東京新聞2023年3月24日 21時10分
熊本県で2020年、死産した双子の遺体を段ボール箱に入れて自室に放置したとして、死体遺棄罪に問われたベトナム人元技能実習生レー・ティ・トゥイ・リン被告(24)の上告審判決で、最高裁第2小法廷(草野耕一裁判長)は24日、「被告の行為は『遺棄』に当たらない」とし、一、二審の有罪判決を破棄して無罪を言い渡した。(奥村圭吾)
◆「帰国させられる」孤立出産の末
死産した子を巡る死体遺棄罪の成否について最高裁の初判断で、裁判官4人の全員一致の結論。
草野裁判長はまず、死体遺棄罪について「習俗に従って埋葬が行われることで、死者に対する一般的な宗教的感情や、けいけん感情が保護されるべきことが前提」と指摘。遺棄に当たるかどうかの判断では、その態様が「習俗上の埋葬と相いれない処置と言えるかどうかを検討する必要がある」と示した。
その上で、一連の行為は死体を隠匿し、他者の発見を難しくしたとする一方、遺体をタオルに包み、おわびの言葉などを書いた手紙とともに段ボール箱に二重に入れ、棚の上に置いていたことなどから「場所や遺体のこんぽう、設置などの方法に照らすと、習俗上の埋葬と相いれない処置とは認められない」と結論付けた。
リンさんは、熊本県内の農園の実習生だった20年11月、帰国させられることを恐れて周囲に妊娠を隠したまま、自宅で双子の男児を死産。翌日、連れて行かれた病院で死産を打ち明けた。
一審熊本地裁判決は21年7月、懲役8月、執行猶予3年を言い渡したが、昨年1月の二審福岡高裁は、懲役3月、執行猶予2年に減刑していた。
◆リンさん喜び「安心して出産できる社会に変わって」
「本当に長かった。心からうれしい」—。死産した双子を遺棄したとして死体遺棄罪に問われ、最高裁で逆転無罪を勝ち取ったベトナム人元技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさん(24)は24日の判決後、オンラインで参加した記者会見で喜びの声を上げた。上告審には一般の女性たちの意見書や署名が提出され、市民による「支援の輪」が後押しした。
リンさんは「SNS上で批判を書き込まれ、何度も心が苦しめられたが、支援や励ましで今日まで頑張れた」と逮捕からの約2年4カ月間を振り返った。自分と同様に妊娠で悩む技能実習生や女性たちについても触れ「刑罰ではなく、苦しみを理解してあげてほしい。安心して出産できる環境に保護される社会に変わってほしい」と願った。
弁護団は、特設サイト「孤立出産.jp」で出産を経験した女性や宗教家らの意見を募り、集まった127通を最高裁に提出した。不正なプログラムをウェブ上に設置した罪に問われたが、昨年1月の最高裁判決で逆転無罪となった「コインハイブ事件」を担当した平野敬弁護士が提案し、被告だったウェブデザイナーの諸井聖也さんがサイトを作成した。このほか、オンラインで無罪を求める署名が国内外から9万5000筆以上集まった。
平野弁護士は「孤立出産した母親の状況がいかに過酷か、男性が多い裁判所に見てもらいたかった」。諸井さんも「自分もいろんな人に力を貸してもらったので、関われてうれしい」と話した。リンさんの主任弁護人の石黒大貴弁護士は「一審からの主張を正面から認めてくれた。リンさんが追い込まれた背景の一つに技能実習制度の問題がある。今後、実習生が孤立に追い込まれないような取り組みを政府が後押ししないといけない」と訴えた。
後藤弘子・千葉大大学院教授の話 最高裁判決は、遺体をタオルで包み、名前を付けて段ボールに入れ、自宅の棚の上に置いたという一連の行為を踏まえて、彼女なりに遺体を敬う埋葬行為の範疇はんちゅうと評価したと考えられる。今後も同様にきちんと死産に対応する限り、遺棄には当たらないことになるが、孤立出産自体の問題を解決するものではない。出産すること自体がペナルティーと見なされる状況を、法改正の検討も含めて見直す必要がある。
吉田誠治・最高検公判部長の話 主張が認められなかったことは誠に遺憾だが、最高裁の判断なので真摯しんしに受け止めたい。