「診察してあげる」麻酔から目覚めたら医師が勝手に堕胎を…その罪と罰
前田恒彦元特捜部主任検事
2020/8/13(木) 9:07
知人女性から妊娠を告げられ、診察と称して麻酔をかけて勝手に堕胎、負傷させたとして、岡山の医師が逮捕された。その後の捜査で詳細が判明しつつあるが、2009年に起きた同様のケースを思い起こさせる事案だ。どのような事件?
事件の経緯や状況などについては、次のように報じられている。「妊娠していた知人の20代女性…の承諾を得ないまま堕胎させたとして、不同意堕胎致傷の疑いで岡山県警に逮捕、送検された岡山済生会総合病院…の外科医…が犯行前、女性に中絶を迫り、断られていた」
「容疑者には婚約者がいたことも判明。胎児の父親である可能性が高いことが分かっており、県警は婚約者との関係を守るために犯行を決意した可能性があるとみて、慎重に裏付けを進める」
「容疑者は女性に『診察してあげる』と持ち掛けて病院に呼び出し、院内で堕胎術を行った」「女性は『胎児をおろすつもりはなかった』と話している」
「事件があったとされる5月17日は日曜日」「容疑者が人目につきにくい診察室や、麻酔薬などの薬剤を無断で使った可能性がある」
「容疑者は…女性に無断で妊娠2カ月の胎児を堕胎させるとともに、約1週間のけがをさせたとして今月9日に逮捕された。容疑を認めている」
事件の2日後に主治医である産婦人科医が女性を診察したところ、胎児の心音が聞こえず、その経緯に不審な点があったことから、警察に通報して発覚した。
堕胎罪とは
刑法には殺人罪があるが、その対象である「人」といえるためには、胎児が母体から一部でも露出していなければならない。そこで刑法は、胎児や母体を保護するため、自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体から分離すること自体を処罰の対象としている。妊婦の同意の有無などに基づき、次のように分類される。
(1) 自己堕胎罪
妊婦が薬物を用いるなどして自ら堕胎したら最高刑は懲役1年
(2) 同意堕胎・同致死傷罪
妊婦以外の者が妊婦の嘱託・承諾により堕胎させたら最高刑は懲役2年。その結果、妊婦を死傷させたら最高刑は懲役5年
(3) 業務上堕胎・同致死傷罪
(2)が医師、助産師、薬剤師、医薬品販売業者による場合、最高刑は懲役5年。その結果、妊婦を死傷させたら最高刑は懲役7年
(4) 不同意堕胎・同致死傷罪
妊婦の嘱託・承諾なしに堕胎させたら最高刑は懲役7年。その結果、妊婦を死亡させたら最高刑は懲役20年、負傷させたら最高刑は懲役15年
今回の医師は(4)の不同意堕胎致傷罪に問われている。堕胎罪の中でもかなり重い部類だ。
立件は珍しい
ただし、堕胎罪そのものは全体でも年間で0~数件程度しか検挙されていないし、その場合も書類送検にとどまっており、逮捕に至ること自体が珍しい。表に出にくい犯罪であるうえ、次の要件をみたした場合、母体保護法によって人工妊娠中絶が適法となるからだ。
(a) 妊娠の継続・分娩が身体的・経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがあるか、暴行・脅迫により、または抵抗・拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した場合
(b) 胎児が生命を保続することのできない妊娠満22週未満の時期に行う
(c) 医師会の指定を受けた指定医師が行う
(d) 妊婦本人の同意及び配偶者がいればその同意を得て行う(配偶者が意思表示できないときなどには本人の同意だけで足りる)
この結果、わが国では年間16万件もの人工妊娠中絶が行われている。
過去にも同様のケースが
その意味で、今回のケースはかなり異例だ。ただ、2009年にも東京慈恵会医科大学附属病院に勤務していた医師が似たような事件を起こしている。交際していた看護師から妊娠を告げられたが、数日後に別の女性と結婚することが決まっており、破談を避けるため、栄養補給と称してこの看護師に子宮収縮剤を飲ませ、陣痛誘発剤を点滴するなどし、妊娠6週目の胎児を流産させた。
この医師は2010年に不同意堕胎罪で逮捕、起訴され、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受け、2011年に医師免許を取り消されている。
今回は不同意堕胎罪ではなく、不同意堕胎致傷罪であるうえ、薬物で流産させたのではなく、自ら堕胎手術を施していることから、このケースよりも格段に刑事責任が重い。
生命や健康を守るべき医師が身勝手な動機からその立場や知識、経験を悪用して実行した計画的な犯行だということで、もし起訴されて有罪になれば、実刑を免れないだろう。
【共同通信】2021年2月24日11:50 午前1年前更新
元外科医の男に懲役2年妊娠していた20代の知人女性に無断で堕胎手術を行い、けがをさせたとして、不同意堕胎致傷の罪に問われた岡山済生会総合病院の元外科医、藤田俊彦被告(34)に岡山地裁(御山真理子裁判長)は24日、懲役2年(求刑懲役5年)の判決を言い渡した。
検察側は、被告は当時、別に婚約者がいるのに肉体関係にあった知人女性から妊娠を告げられ、中絶を懇願したが拒まれたため犯行に及んだと指摘。医師の立場や知見を悪用したと述べた。
被告側は起訴内容を認め反省し、被害者と示談が成立しているとして執行猶予付き判決を求めていた。
元外科医の男に懲役2年 知人女性堕胎罪、岡山地裁
日本経済新聞 社会・くらし
2021年2月24日 13:08妊娠していた20代の知人女性に無断で堕胎手術を行い、けがをさせたとして、不同意堕胎致傷の罪に問われた岡山済生会総合病院の元外科医、藤田俊彦被告(34)に岡山地裁(御山真理子裁判長)は24日、懲役2年(求刑懲役5年)の判決を言い渡した。
判決理由で御山裁判長は、被告は当時、別に婚約者がいたが、交際相手だった女性から妊娠を告げられ、堕胎する目的で女性を勤務先の病院に呼び出したと指摘。「婚約者との関係や職場での立場のために犯行に及んでおり、悪質かつ違法性が高い」とした。
被告が投与した鎮静剤は安全な量で、反省の手紙を出し、800万円で女性側と示談も成立したが「女性側は厳罰を望んでおり、尊い生命が奪われたことは回復不能で刑事責任は重い」と量刑理由を述べた。
被告側は起訴内容を認め反省し、示談が成立しているとして執行猶予付き判決を求めていた。
判決によると、被告は昨年5月17日、勤務先の病院で、当時妊娠約2カ月だった女性に鎮静剤や麻酔薬を使い、意識を失わせ、本人の同意なしに胎児を堕胎させた。女性は急性薬物中毒や全治約9日間の傷を負った。〔共同〕
朝日新聞デジタル記事
交際相手に無断で堕胎手術 元医師に懲役2年の実刑判決
中村建太2021年2月25日 9時24分
自身の子を妊娠した20代女性に無断で堕胎手術をしたとして、不同意堕胎致傷罪に問われた岡山済生会総合病院の元外科医、藤田俊彦被告(34)=懲戒解雇=に対し、岡山地裁は24日、懲役2年(求刑懲役5年)の実刑判決を言い渡した。判決によると、藤田被告は別にいた婚約者らに女性の妊娠が発覚することを恐れ、女性に堕胎を求めたが断られた。そこで「エコーで胎児の様子を確認したい」と病院に誘い出し、昨年5月17日、麻酔薬などを投与。意識を失わせて注射針で腹部を負傷させ、さらに子宮内に高濃度のエタノールを注入して妊娠2カ月の胎児を堕胎させた。
判決で御山真理子裁判長は「身勝手かつ自己中心的でくむべき点はない」「医師としての立場を悪用しており、強い社会的非難に値する」と指摘。一方、執行猶予を求めた弁護側の主張に対し「女性と示談が成立していることや、懲戒解雇されたことなどを考慮しても執行猶予すべき事案ではない」と退けた。
藤田被告は罪状を認め、被告人質問では「子どもを認知してほしいと言われ、関係性を持ち続けるのが恐怖だった」と話していた。(中村建太)
控訴審では執行猶予付きになったようだが、現時点では過去のリンクが消えていた。(2022/5/19)