早稲田大学 保健医療社会学論集 第 28 巻 1 号 2017
産婦人科医療の場は、胎児を愛情の対象である「赤ちゃん」とし、妊婦を「お母さん」とすることを自明としている。中絶はその自明の前提への挑戦として非難されがちだ。しかしこうした妊娠への見方自体、妊娠・出産が医療化され、医療的知識が人々の妊娠に対する感じ方を変える中で生まれており、当たり前の感覚ではない。中絶した女性は胎児への強い愛着で心理的ダメージを負うと言われるが、すべての女性が当てはまるわけではない。中絶では胎児に強
い罪責感を感じるべきという規範的前提から、そうでない女性は医療の中で安易」だとされる。しかし、そもそもなぜある医療を受けることが、「安易」かどうかという基準で裁かれるのか。本研究では、医療に見られる「赤ちゃん」として人格化された胎児像と、それを基に妊娠した女性を「母親」として扱い、胎児への愛情を示さないことを「安易な中絶」とみなす価値基準について、中絶を経験した女性のインタビューを基に批判的に検討した。
キーワード:人工妊娠中絶、母性、胎児の人格化、ジェンダー、妊娠の医療化