リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ロウ判決の危機

ハートビート法

 アメリカという国は合州国であって、それぞれの州に法律があるのだが、州法はアメリカ連邦憲法に則っていなければならない。つまり連邦裁判所で違憲判決が下されると、その州法は廃止しなければならないし、同様の内容をもつ別の州の州法も一緒に廃棄される。
 トランプ政権下のここ数年間のうちに南部の保守的ないくつもの州で「ハートビート(心拍)法」や「胎児心拍法」の法案が出された。ほとんどの法案は通過しなかったが、テネシー州テキサス州では機械により胎児心拍が確認できるようになる妊娠6週以降の中絶が違法とされてしまった。妊娠6週というのは、月経が規則正しく来る人でも、月経予定日から「あれ? 遅れている?」とようやく気づけるかどうかのわずか数日間のうちに突入してしまうほど早いタイミングだ。現在の日本では中絶可能な妊娠21週と比べると、3カ月半も早く中絶できない期間が訪れることになる。
 現在いくつもの州で法廷闘争が行われているが、トランプ就任中に逝去したリベラル派のルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事の後任として保守派のエイミー・コニー・バレットが指名されたため、最高裁判事の構成はリベラル派3人対保守派6人になっている。
 そのため1973年に女性のプライバシー権に基づいて「中絶の権利」を認めたロウ対ウェード裁判の判決が覆されるのではないかと、リベラル派は警戒感を強めている。
 おまけにテキサス州で最近制定されたハートビート法は、違法の中絶(妊娠6週以降の中絶)を行っている人を見つけたら誰でも訴え出ることができる。しかも、訴え出た人がその裁判に負けても金銭的負担がないように州が保障しているのだ。
雑誌Ms.は次のように報じている。

 心拍がいつ生命の存在を知らせるかについては、科学的には意見が分かれていますが、ある医学者は、妊娠初期には心拍は「電気的活動をしている一群の細胞」にすぎないと言いましたが、それがどのくらいの時期に起こるかについては意見が分かれていません。ほぼすべての女性にとって、月経が来なくなってすぐではすでに遅すぎます。大人の女性が間に合わないということは、父親や兄、叔父にレイプされた若い女性にとってはどうなるか想像に難くありません。
 さらに悪いことに、この法案では、レイプ犯を除く州内のすべての人が、法律に違反した人を民事訴訟で告発することを委任されています。違反者とは、中絶を希望する女性だけでなく、その女性の「援助者」や「幇助者」、つまり経済的、論理的、その他の方法で中絶を手助けする人たちのことです。友人、家族、カウンセラー、聖職者、そしてレイプ被害者を非営利団体につなぎ、中絶や医療を受けるためのカウンセリングやサポートを日常的に行っている被害者の権利を守る弁護士である私も当てはまります。何百もの軽薄で嫌がらせのような訴訟が裁判制度を圧迫していることを考えてみてください。
 この法案は、違反者を訴えた原告に最低1万ドルの損害賠償と裁判費用、弁護士費用を与えることで、訴訟を助長しています。敗訴しても、原告は被告の弁護士費用や裁判費用を負担する必要はありません。つまり、訴えられた個人や組織は、たとえ裁判には勝てても、根拠のない訴訟から身を守るための法廷費用で破産してしまう可能性があるのです。

ポーランドも最後の頼みの綱だった胎児障がいを理由にした中絶まで禁止され、中絶のできない国になってしまった。一方で、かつては中絶が厳しく取り締まられていたアイルランドやアルゼンチンは中絶が合法化されている。

世界全体を見れば中絶合法化に向かっている国々は多い。しかし、世界の常識が全く通じていない日本のリプロが今後どうなっていくのかは、私たち一人ひとりにかかっているのかもしれない。