東京新聞 2023年7月18日 06時00分
麻生太郎氏が「頼まれたから上げた」と語った診療報酬改定 カネと票が絡んでいた舞台裏
<医療の値段 環流する票とカネ>①
「横倉さんから頼まれて、上げないかんというから上げたよ」
地元が同じ福岡県の麻生太郎氏(右)と横倉義武氏。背景は国会議員もしばしば訪れる東京・本駒込の日本医師会館(コラージュ)
地元が同じ福岡県の麻生太郎氏(右)と横倉義武氏。背景は国会議員もしばしば訪れる東京・本駒込の日本医師会館(コラージュ)
今年3月、衆議院の議場前。自民党副総裁の麻生太郎(82)に、昨年度引き上げられた診療報酬について聞くと、あっさりと日本医師会(日医)の大物の名前を挙げた。2020年まで会長を4期8年務め、今は名誉会長の横倉義武(78)。麻生とは昵懇じっこんの間柄だ。
治療や検査など「医療の値段」である診療報酬は2年ごとに改定される。22年度の改定率を巡っては、自民党厚労族や日医などが「プラス0.5%以上」を要求。財務省は「0.3%台前半」を主張して譲らなかったが、最後に財務省案から0.1%程度上がって0.43%で決着し、8回連続の引き上げとなった。
診療報酬 治療や検査、入院、調剤など、医療機関や薬局が行う一つ一つの医療行為の値段。5000区分以上に及び、2年ごとに国が定める。医科、歯科、調剤の3つに分かれる。薬価と合わせて年末の予算編成時に全体の改定率が決まり、翌年に厚労省が診療報酬点数(1点10円)を付け、4月から施行される。
21年度の国民医療費は概算で約44兆円。0.1%上がるだけで440億円増える計算だ。医療費は保険料や税金、患者の窓口負担で賄うため、診療報酬が上がると、病院の収入が増えると同時に、個人や企業の負担も増えることになる。
◆破格の高額献金は何が狙いだったのか
麻生に国会内で接触した理由は、改定率が決まる2カ月余り前の21年秋、日医の政治団体「日本医師連盟」(日医連)と関連する「国民医療を考える会」から、麻生派(志公会)に計5000万円という異例の高額献金があったからだ。
政治資金収支報告書を20年から10年までさかのぼっても、派閥向けの資金提供は麻生派も含め、毎年パーティー券の購入が10万〜100万円ほど。5000万円は破格だ。
献金時、麻生は改定率の決定に大きな権限を持つ財務相だった。日医連は取材に「法律に従い適正な政治活動を行っている」などと短く回答したが、行政の有利な取り扱いを期待した金であれば話は違ってくる。
麻生派の会計責任者からも「献金は麻生会長の財務大臣の職務とは関係ない」などのコメントをもらったが、本人から突っ込んだ話を聞く必要があった。
「知らねえなあ。ほんと、まったく知らん。俺、派閥の金に触ったことないから。それ(診療報酬)によって金が動くなんていうことはあり得ないね」。麻生は取材にそう答えた上で、「横倉さんに頼まれたから(改定率を)上げた」と明かしたのだった。
日医連の委員長は歴代の日医会長が兼任する。当時の委員長は、20年の会長選で横倉を僅差で破った中川俊男(72)。献金は内々に行われ、日医連でも少数の幹部以外は知らなかったという。横倉も知らなかったとされるが、麻生の説明によれば、その横倉がプラス改定に大きな役割を果たしたことになる。
改定の裏で見え隠れする日医連のカネや政界人脈。医療の値段は合理的な根拠に基づいて決まっているのかと疑問が湧く。麻生に会った翌日、「麻生派に異例高額献金」と報道し、その後も取材を続行した。
◆日本医師会長は「別に違法ではないでしょう」
今年1月下旬、強烈な寒波の襲来により大雪が積もった札幌市内。日本医師会(日医)前会長の中川俊男を訪ね、自民党麻生派へ提供した5000万円という破格の献金について質問した。
新型コロナウイルスワクチンの接種などで菅義偉首相(当時)らと意見交換を終えて記者の取材に答える日本医師会の中川俊男会長=2021年2月10日撮影
新型コロナウイルスワクチンの接種などで菅義偉首相(当時)らと意見交換を終えて記者の取材に答える日本医師会の中川俊男会長=2021年2月10日撮影
「それは医師連盟に聞いて。僕はもう辞めたから」
初めは拒まれたが、「麻生さんが診療報酬改定に影響力を持つ財務大臣だったからですか」と聞くと、意を決したように答えた。
「そんなことではない。日本医療のためにやったことです。事務局と相談してその時の情勢で(献金を)決めた。別に違法ではないでしょう」
確かに政治資金規正法の量的制限や公開基準には抵触していなかったが、なぜ麻生派にだけ破格の献金をしたのかが疑問だった。金額に照らせば、何か特別な意図が込められている可能性があった。日医連の関係者が証言する。
「どの政治家に、いくら献金するかは、歴代の日医会長(日医連委員長)が決めてきた。麻生派への献金を決めたのは中川さん。診療報酬のプラス改定は日医会長の至上命題だから、最悪だった麻生さんとの関係を改善しようという意図があったのだろう」
◆「得票数が最後の決定に直結する」
「私が出馬しないことで日本医師会の分断を回避し、組織として一致団結して夏の参院選に向かえるなら本望との結論に至った」
中川は昨年5月に記者会見を開き、翌月の日医会長選への不出馬を表明した。再選を目指していったんは立候補を決めていたが、一転して1期2年で退陣することになった。
東京や中部、九州など有力な医師会連合の推薦で、日医常任理事の松本吉郎(68)が出馬することになり、厳しい立場に追い込まれた末の撤退とみられた。
だが、中川は不出馬の理由として、会長選の翌月に行われる参院選に、日医連の組織内候補の自見英子はなこが比例代表で立候補することを挙げた。なぜ会長選を回避してまで参院選を重視するのか。中川は「会長になってしみじみと分かりましたけど」と前置きして語った。
「要するに参議院選挙で組織内候補がどれだけ得票するかが、診療報酬改定における最後の決定に直結するんです」。選挙での得票数が改定率の決定でものをいうと強調したのだった。
得票数は自民党の獲得議席につながるため、票数が多いほど、候補者やその支持団体の党への貢献度は高くなる。中川の発言は、票数が少なければ貢献度が低いとみなされ、政府与党との改定率の交渉が厳しいものになると示唆していた。
民主主義の世の中で、献金や選挙応援自体に問題はないが、政権与党が予算をエサに票やカネを集めていれば、それは利権にほかならない。この発言は、中川の過去の会見動画をチェックする過程で気づいた。医療関係者は「得票数は改定率決定の一つの要素にはなるが、直結するというのは言い過ぎだろう」と話す。
中川に取材を申し込むと断られたが、自身が経営する病院の秘書を通じ「記者会見の内容で間違いありません」との伝言が届いた。
改定率が決まる直前、中川と同じように危機感を募らせ、首相官邸に働きかけた人物がいた。2020年の会長選で中川に敗れ、日医初の名誉会長となった横倉義武だった。
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<医療の値段 環流する票とカネ>(全6回)
新型コロナウイルス禍で、病院にかかれない「医療難民」が街にあふれ、脆弱ぜいじゃくぶりが露呈した日本の医療提供体制。国民皆保険制度も存続の危機にひんする。長年改革が進まないのはなぜか。年末の診療報酬改定に向け、議論が活発化する中、票とカネが絡み合う改定の舞台裏を検証し、改革を阻んでいる要因を探る。(文中敬称略=杉谷剛、中沢誠、奥村圭吾が担当します)