Answers News ニュース解説 更新日2023/05/29
亀田真由
4月、国内初の経口中絶薬「メフィーゴパック」が承認され、これまで外科的な手法に限られていた人工妊娠中絶に新たな選択肢が加わりました。承認にあたって大きな社会的関心を集めた同薬ですが、どこまで普及するのでしょうか。
薬剤による中絶は「世界標準」
「普及には10年かかる」
厳格な管理
薬剤による中絶は「世界標準」
国内初の人工妊娠中絶薬として4月28日に承認された「メフィーゴパック」は、①妊娠の維持に必要なホルモンの働きを抑えるプロゲステロン受容体拮抗薬ミフェプリストン錠と、②子宮の収縮を促すプロスタグランジンE1誘導薬ミソプロストールバッカル錠からなるパック製剤。妊娠63日(9週0日)までが対象で、①を服用した36~48時間後に②を服用することで中絶できる薬剤です。
開発元は英国の製薬企業ラインファーマ。承認申請が行われた2021年12月以降、社会的にも大きな関心を集め、厚生労働省は承認にあたってパブリックコメントを実施。1万1450件もの意見が寄せられ、そのうち承認を支持する意見が68.3%、不支持が31.2%だったといいます。
厚労省の統計によると、国内で2021年度に行われた人工妊娠中絶は12万6174件で、そのほとんどが妊娠12週未満の妊娠初期。日本では従来、妊娠初期の中絶は掻把法や吸引法によって行われてきましたが、メフィーゴパックの承認によって経口薬が選択肢に加わりました。120人を対象に行われた国内臨床試験では、2剤目の服用から24時間後までに93.3%が中絶に成功。そのほとんどは2剤目投与から4~8時間で中絶を終えました。
【メフィーゴパックの概要】|※薬価基準未収載品<一般名/作用機序>1剤目/ミフェプリストン/プロゲステロン受容体拮抗薬/2剤目/ミソプロストール/プロスタグランジンE1誘導薬<適応>子宮内妊娠が確認された妊娠63日(妊娠9週0日)以下の者に対する人工妊娠中絶<用法・用量>①/ミフェプリストン錠200mg1錠を経口投与/②①の36~48時間後にミソプロストールバッカル錠200μgを左右の臼歯の歯茎と頬の間に2錠ずつ30分静置。その後、口腔内に残った場合は飲み込む<承認日>2023年4月28日<製造販売元>ラインファーマ<臨床試験結果>有効性/2剤目投与後24時間以内に93.3%(112/120例)が中絶に成功/安全性/副作用の発現割合:37.5%(45/120例)/主な副作用:下腹部痛15.0%(18/120例)/下痢14.2%(17/120例)/嘔吐10.8%(13/120例)/*全例で子宮出血と下腹部痛が認められた。副作用とされたのは異常な出血・痛みと医師が判断したもの<適正使用のための留意事項>・登録された母体保護法指定医師の確認の下で使用/・適切な使用体制のあり方が確立されるまでの当分の間、入院可能な有床施設でのみ使用。2剤目投与後は胎嚢の排出が確認されるまで入院・院内待機が必須|※添付文書などをもとに作成
ミフェプリストンは世界65カ国で、ミソプロストールは93カ国で承認されており、日本と同じパック製剤も2014年以降に豪州とカナダで承認されています。WHO(世界保健機関)が2022年に出したガイドラインでは、薬剤による中絶が吸引法とともに推奨されており、東京大大学院医学系研究科産婦人科学教授の大須賀穣医師は「薬剤による中絶は世界標準だ」と指摘します。
「普及には10年かかる」
ラインファーマが日本でメフィーゴの開発に着手したのは2014年。当初は日本企業に開発を進めてもらう計画でしたが、これが頓挫し、自社で開発を進めることになりました。ラインファーマ日本法人の北村幹弥社長によると、日本では海外に比べて多くの試験が求められたほか、英国本社との調整もあり開発の道のりは険しかったといいます。
ミフェプリストンが世界で初めてフランスで承認されたのは1988年。それから30年以上たってようやく日本で承認にこぎつけたことについて北村社長は、今月開いたメディア向け説明会で「日本での承認は遅れましたが、中絶薬によって人工妊娠中絶を選択する人にとって、最新の科学データをもとに最良の中絶方法を提供できたと考えています」と強調。子宮出血や下腹部痛といった副作用に関する情報も含め、正しい情報提供によって育薬を進めていくと言い、疾患啓発活動を積極的に進めていく考えも示しました。
中絶薬は、外科的処置を伴わない安全性の高い手法とされています。ともにWHOが推奨する中絶薬と吸引法について、大須賀医師は「どちらが100%優れているということはない。双方のメリット・デメリットを説明した上で患者が選択することになる」と話します。
その上で大須賀医師は、半日もあれば完了する外科的処置に比べ、薬剤による中絶は2~3日かかることから「女性の働く環境や健康に対するサポートが整っていない現状を踏まえると、急速に中絶薬が普及するとは考えにくい」と指摘。将来的には欧米と同様に5割程度が薬剤による中絶を選択するようになると予想しますが、「欧米でも50%を超えるまでに10~20年かかっています。日本は後発なので、それよりは早くなると期待できますが、10年くらい必要になるのではないでしょうか。社会での理解・認識が広まり、女性の健康支援が浸透していけば、スピードが早まることも期待できます」との見方を示します。
海外では親から子への情報提供が普及を促した面があったといい、医師側の意識としても「これから中絶を学んでいく若い医師を中心に、誰でも安全にできる薬剤が好まれるのではないか」と大須賀医師は言います。メフィーゴパックの臨床試験に参加した女性ライフクリニック銀座・新宿の対馬ルリ子医師は「(2剤目服用後の待機時間で)被験者の女性と避妊や将来についてじっくり話す時間がとれ、かかりつけ医としての関係を作ることができた」と、単なる中絶方法にとどまらないメリットがあると話しました。
厳格な管理
メフィーゴパックは保険適用外で、ラインファーマは医薬品卸への販売価格を明らかにしていません。日本産婦人科医会によると、医療機関での価格は薬剤費と診察・検査費をあわせて10万円程度になるといい、手術より若干安くなると見込まれています。
同薬の処方は、人工妊娠中絶を行うことのできる母体保護法指定医師に限定され、転売や流用を防ぐために厳格な運用が定められています。販売ルートはラインファーマ→担当卸(アルフレッサグループ)→医療機関のみ。処方を希望する医療機関の医師は、ラインファーマのホームページから事前に申請し、eラーニングによるトレーニングを受ける必要があります。ラインファーマは5月16日に卸への出荷を開始しており、処方できる医療機関を「中絶について相談ができる病院・クリニック」として一般向けにホームページで公開しています。
情報提供にあたってMRは置かず、本社から13人体制でオンライン説明会やWeb面談などを実施。安全性情報の収集は、流通を担うアルフレッサグループとその協力会社とも連携し、自社を含めた2ルートで行うといいます。適正な使用体制が確立するまでは有床の医療機関のみでの使用となり、2剤目投与後、胎嚢が排出されるまで入院または院内での待機が必要です。
現在、中絶の多くは無床クリニックで行われていることから、専門家からは早期に無床診療所や外来での使用を可能にするよう求める声も上がっています。北村社長も「海外では、2剤目を飲むのは自宅でもクリニックでも良い、というのが標準的。日本でもいずれはそうなってほしい」と話しました。