般的には性と生殖に関する健康/権利と訳されている。これについて,第3次男女共同参画基本計画(2010年12月17日閣議決定)の用語解説においては,セクシュアル・ライツも含めて定義し,「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)とは,平成6年(1994年)の国際人口/開発会議の『行動計画』及び平成7年(1995年)第4回世界女性会議の『北京宣言及び行動綱領』において,『人間の生殖システム,その機能と(活動)過程の全ての側面において,単に疾病,障害がないというばかりでなく,身体的,精神的,社会的に完全に良好な状態にあることを指す』とされている。また,リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)は,『全てのカップルと個人が自分たちの子どもの数,出産間隔,並びに出産する時を責任をもって自由に決定でき,そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利,並びに最高水準の性に関する健康及びリプロダクティブ・ヘルスを得る権利』とされている。」と説明している。  セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツは,リプロダクティブ・ヘルス/ライツ及びセクシュアル・ヘルス/ライツが密接に結び付いた概念であるが,あえて分けて定義すると,国際人口開発会議で合意された「リプロダクティブ・ライツは国内法,人権に関する国際文書,並びに国連で合意したその他関連文書で既に認められた人権の一部をなす。これらの権利は,全てのカップルと個人が自分たちの子どもの数,出産間隔,並びに出産する時期を責任を持って自由に決定でき,そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利,並びに最高水準のセクシュアル/リプロダクティブ・ヘルスを得る権利を認めることにより成立している。その権利には,人権に関する文書にうたわれているように,差別,強制,暴力を受けることなく生殖に関する決定を行える権利も含まれる。この権利を行使するに当たっては,現在の子どもと将来生まれてくる子どものニーズ及び地域社会に対する責任を考慮に入れなければならない。全ての人々がこれらの権利を責任を持って行使できるよう推進することが,政府並びに地域が支援する家族計画を含むリプロダクティブ・ヘルス分野の政策とプログラムの根底になければならない」ものであり,セクシュアル・ライツについては,第4回世界女性会議での「女性の人権には,セクシュアル/リプロダクティブ・ヘルスを含め自らのセクシュアリティに関する事柄を,強制や差別,暴力を受けることなく管理し,それらについて自由かつ責任ある決定を行う権利が含まれる。性的関係や妊娠・出産に関する女性と男性の平等な関係には,人間の誠実さや高い倫理感を全面的に尊重することを含め,性行動とその結果に対する相互の尊重と同意および責任の共有が必要である」との定義を用いるのが一般的である。

*2: 国内事情だけでなく,GHQが,日本の侵略戦争の原因を人口過剰によるものと分析して,産児制限を進言したことも背景には存在した。

*3: ただし,教唆犯・幇助犯や同意堕胎罪により男性も処罰の対象となり得るが,適用は例外的な場合に限られ,教唆や幇助では法益侵害の程度が弱いものと評価され,また,男性が堕胎行為を実施した場合には同意堕胎罪に該当するが,男性が堕胎行為を実施しない場合には処罰の対象とならないという点で,男女間で刑罰法規の適用に大きな差異がある。

*4: 買売春周旋・場所提供については男女ともに処罰されているが,勧誘については処罰対象者の圧倒的大多数は女性である。

*5: 1995年第4回世界女性会議(北京会議)行動綱領の106(k)には「違法な妊娠中絶を受けた女性に対する懲罰措置を含んでいる法律の再検討を考慮すること。」と明記されている。

*6: このような拷問等についての解釈の背景のもと,拷問等禁止委員からのニカラグア政府に対する総括所見,CAT/C/NIC/CO/1 (CAT, 2009)では,国連人権理事会,女性差別撤廃委員会,社会権規約委員会からの直近の総括所見が勧告しているように,中絶に対する法規制を見直し,女性の生命を守る場合やレイプや近親姦の場合の中絶を,中絶の一般的禁止から除外する可能性を検討するよう勧告している。その後アイルランド政府に対する総括所見 CAT/C/IRL/CO/1(CAT, 2011)では,成文法を通して合法な中絶の範囲を明確にし,法や実践が拷問禁止条約に整合するよう,締約国での,異なる医師の意見に異議を述べられる適切な手続や中絶の実施のための適切なサービスを提供することを求めている。このように,拷問禁止委員会からのニカラグア政府及びアイルランド政府への勧告は,人工妊娠中絶への処罰規定が拷問等に該当す

*7: Committee on Civil and Political Rights, General Comment No. 28 on article 3 ICCPR, UN Doc.CCPR/C/21/Rev.1/Add.10, para 20  特に,中絶の制限に対して,アイルランド政府に対する自由権規約の総括所見において,同委員会は,「女性が妊娠の継続を強いられることは自由権規約第7条や一般的意見28から導き出される義務に違背するところであるが,このようなことが起きないよう保障するよう要望して」いる(Committee on Civil and Political Rights, Concluding Observations on Ireland, second periodic report)。自由権規約委員会は,「委員会は,子どもに特別な保護を与える規約第24条と同様に第7条に従っているかを評価するために,女性に対する強姦を含む,夫婦間及びその他の形態の暴力に関して国内の法律及び慣行について情報を得る必要がある。委員会は又,締約国が強姦された結果妊娠した女性に安全な中絶をする手段があるかどうかを知る必要がある。締約国は又,委員会に対して強制的な中絶及び不妊を避けるための措置に関して情報を提供すべきである」として(Committtee on Civil and Political Rights, General Comment No. 28, UN Doc.CCPR/C/21/Rev.1/Add.10,para 11),中絶の強制や,性暴力の結果としての妊娠中絶のアクセスの制限について,自由権規約第7条違反であると述べている。

*8: 出典は,「http://www.who.int/reproductivehealth/publications/unsafe_abortion/9789241548434/en/」。この文章の根拠となっている論文として Sedgh G, et al.による『Induced abortion: incidence and trends worldwide from 1995 to 2008.』(Lancet, 2012, 379:625-632)がある。

*9: 辻村みよ子ジェンダーと法(第2版)』195頁(不磨書房,2010年)なお,辻村みよ子明治大学法科大学院教授(憲法)は,「胎児の生命」との関係につき,「対外(ママ)での生命保持が不可能な時期(日本の基準では22週まで)は,妊婦の自己決定権の前に」「胎児の生命」は「相対化され,この期間内は,女性は国家によって懐胎継続を強制されない(堕胎罪として処罰されない)ことが原則となると思われる」と整理している。また,辻村教授は,次のように述べている(同194頁~195頁)。「人工妊娠中絶をめぐる人権問題については,法哲学や刑事学の観点から検討が始められているが,日本では憲法学で憲法問題として論じることはこれまで殆どなかった。しかし理論的には,アメリカと同様に,女性の生殖に関する自己決定権として憲法13条で構成することが一般的に承認されている以上,ドイツ憲法研究の成果をもふまえて,胎児の生命権や人間の尊厳と,女性の人権との関係で議論を深めることが求められよう。」「すなわち,権利の制約原理として,権利の内在的制約(胎児の生命権)のみを考慮するか,堕胎罪の保護法益ともされる母親の身体やその他の公益をも考慮するかが,まず問題になる。また,権利の根拠に関しても,人工妊娠中絶の権利を,アメリカのように純粋に私的領域におけるプライヴァシー権に含まれる自己決定権として13条で構成するだけではなく,個人の(人間としての)尊厳を根拠に,自由権的要請と社会権的要請とを同時に含む24条2項の趣旨や,女性の身体の自由からも同時に根拠づけられる生殖の権利(リプロダクティブ・ライツ),生殖コントロール権としての内容を明確にすることが必要と考える。女性差別撤廃条約16条(e)は『子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する権利』を男女に認めているが,男女間の選択が異なる場合には最終的には女性の決定権が尊重されるべきであろう。」

*10:人工妊娠中絶に対して厳しく刑罰や規制をしているラテンアメリカでは富裕層は規制の緩いキューバ渡航して中絶を利用することができており,貧困層女性が,やむなく安全でない中絶(いわゆる「闇中絶」)を利用して死亡や障がいを負っている。また,アメリカ合衆国では,中絶そのものは,1973年の連邦最高裁判所でのロー対ウェイド事件(Roe v. Wade, 410U.S. 113(1973))の判決において,「妊娠を継続するか否かに関する女性の決定はプライバシー権に含まれる」として,アメリカ合衆国憲法修正第14条が女性の堕胎の権利を保障していると初めて判示し,妊娠中絶を規制するアメリカ国内法の大部分を違憲無効とした。その後,この中絶に対する公的助成等を厳しくする動きがあったが,そのために中絶を断念して不本意な出産を迎えたり,適切な中絶時期を逸して身体的・経済的に負担の大きい人工妊娠中絶をせざるを得なかったのは貧困層の女性たちであった。

*11:研究代表者竹田省『厚生労働省科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)望まない妊娠防止対策に関する総合的研究』(2011年3月)

*12: 本文中に述べたほか,1973年に法制審議会総会で求められた改正刑法に対する当連合会 の修正案の作成においては,「刑法『改正』阻止実行委員会」の議論において,堕胎罪について,胎児の生命保護の必要性と性による差別禁止の違反が検討されたが,後者の要素が存在する以上処罰規定の野蛮性を示すものとして削除するほかなく,前者の要請は優生保護法の改正に任せる方がよいとの議論がなされ,堕胎罪の削除が支持され,他に全く異論が出なかった。その後削除反対意見は決して多数意見にはならないというのが大勢のようであると過去の当連合会での議論をまとめており(自由と正義44巻8号,渡辺脩「刑法『改正』阻止運動と現行刑法の現代用語化」),1979年の「改正刑法草案に対する意見書」では「(2)273条ないし277条(堕胎の罪)草案にあっても,現行刑法に定める業務上堕胎罪に相当する規定が削除されているように,戦後優生保護法にもとづく合法的かつ広範囲な妊娠中絶が認められていること,胎児に関する社会的倫理観が変化し,むしろ母体の生活,生命保護が重視されてきていることから,堕胎行為の可罰性自体が問題となっている。つまり,現行刑法の堕胎罪に関する規定が有名無実化していることは否めない事実なのである。しかし草案は胎児の生命の保護・性道徳の維持の要請から,若干の字句の修正をして引き続き存置の必要ありとする。しかし本規定の存否が直ちに性道徳の向上,退廃に通ずるものでないことは明らかであり,性道徳の向上をめぐる問題について,直ちに刑罰をもって臨むこと自体に問題がある。ただ不同意堕胎・同致死傷だけは,自然犯的罪質をもつものとして存置すべきであろう。それ以外の処罰規定はすべて優生保護の見地から一元化して,必要な規制を加えることが妥当である。」と述べている。  さらに,2000年3月の「生殖医療技術の利用に対する法的規制に関する提言」においても以下のとおり述べている。  「『家庭のあり方を決定する権利』は,男性も女性も平等にもつ権利である。憲法24条2項が家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を規定し,世界人権宣言が第16条1項後段において『成年の男女は,婚姻中及びその解消に際し,婚姻に関し平等の権利を有する』と規定し,更に国際人権規約B規約が第23条4項において『この規約の締結国は,婚姻中及び婚姻解消の際に,婚姻に係る配偶者の平等を確保するため,適当な措置をとる』と規定しているとおりである。  しかしながら,女性に対する差別は広範に存在している。とりわけ家庭においては,『嫁して3年,子なきは去る』という言葉が示すように,女性が跡継ぎを産み育てるための道具とされる歴史は長く続いており,現在もそれが払拭されていない。妊娠・出産・育児が,女性に対し精神的・肉体的に多大の影響を与えるにもかかわらず,夫や家に対して発言権を有しない女性が多く存在していることは事実である。  男女の平等を確保するために,1979年に国連で採択され,1985年に日本でも発効した『女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約』第16条1項eは,男女の平等を基礎として「子の数及び出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利並びにこれらの権利の行使を可能にする情報,教育及び手段を享受する同一の権利」を確保するための総ての適当な措置を取るものとしている。  また,1994年の世界人口開発会議カイロ宣言で正面からとりあげられたリプロダクティブ・ヘルス/ライツは,翌1995年の世界女性会議北京宣言に基づく行動綱領で,『性と生殖に関する権利』として結実した。『女性の人権には,強制,差別及び暴力のない性に関する健康及びリプロダクティブ・ヘルスを含む,自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し,それらについて自由かつ責任ある決定を行う権利が含まれる』とされたのである。」

*13:小竹聡『妊娠中絶・母体保護』,『比較判例ジェンダー法』218頁(不磨書房,2007年)

*14:金城清子『ジェンダー法律学(第2版)』140頁(有斐閣,2007年)

*15: 結論の主旨:現行母体保護法を改正し,「人工妊娠中絶の同意は,原則女性本人の同意だけで足りる」とすべきである。  人工妊娠中絶が必要な場合,配偶者やパートナーが,妊娠・分娩が女性の健康に及ぼす影響についての理解不足や誤解から中絶の同意を拒否するケースがある。また,女性の性行動が多様化・活発化し,現実的に配偶者やパートナーから中絶の同意を得ることが困難なケースも増えている。このような状況下で,人工妊娠中絶の時期が遅れたり,失することがあるならば母体保護の観点から問題であり,女性が自身の身体的健康を保持するという基本的な権利も侵害されることになる。  本委員会では,リプロダクティブ・ヘルス/ライツの観点から生殖に関わる女性の自己決定権を尊重し,人工妊娠中絶の適応を満たす場合は,原則女性本人の同意だけで足りるとする意見が大勢であった。ただし,「原則女性本人の同意だけで足りる」となった場合であっても,他の手術と同様に中絶手術の方法,内容やリスク等を本人と共に配偶者を含む家人やパートナーにも説明し了承を得ることが必要であるとする意見や,同意ができる年齢や妊娠週数の制限を設けることの是非について検討課題とすべきとの意見があった。  また,父親の子どもに対する権利あるいは施術に関わる問題回避の観点から,現行通り原則配偶者の同意も必要としておいた方がよいとする強い少数の意見があった。(「母体保護法等に関する検討委員会答申」(日本医師会母体保護法等に関する検討委員会,2007年11月))