リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

「捨てるのではなく、守る場所」 韓国の先駆的母子支援

朝日デジタル 内密出産4回目

内密出産 いのちをつなぐ④

 親が育てられない子どもを匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営している慈恵病院(熊本市)の蓮田健副院長ら11人が1月末、韓国・ソウルを訪れた。母子の命や権利を守る取り組みで先行する施設を視察するためだ。訪問に同行し、韓国の現場を取材した。

 1月31日午後、最初の視察先のソウル市西大門区にある未婚の母子の生活を支える施設「愛蘭院(エランウォン)」の本部。一行を出迎えた姜英実院長が施設の概要を説明してくれた。愛蘭院の創立は1960年と古く、当初は養子縁組と短期間の入所保護をするキリスト教系の施設として始まった。約40人の母子が入所しているという。

 注目されているのは、予期せぬ妊娠をした女性への一貫した支援だ。まず女性からのSOSを「危機的妊娠支援センター」の電話で受け付け、安全に出産できる環境を整える。その後、母子ともに暮らせる施設に入所させ、母親には通学や職業訓練の機会を提供。地域社会での自立まで4~5年かけて支える。姜院長は「ワンストップサービスで長期にわたって集中的に人的・財政的投資を続ければ、確実に母親の自立につながる」と話す。

 国や地方自治体など行政への働きかけも積極的だ。2002年に主催したセミナーでは愛蘭院を利用する母子が壇上にあがり、「私たちを1年支えてください」と直訴。参加した国会議員や政府の役人らの協力を取り付け、ひとり親家族の自立支援や経済的支援などを盛り込んだ「ひとり親家族支援法」の整備にもつなげた。

 翌2月1日はソウル市冠岳区の「ベビーボックス」を訪問。09年12月の開設以来、1694人の赤ちゃんが預けられ、その命を救ってきた。


 運営する「主の愛共同体教会」の李鍾洛牧師(65)によると、韓国南部の済州島からフェリーに乗り、14時間かけて赤ちゃんを預けに来た母親もいたという。李牧師は訪れた母親を施設に招き入れ、「あなたは子どもを守った。よく頑張った」と声をかける。母親の罪悪感を消すためだ。「ここは子どもを捨てるのではなく、守る場所なのです」

 李牧師らは80人を超える国会議員らにロビー活動を続け、未婚の母子らの権利を守る「秘密出産法」の制定運動を続けている。法案は17年に出来たが、成立には至っておらず、2月には国会議員らが記者会見を開いて法案通過を訴えた。李牧師は「国民を守るのは国の義務。手をさしのべなければ死んでいく命をなぜ見捨てるのか。政治家の責任は重い」と話す。

 慈恵病院は昨年12月、予期せぬ妊娠をした母親が病院にだけ身元を明かした状態での「内密出産」の受け入れを始めた。危険な孤立出産を未然に防いで母子の命を守り、「子どもの出自を知る権利」も保障する取り組みだ。経済的に困窮している妊婦を出産まで一時保護する施設を院内に設ける計画も進めている。今回の韓国視察では、養子縁組支援センターの李雪我代表と「出自を知る権利」についても意見を交わした。


 2日間の視察を終えて記者会見した蓮田副院長は「ベビーボックス、特別養子縁組、母子支援とそれぞれが先駆的な取り組みをしている団体だった」と話し、各団体が民間活動を先行させて公的支援を勝ち取ってきたと指摘。「慈恵病院も、母子のためにより良い社会になると発信できる活動とシステム作りを続けたい」と述べて、各都道府県に一つ、同様の医療機関が設けられることが理想だとの考えを示した。

記者が感じた日本の「壁」

 今年1月末、慈恵病院の談話室。スタッフに付き添われて入ってきた女性は、穏やかな表情をしていた。我が子との対面を済ませた直後だからか、印象に残った。

 病院への事前取材で、親から虐待を受けて育ったこと、そのため妊娠と出産を親に隠さなければならず、半年前に孤立出産をしたことが分かっていた。女性の「心の傷」に触れる取材。少しずつ間合いを詰めるように質問を重ねた。女性は言葉を選びながら質問に答えてくれたが、孤立出産をした時の不安や孤独感を思い出して涙を流し、取材はたびたび中断した。それでも「自分の話が役に立つなら」と、語ってくれた。

 私が熊本市に転勤となり慈恵病院の担当記者になったのは昨年5月。病院や市の発表を取材し始めると、内密出産の導入を阻む雰囲気に「違和感」を持った。

 当初、熊本市は導入が進まない理由の一つに「戸籍法との整合性がとれない」を挙げていた。だが、法務省によると「子供の戸籍の作成は可能」。慈恵病院が昨年12月に導入を表明した際には、市は「子どもの権利条約」を持ち出して、「出自を知る権利が保障されていない」。厚生労働省も18、19年度予算で海外の事例を調査研究中のまま。20年度も子育て関連の調査予算枠は計上しているが、何を研究するかはまだ決まっていないという。

 「行政は内密出産を実施したくないのか」。そう考えた時に、脳裏に浮かんだのは日本に根強くある「伝統的家族観」という壁だ。選択的夫婦別姓同性婚LGBT、子育ては母親がするもの――。これまでも家族のあり方が変わろうとする動きを押しとどめてきた価値観が、ここでも頭をもたげていた。

 2007年2月、熊本市が慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」の設置許可に向けて動き出した際、第1次政権の安倍晋三首相は「親として責任を持って産むことが大切ではないか」などと発言。今回の内密出産の導入についても、安倍首相は今年1月の衆院本会議で「出産後に実親が養育しない子どもが増加するのではないかなどの課題もある」と述べた。

 時の政権が積極的ではない現状で、内密出産に後ろ向きな官僚や地方自治体の職員を責めるのは酷な話だ。一方、内密出産をめぐる取材では、現状にあらがう数多くの人に出会えた。

 その1人、韓国のベビーボックスの創始者の李鍾洛牧師(65)は「国民を守るのは国の義務。手をさしのべなければ死んでいく命をなぜ見捨てるのか。政治家の責任は重い」と話した。孤立出産を経験した女性は「私が話すことで、同じ苦しみを味わう女性を一人でも減らしたい」と語ってくれた。赤ちゃんの遺棄事件などが続く悲しい現実を変えるには政治の力が必要だ。記事を通して、「命をつなぐ」ために力を尽くす人たちの声が政治家や行政に届くことを願う。(白石昌幸)

digital.asahi.com