imidas連載コラム
雨宮処凛(作家、活動家)の記事です。
なぜ、「妊娠させた男」の罪は問われないのか〜新生児殺害・死体遺棄事件から浮かび上がるジェンダーギャップ | 連載コラム | 情報・知識&オピニオン imidas - イミダス
2021/11/02
突然だが、男性に問いたい。
ある日警察が来て、「22年前、あなたが性交渉した相手があなたとの子どもを妊娠していた、しかもその女性は孤立出産して子どもを殺してしまったことが判明した。ついては事情を聞きたい」と言われたら、一体どうするだろうか?
急にこんなことを書いたのは、2021年2月に報道されたあるニュースを知ったからだ。
それは、46歳の女性が保護責任者遺棄致死で書類送検されたというニュース。
なぜ書類送検されたのかと言えば、22年前の1999年、赤ちゃんを出産していたからだ。女性は生まれたばかりの赤ちゃんを東京都足立区の寺の境内に遺棄、赤ちゃんは亡くなった。以降、この事件の「犯人」であるかもしれない母親が誰かは闇の中だったのだが、最近、乳児のへその緒などから採取したDNAが最新技術で再鑑定されたのだ。その結果、別の事件で立件された女性と一致したというわけである。女性は任意の聴取に対して、「トイレで産んだかもしれない」と認めているという。
ちなみに保護責任者遺棄致死の事件については時効が成立しているので、不起訴となる見通しと報道は伝えている。
この一報を耳にした時、なんとも言えないもやもやが突き上げてきた。
生まれたばかりの赤ちゃんが捨てられるのはなんとも痛ましいことだし、小さな命が奪われた罪は当然、償わなければならない。
しかし、20年以上が経ち、時効も成立しているのに突然書類送検となり、大々的に報道される意味や意義は、果たしてどこにあるのだろうか。
私たちは、毎年のように妊娠を誰にも言い出せず、自宅などでひっそりと出産し、どうしていいかわからず手をかけてしまったという事件を見聞きしている。
2021年9月末にも、自宅で出産した高校生が逮捕されている。
高校生は8月なかば、自宅敷地内の屋外トイレで女児を出産。赤ちゃんをポリ袋に入れて放置。逮捕された高校生は出産前、通院しておらず、家族にも妊娠のことを相談していなかったという。
その少し前には、就職活動で上京した際、空港のトイレで出産した女児を殺害した23歳女性の裁判が注目を浴びた。女性は19年11月、多目的トイレで出産後、女児を殺害。妊娠については家族に告げておらず、殺害の理由については「予期せぬ出産でパニックになり、気がついたらトイレットペーパーを口につめて首に手をかけていた」と語っている。
遡る7月には、あるベトナム人技能実習生に科せられた「実刑」が大きな話題となっていた。この女性は20年11月、双子の赤ちゃんを死産し放置したとして死体遺棄の罪に問われていたのだが、懲役8カ月、執行猶予3年の有罪判決となったのだ。
これに対して、外国人技能実習生問題弁護士連絡会は、「妊娠、出産すると強制帰国させられるという技能実習生のおかれた状況を無視し、孤立出産した女性を広範に犯罪者と扱うおそれがある」として強く抗議している。
このような事件が起きるたびに、「身勝手な母親」「勝手に妊娠・出産して困ったら殺すなんて無責任すぎる」などと女性に対する非難が嵐のようにわき起こる。もちろん、小さな命が奪われてしまったことは痛ましいし、裁かれるべき罪であることは間違いない。
それでもこの手の事件が起きるたびに思うのは、「なぜ、妊娠させた男のほうは影も形もないのだろう?」ということだ。
女性ばかりが責められ、実名と顔を晒され「犯罪者」として全国に知れ渡る。その一方で、妊娠させたほうは存在自体が最初から忘れ去られているようだ。その様子は、まるでこの女性たちが全員「処女懐胎」という奇跡を起こしているかのようである。日本国内だけでそんなにしょっちゅうキリスト教界を揺るがす事態が起きるはずはない。
20年の年明けにも、そんな悲しいニュースを耳にした。年末にたった一人、自宅で出産した31歳の女性が年明けすぐに逮捕されたのだ。女性は出産後、赤ちゃんを家に置いてパチンコ店や飲食店の仕事に行っていたという。その間に赤ちゃんは亡くなってしまったのだ。女性は「病院に連れて行くお金がなかった。相談する人もいなかった」と供述したという。
もし自分だったら、と思う。
妊娠がわかり、大きくなっていくお腹を抱え、それでも誰にも相談できない日々はどれほど心細いだろうと。
そんな中、女性はたった一人で出産した。そのことを誰にも言えず、しかもすぐに働きに出ているのだ。それがどれほど過酷なことか、出産経験のない私にもわかる。
この事件の女性もやはり、苛烈なバッシングに晒された。しかし、「自分が妊娠させた女性を放置して父親はどうした?」という声は私が知る限り、どこからも上がらなかった。
もちろん、彼らは保護責任者遺棄致死などの法に触れるようなことはしていない。しかし、法には触れないものの、多くの罪を犯している男性はいる。妊娠にビビって逃げ出す男性もいれば、合意のないまま避妊しなかった男性もいるだろう。しかし、悩み苦しみ、命の危険を冒してたった一人で出産した女性だけがバッシングに晒される。
「福祉とか、公的支援に頼ればよかったのに」
このような事件が起きるたび、そんな意見も耳にする。
が、彼女たちは自分の身に起きていることを誰かに知られると「怒られる」と思っていたのではないだろうか。なぜ妊娠などしたのか、自業自得ではないのかと罵倒され、軽蔑され、全人格を否定されると思っていたのではないだろうか。
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