リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「治さな赤ちゃん死ぬ」中絶薬を飲ませた男、偽りの手口

朝日新聞 布田一樹 2021年7月19日 20時17分

交際女性から妊娠の事実を告げられた男は、その日のうちにネット通販で国内未承認の中絶薬を購入した。「産みたい」という相手をだまし、薬を飲ませ、中絶させようとした危険な行為。法廷で「身勝手極まりない」と指摘された男の犯行動機とは――。

 5月18日、福岡地裁で開かれた初公判。被告(21)は黒いスーツに黒のネクタイ姿で法廷に現れた。前髪は、目にかかるくらいの長さ。少しうつむいて被告側の席についた。

 起訴状によると、男は2020年9月24日夜、当時18歳だった交際相手の女性に国内未承認の中絶薬「ミフェプリストン」2錠を飲ませ、中絶させようとしたとされる。女性はその後流産したが、薬の服用との因果関係が不明だったため、不同意堕胎の未遂罪に問われた。

 検察の冒頭陳述や証拠資料から明らかになった事件のあらましは、こうだ。

 被告は昨年3月ごろ、女性と交際を始めた。一度別れたが、同年7月ごろから再びつきあうようになった。

 検察は、男は交際中にほぼ避妊具を使うことがなく、妊娠したら「子どもをおろせばよい」と考えていた、と指摘した。

 弁護人「交際中、性交することはありましたか」

 被告「ありました」

 弁護人「避妊具はつけていましたか」

 被告「つけていませんでした」

 弁護人「なぜ避妊していなかったのですか」

 被告「妊娠しにくい体質、と聞いていたので」

 弁護人「女性から、妊娠したらどうしたいか聞いていましたか」

 被告「聞いたことないです」

 9月、女性は妊娠に気づいた。被告に伝えたのは9月19日。妊娠4週目。「産みたい」と打ち明けた。

 被告は中絶を説得したが、女性の意思は固かった。

 このときの被告の態度を、検察はこう指摘した。「被告は女性と結婚する意思がなかった。(中絶の)説得も早々に諦めた」

 被告はその日のうちに、インターネットのサイトで見つけた中絶薬のセットを注文した。外国製の薬で、黄体ホルモンを抑制する「ミフェプリストン」と、子宮を収縮させる「ミソプロストール」。2種類を合わせて服用するタイプだった。


被告が飲んだ別の薬

 翌20日。「おろすなら早いほうがいいよね」。被告は再び女性に中絶を勧めたが、女性の出産の意思は変わらない。

 注文した中絶薬が被告のもとに届くと、被告は女性をだまして、中絶薬を飲ませることを決意した。

 そして24日。被告は女性に自らが性病にかかったと話した。「治さな、赤ちゃん死ぬよ」。そう言って中絶薬を「性病治療薬」と偽り、女性に飲むよう促した。

 女性は信じてしまった。「赤ちゃんが死んだら耐えられない」と思ったという。

 被告は知人からもらった性病薬の紙袋に中絶薬を入れていた。「医者に確認したけど飲んでも大丈夫」「1日2回、12時間おきに飲まないといけない」。被告が先に薬を飲み、女性も追って飲んだ。

 ただし、被告が飲んだのは本物の性病治療薬。女性が飲んだものは中絶薬だった。

 「(残りの薬は)明日また渡すから」。女性は不審に思った。なぜまとめて渡さないのだろう。

 被告が風呂に入っている隙に紙袋を確認すると、薬局の袋の氏名欄が消され、その上に被告の氏名が手書きされていた。

 発熱や腹痛も感じ、両親や警察に相談。翌25日に病院を受診した。検査では胎児の心拍を確認できたこともあったが、10月23日に流産した。

 被告は今年2月、福岡県警に逮捕された。
     ◇
妊娠を打ち明けたら「あー、まじか」


 妊娠中絶薬は、日本では承認されていない。ただ、過去には海外から個人輸入して使用し、大量出血やけいれんといった副作用による事故も起きていた。厚生労働省は危険性を理解するよう呼びかけている。

 検察官「薬の副作用については調べた?」

 被告「調べてないです」

 検察官「なぜ」

 被告「(注文サイトの)レビューを調べたときに、そこにこんな症状が出るかもと出ていたので」

 検察官「どんな症状が書かれていた?」

 被告「頭痛とかです」

 検察官「日本で売っているものがないかとかは考えなかった?」

 被告「考えなかったです」

 検察官「なぜ」

 被告「調べたら中絶薬が出てきて、『じゃあこれでいいや』と思って」


 法廷では、女性と、女性の父親の供述調書も読み上げられた。

 女性は出産を望んでいたが、妊娠を打ち明けたとき、被告はこう言ったという。「あー、まじか。今はタイミング違うやん」

 「妊娠が分かってうれしい気持ちだったが、被告からそう言われて悲しくなった」(女性の調書)

 「娘は『生まれてくればかわいかっただろう。やっぱり産みたかった』と言っていた。(胎児は)私たちにとっては孫、娘にとっては子ども。いなくなったことは紛れもない事実で、許せない」(女性の父親の調書)


「母体への危険性を全く考慮しない悪質な犯行」

 公判では淡々と事実関係を認めた被告。被害者たちの調書を検察官が朗読する間も、表情を崩さなかった。

 弁護人「妊娠する意味についてはどう考えていますか」

 被告「軽く考え過ぎていました」

 弁護人「中絶薬を飲ませたことについては」

 被告「本当に、僕の軽はずみな行動で傷つけてしまい、謝罪の気持ちでいっぱいです」

 弁護人「だまされた女性の気持ちは理解していますか」

 被告「信用していた人に裏切られた気持ちは、言葉で表せないほどつらいと思います」

 弁護人「胎児についてはどう思いますか」

 被告「生まれてきたら明るい未来があったと思う。それを、僕が軽はずみな行動で奪ってしまった。取り返しがつかないことをしてしまった」


 検察側は論告で、被告の行為を「母体への危険性を全く考慮しない悪質な犯行」「他人の心情や生命、身体の危険性を顧みず、身勝手極まりない」と指摘。また、未承認の中絶薬をネットで入手したことについても「誰しも容易に模倣しうる。同種犯行を防ぐため、厳罰をもって臨む必要がある」と訴え、懲役3年6カ月を求刑した。
     ◇
 6月28日、被告は同じ黒いスーツに黒のネクタイを身につけて判決を聞いた。裁判長は動機を「女性の妊娠を知った被告が結婚を余儀なくされ、束縛されるのは困ると考えた」と認定し、「母体や胎児の安全を脅かす事案。卑劣な行為で、見過ごすことはできない」と被告を強く非難した。

 言い渡された判決は、懲役2年6カ月、執行猶予4年。

 裁判長は、猶予期間中に罪を犯すと執行猶予が取り消されることを説明し、最後に「気をつけて生活してください」と言葉をかけた。

 身じろぎせずに座っていた被告。「はい」とだけ答え、法廷を立った。

 検察側、被告側ともに控訴せず、7月13日に判決が確定した。(布田一樹)