リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

犯罪被害者支援弁護士フォーラム:性暴力による妊娠中絶、なぜ「加害者の同意」が必要? 厚生省は通達で「いやしくも便乗して…」

Yahoo ニュース 小川たまか2020/7/5(日) 12:08

 6月26日、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」の弁護士たちが、日本医師会に意見書を提出しました。

(参考)

“性的暴行の妊娠中絶 加害者の同意不要” 医師に徹底を要望(6月26日/NHK WEB)

 性的暴行被害を受けて妊娠した女性が中絶を希望した際に医療機関から「加害者の同意」を求められるケースがあり、これを強く問題視するものです。

 要望書を提出した一人、上谷さくら弁護士は「最近になってこの実態を聞き驚いた。調べてみたところ、同様の例が複数あることがわかった」と話します。

 下記は、犯罪被害者支援弁護士フォーラムが調べた事例です。

(1)警察が捜査をしている強制性交等罪被疑事件で、被害者が妊娠し、中絶手術を受ける際、病院から「加害者の同意」を要求され、加害者が逃げているため同意を得ることができず、何件も病院を回った。

(2)未成年者がレイプされて妊娠し、病院で中絶を受けようとしたところ、加害者の同意がないことを理由に拒否され、同意なしで手術できる病院を探し回り、中絶可能な妊娠週数を目前にようやく中絶できた。

(3)妊娠したレイプ被害者の中絶手術に際し、病院が同意書の配偶者欄に第三者の名前を書かせた。

(4)「病院の方針として加害者の同意が必要」と言われ、中絶手術を拒否された。

 母体保護法では、「身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」または「暴行もしくは脅迫によってまたは抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」については、「本人及び配偶者の同意を得て」人工妊娠中絶を行うことができるとされています。

母体保護法

第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」と言う。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。

一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの

二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。

 ここからは、性的暴行によって妊娠した場合に「加害者(性交をした相手)の同意が必要」という趣旨は読み取れません(※ただし、未婚女性の妊娠や、配偶者による性的DVでの妊娠について想定されていないかのような条文です)。

 それではなぜ、「加害者の同意」を求める医療機関があるのでしょうか。

 ある産婦人科医は、「男性側の同意のない中絶手術をして、あとから訴えられることを恐れている。要は保身です」と話します。実際に、日本産婦人科医会の公式サイトでは、未婚者への中絶手術を行う場合でも相手からの同意を得ることがトラブル回避になると推奨されています。

 繰り返しになりますが、母体保護法では、既婚女性の場合に配偶者の同意が必要とされていますが、未婚女性の中絶の場合に相手の同意は必要とされていません。

 しかし実際の医療現場では未婚の場合でも相手の同意を取らせることが多く、この「パートナーの同意」の徹底意識が、性的暴行の「加害者」であっても同意が必要という意識につながっているようです。

「いやしくも和姦によって妊娠した者が…」 厚生省の残念な通達

 また、支援弁護士らは、平成8(1996)年に厚生省(現・厚生労働省)から出された通達に問題があるのではないかと指摘します。

(平成8年・厚生省通達)

人工妊娠中絶の対象

(2)法第一四条第一項第二号の「暴行若しくは脅迫」とは、必ずしも有形的な暴力行為による場合だけをいうものではないこと。ただし、この認定は相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者が、この規定に便乗して人工妊娠中絶を行うことがないよう十分指導されたいこと。

 なお、本号と刑法の強姦罪の構成要件は、おおむねその範囲を同じくする。ただし、本号の場合は必ずしも姦淫者について強姦罪の成立することを必要とする者ではないから、責任無能力等の理由でその者が処罰されない場合でも本号が適用される場合があること。

※太字部分は筆者による

 太字にした部分でわかるように、性的暴行の被害者ではない人が虚偽の申告をする場合があることを懸念し、医療従事者に「指導」を求めています。

 しかし、行われた行為が性的暴行だったか、それとも同意がある性行為だったのかは、警察の捜査や司法でも簡単に答えが出るものではありません。昨年3月には、被害者側にとって同意のない性行為が行われたことを認めつつも、加害者に故意がなかったからという理由での無罪判決が相次ぎました。現在の刑法では、被害者の意に沿わない性行為であっても、裁かれない場合もあります。

 被害者にとって性的暴行であったとしても、刑事事件とならない性暴力は多くあります。医療従事者にそれをジャッジせよというかのような通達は、中絶を望む女性、医療従事者双方にとって酷なものに感じます。

 上谷弁護士は言います。

「起訴できないケースなんて山ほどあります。警察や弁護士でも強姦か和姦か判断がつかないことがあるのに、なぜ医療従事者に判断を求めるのでしょう」

起訴状や判決文を待って強姦の事実を確認するという理不尽
 昨年12月に行われた日本医師会の「家族計画・母体保護法指導者講習会」で、こんな質疑応答があったことがわかっています。

(フロアからの質問)

強姦の確認は、本人の証言のみで良いか? 

(回答)

強制性交等罪に関しては、本人の証言のみの確認ではなく、文書による確認が必要である。強姦であれば、起訴状や判決文があるため、これにより確認する。

(注)2017年の性犯罪に関する刑法改正により、強姦罪は強制性交等罪に名称変更。

 前述した通り、刑事事件とならない性的暴行は多く存在しますし、警察に相談・通報することのできない被害者もいます。また、起訴状や判決文を待っていては、初期中絶・中期中絶ともに困難になってしまう可能性も大きいのではないでしょうか。

 本当に性的暴行が行われたのかを医療現場でジャッジしたり、加害者の同意を確認したりということがあるのであれば、被害に遭った女性は事実を隠し、「身体的または経済的理由」と説明したり、「相手が誰だかわからない」といった説明をした方が中絶しやすいということになってしまいます。

 性的暴行や性虐待は警察へ相談できない被害者も多く、本来であれば医療現場はそういった被害を発見し、被害者をワンストップ支援センターにつなぐなどする機関の一つでなければならないはずです。
(注)ワンストップ支援センターは性暴力被害者のための相談機関。全都道府県に1か所以上設置されているが日本では病院連携型センターの少なさが指摘されている。

 現在、産婦人科医であっても、性被害や性虐待に特化した専門研修は必須ではないと聞きます。どうか医療機関が、性被害当事者にとって頼れる安心な場所であってほしいと思います。