リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

日本は何教の国?

政府答弁で繰り返される「胎児生命」「いろいろな意見」

最近はいわゆる「カトリック」国での中絶合法化・脱犯罪化が目立つ

2017.9.23 それまで中絶が厳禁だったチリで、女性の生命保護、胎児障害、レイプによる妊娠の場合の中絶を合法化
2018.5.26 アイルランドで胎児生命を女性の生命より優先していた憲法修正条項を国民投票によって撤廃
2020.3.18 ニュージーランドで中絶を脱犯罪化
2021.1.1 韓国で堕胎罪撤廃
2021.1.24 アルゼンチンで中絶合法化
(後日追記)
2021年9月 メキシコでも中絶合法化。

あらゆる中絶を厳禁していた地中海の島国「マルタ」でさえ、つい最近、堕胎罪廃止の法案が提出されるという歴史的な一歩を踏み出したと報じられている。人口44万人。Lawmaker urges Malta to stop criminalising women who seek abortions | Reuters

マルタでこの法律が通過すると、中絶が全面禁止の国々は、エルサルバドルニカラグア、ドミニカ、バチカンと世界で4ヵ国のみになる。バチカン以外は中米の国々ばかり。

エルサルバドルは1975年に女性の命の危険、レイプ、胎児の重篤な障がいを理由による中絶は可能とする法をいったん作りながら、1993年に「胎児の日」を制定し、1998年にはすべての理由の中絶を全面禁止した。エルサルバドルは約半数がカトリックだが、三分の一がプロテスタントだという。国土は九州の半分の面積で人口600万人台で中南米でも最も小さい国である。

ニカラグアにおける人工妊娠中絶は完全に違法である。2006年11月18日に施行された法律の改正前は、「治療上」の理由で妊娠を終了させることが認められていたが、この条項は無効とされた。カトリック教徒が8割を占め、国土は日本の三分一程度、人口600万人。一方、中絶は合法化すべきだとの世論は根強く残っている。

ドミニカはヒューマン・ライツ・ウォッチの2021年4月22日の報によると、1984年以来、今もすべての理由の中絶が禁止されている。
Dominican Republic: End Total Abortion Ban | Human Rights Watch
面積は九州に高知県を合わせたほどで、人口は約1000万人、カトリックがほとんどを占める。

バチカン市国の人口は約1000人、女性人口率は5%ですべてスイス衛兵の妻(階級の高いもののみ妻帯可能)だが投票権はない。子どもたちはローマ市内に作られた学校に通う。バチカン市国の中には病院はないため、国内の出生率はゼロ。もちろんすべての中絶を禁じている。というか、ここが本家本元。

このところ、人口380万人のポーランドがこのグループの仲間入りしつつある。たとえこの国を加えても、世界で中絶を全面禁止している国で暮らす人は2000万人にも満たず、世界人口78億の0.2%未満でしかない。しかも彼らに共通しているのはキリスト教の「カトリック」の信念である。

日本の政府は「胎児生命」だとか「考え方はいろいろ」だとかお茶をにごしてばかりいるが、彼らの「胎児生命」への考え方は「いろいろ」ではない。ローマ・カトリックの長い歴史と枢機卿などによる激烈な議論の末に作り上げられたものなのである。

なんとなく「胎児が可哀想」とかいう話では全くないのだ。それとも、「胎児生命尊重」を主張する人はカトリック教徒なのか? しかも、それを日本の国教にすることを企んでいるとでもいうのなら実現可能性はともかく、まだ理解はできるけど。

ここで少し面白いことに気づく。中絶全面禁止はカトリックの教えが出処になっているとして、これらの国々のGGIはすべて日本より高い。ニカラグア12位、エルサルバドル43位、ポーランド75位、ドミニカ89位。

以前見てきたように、ICPDで提唱されたリプロダクティブ・ライツへの反対国には、これのカトリックの国々に加えてムスリムが加わる。ムスリムのGGIは日本と同程度のところが多かった。

ここから考えられるのは、こと中絶の問題については「神との関係」としてカトリックは捉え、信仰ゆえに反対する。だが、そこに「女性の権利」が加わってくると、家父長制のムスリムが反対派に加わって来る。つまり「リプロダクティブ・ライツ」への反対には2つの要素が働いているわけだ。「胎児生命」に対する宗教的な信念と、それとは全く別の男女間のパワーバランスに関する信念なのである。

こうなってくると、日本政府が「胎児生命」「いろんな議論」と誤魔化している裏に、どんな論理が働いているのかも透けて見えてくる。明らかに、それは宗教的信念ではない。そもそも中絶を簡単に行える制度にしている国で「胎児生命尊重」を大義にするのはまやかしでしかない。そうではなく、女子どもに対する家父長制的支配構造の維持を求める男尊女卑のイデオロギーが、日本では働いているのである。そう考えれば、パターナリスティックな「性教育反対」も、男女の力関係を分析するための「ジェンダー」概念の導入にも、徹底して反対してくるのも当然である。