リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

第156回国会 参議院 憲法調査会 第2号 平成15年2月19日

青山学院大学 申惠丰(しん・へぼん)教授の意見陳述

参考人(申ヘボン君) 本日はよろしくお願いいたします。
 私の専攻は国際人権法で、特に国際人権規約等の人権条約の実施を研究しておりますが、本日は人間の尊厳、個人の育成というテーマで、特に女性や子供の人権をという要請がございましたので、個人の自己決定権をめぐる問題を中心としまして、女性の人権や子供の人権に特に言及しながらお話し申し上げたいと思います。
 まず第一章ですが、個人の自己決定権という問題を考える際に現在の日本で最も重要な出発点になりますものは、憲法はもちろんですが、一九九九年に制定、施行された男女共同参画社会基本法であると思われます。
 お手元のレジュメに法律の前文と第四条を抜粋してございますが、まず前文では、少子高齢化の進展等、我が国の社会経済情勢の急速な変化に対応していく上で、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなくその個性と能力を十分に発揮することができる男女共同参画社会の実現が緊要な課題となっているとされ、男女が性別にかかわりなく自己実現できる社会の実現が二十一世紀日本社会の最重要課題であるとされています。
 そして、第四条では、社会における制度又は慣行が、性別による固定的な役割分担等を反映して男女の社会における活動の選択に対して中立でない影響を及ぼすことにより、男女共同参画社会の形成を阻害する要因となるおそれがあることにかんがみ、社会における制度又は慣行が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響をできる限り中立的なものとするよう配慮されなければならないとされております。
 日本は女性差別撤廃条約を一九八五年に批准し、それに伴い、男女雇用機会均等法の制定など、国内法制にも大きな変化がありました。しかし、後で述べますとおり、雇用面ではむしろ男女の職務分離が進み、賃金格差も縮小しないという様々な問題が山積しております。
 女性差別撤廃条約は、女性差別は男女の役割分担の固定観念からくる部分が大きいことから、そうした偏見をなくすための措置を取ることも国に義務付けておりますが、この男女共同参画社会基本法は、男女平等を目指すと言うにとどまらず、男女が社会のどの分野で活動するかの選択に際して、社会の制度や慣行が特定の方向に人を誘導することのないようライフスタイル中立的なものとするべきことを基本理念としている点で、個人の自己決定権の実現にとって画期的な意義を持ち、今後の日本社会の変革の基本的な枠組みになるべきものと考えます。
 先ほど、平松先生が御報告の中で、日本が諸外国に先駆けて法律を作った例はほとんどないとおっしゃられましたが、この男女共同参画社会基本法に限って言えば、諸外国の差別禁止法を超える先端的な法律であると思います。
 以下では、個人、とりわけ女性の自己決定権をめぐる日本の現行法制度と社会慣行について、既に最近は議論のあるところではありますが、問題の所在と今後の方向性を述べたいと思います。
 レジュメの二章に入ります。
 まず、雇用面から見ますと、男女雇用機会均等法ができ、その後改正されて強化されたとはいえ、これにより現実には多くの企業が、一般職、総合職といういわゆるコース別人事等によって、男性を基幹的労働力とし女性を補助的労働力とする雇用慣行を取るようになりました。これは均等法の下でも雇用管理区分に基づく異なる雇用管理を行うことは違法ではないとされているためでありまして、均等法の制定により、結果的にはコース別雇用による男女の事実上の職務分離がかえって進んだという指摘がございます。そして、雇用区分が異なる結果として、男女の賃金格差や待遇の格差が正当化され、一向に改善されない現状が続いております。
 もちろん総合職として対等に働いている女性もたくさんおりますが、家庭を持つ段階になると、女性は一様に家庭と仕事との両立に苦しむことになります。そして、子供は持たないか、あるいは一人目の子供が生まれた段階で女性の方が仕事を辞めざるを得ないというケースが非常に多くなっております。昨年の厚生労働省の調査では、働く女性の実に七割が第一子出産後に離職しております。これは、雇用というものが、長時間労働することができ、辞令一本で転勤もできる、そのような男性社員を標準に考えられていることから生ずる避け難い結果であります。独身か、あるいは結婚して家庭責任のほとんどを女性に任せることができる、そして長時間労働ができる男性と、結婚すると家庭責任のほとんどを負う女性とでは、労働力として対等に太刀打ちできないのは自明の理であります。つまり、日本の従来の雇用慣行は、一家の大黒柱として家計を担う男性の長時間労働を前提に成り立っており、その結果、多くの場合、女性は非効率な労働力として排除されるか、又はパート労働に回ることになります。
 しかし、こうした従来の雇用の在り方は、女性だけではなく、男性の生活設計や、より大きく社会の少子化の問題にも大きくかかわっております。男性にとっては、一市民としての文化的な生活や家庭生活を奪われている状況があります。また結婚した夫婦でも、男性が家庭責任を担えないために子供はせいぜい一人しか持てないという家庭が増えております。
 さらに、昨今の不況による雇用不安は、一家の稼ぎ手としての役割を期待されている男性にとって極めて厳しい状況を生んでおります。住宅ローンや教育費を抱えた中高年男性の自殺の率は、諸外国には例を見ないほど高い数に上っております。
 専ら男性の長時間労働による家計の維持を前提とした従来の日本の雇用慣行は、現在のような雇用不安の状況下では、家族全員の生活設計を男性の雇用に依存させ不安定にさせるばかりではなく、男性にとっても大変に過酷な状況を強いるものであります。雇用が流動化した現在の社会情勢下では、男性だけではなく女性も就労することによって、家計に複数の収入源を確保することが家族の生活にとって重要な安全弁になるはずであると考えます。
 二章の(2)に入りますが、このような男性中心型の雇用は、単に企業の雇用慣行というだけではなく、税制や社会保障制度上の法制度上支えられてきたものでもあります。
 既に御承知の事柄ばかりかと思いますが、主な点を挙げれば、所得税や住民税の配偶者控除の制度は、女性を専ら家庭での無償労働に従事させることを促す効果を持ち、就労する場合でも、あくまで補助的なものとして労働時間を制限する方向に促すものになっています。
 また、国民年金の被扶養配偶者、いわゆる第三号被保険者制度は、明らかに専業主婦世帯を優遇し、共働き世帯に高い負担を課すものです。収入のない専業主婦に保険料を課すのは酷であるとか、家事労働を負担しているからという議論もありますが、専業主婦世帯の方が往々にして世帯全体の収入は高く、また共働き世帯であっても家庭責任を多く担っているのは圧倒的に女性であることからしても、こうした専業主婦世帯優遇の社会保障制度は見直しの必要があると思われます。
 しかし、他方で、このように専業主婦を優遇する法制度であっても、一たび離婚ということになれば、女性にとっては極めて不安定な生活が待っているのが現状です。すなわち、女性が離婚し、その後就労しても、正社員の四分の三未満の短時間就労にとどまる場合には、女性が受けられる年金は、満期の四十年間加入したとしても生活保護水準よりも低い基礎年金だけであって、老後の経済的保障には全く不十分です。そして、そのことがまた、結婚生活が事実上破綻しており本来は離婚を希望している場合でも、女性側が離婚を思いとどまる大きな理由の一つになっております。
 日本でも、夫による妻への家庭内暴力は深刻であり、近時はドメスティック・バイオレンス法、いわゆるDV法の制定にも至っていますが、夫が妻に頻繁に暴力を振るうにもかかわらず、妻が離婚に踏み切らないときの最たる理由の一つは離婚後の経済的不安であります。女性が経済的に自立していない状況は、女性に対する家庭内暴力を温存する重大な一要因でもあります。
 折しも、昨年六月に、政府税制調査会がまとめたあるべき税制の構築に向けた基本方針は、税制の見直しに当たって、男女共同参画社会の進展の中で個々人の自由な選択に介入しない中立的な税制を提唱し、具体的には配偶者特別控除を一部廃止する方針を示しました。また、同じく昨年六月の経済財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇二は、男女共同参画社会を構築し、女性が働くことが不利にならない制度設計にするとして、税制の配偶者控除の見直しや、男女共同参画社会の理念と合致した年金制度を構築することを打ち出しました。これらは男女共同参画社会基本法に沿った方向性として妥当と評価できますが、今後、より広く、男性中心型の経済社会制度から、男女ともに仕事と家庭を両立しながら社会に参画することができることを促す法制度に向けて具体的な改革が必要な時期に来ていると思われます。
 次に、第三に入りますが、男女共同参画社会の実現と子供の人権の関係について述べたいと思います。
 法制度を個人のライフスタイルに中立的なものにするとしても、子供のいる家庭の場合には子育てを支援する法制度を整えることが非常に重要になってまいります。
 女性の就労をしやすくすると同時に、子供を安心して預けられる保育所学童保育施設の整備が不可欠です。現在の日本では、これらは十分と言うにはほど遠い状況にあります。しかし、他方でまた保育所の完備が重要であるといっても、長時間労働、長時間通勤の現状にただ合わせて、ひたすら保育時間を深夜まで延長するというのも子供にとっては望ましいと言い難いものがあります。保育園を整備するだけではなく、子供が両親と家庭で過ごす時間を確保するためにも、女性だけではなくやはり父親である男性の長時間労働を是正することが不可欠であります。
 また、子供の人権といったとき、最近日本でも急速に顕在化している大きな社会問題として、家庭内での子供の虐待があります。子供の虐待は親が再婚した場合に義理の父母によって行われるケースも多々ありますが、実際に率として最も多いのは子供の実の母によるものであります。これは一見意外なようではありますが、日本の現在の育児環境で、父親が夜遅くまで帰ってこない、核家族化により祖父母の存在も薄いという中で、社会から隔絶されて育児、家事に奮闘している母親の状況から生まれている現実であります。
 こうした子供の虐待を防ぐためにも、母親一人を家庭に閉じ込めて家事、育児を押し付けるのではなく、男性と女性がともに家庭責任を担っていくことができる社会を実現することが焦眉の課題になっております。
 日本では一九九一年に育児休業法が制定され、九五年には国際労働機関、ILOの家族的責任を有する男女労働者の機会及び均等待遇に関する百五十六号条約も批准しておりますが、実際に育児休業を取る男性は一%にも満たない状況であります。ILO条約で求められている男女労働者の実効的な平等の実現のためにも、男性に育児休業を取りづらくしている様々な要因をなくしていくとともに、場合によってはスウェーデンのように男性も一定期間育児休業を取ることを法律で義務付けることも考えられてよいと思います。
 最後にまとめに入りますが、結局のところ、女性だから男性だからというジェンダー的な差別や男女の役割分担を前提とした法制度及び慣行は、女性だけではなく男性にとっても自己決定権を妨げる大きな障害になっていると考えます。また、そうした社会のゆがみが子供を持てないという少子化をもたらし、他方では子供の虐待といった形で子供の人権侵害につながっております。
 男女共同参画社会基本法が、男女が性別にかかわりなく自己実現できる社会を掲げたことは、日本社会の変革に向けての重要な第一歩でしたが、今後はその方向性を更に具体化し、すべての人の自己実現、自己決定権が尊重される社会の実現に向けての取組が求められていると考えます。
 ここで、具体的な提言として三点申し上げたいと思います。
 まず第一点は、税制上の配偶者控除制度、それから年金の被扶養配偶者制度のような制度は根本的に見直しを行い、基本的には廃止の方向とすることです。
 これは既にそのような方向で議論が進められているものと理解しておりますが、もし一足飛びの廃止が難しいという場合には、例えば年金であれば、現実的な案としては、妻の分の保険料を夫の分に上乗せして徴収する、もし妻にパート収入等があればそこからも徴収するといった策が考えられるかと思います。これに対して、子供を持つ家庭への支援は必要であって、私は、子供を育てている家庭への直接的な支援として、すべての子供に対する児童手当を現在のような所得制限なしに普遍的に支給することが望ましいと考えております。この点は、所得制限を完全になくしてしまうことがどうかという意見もあるかと思いますが、少なくとも現在の所得制限では厳し過ぎるという意見を持っております。
 第二点として、雇用の平等に関して、ILOの雇用及び職業についての差別待遇に関する条約、百十一号条約を批准すべきと考えます。
 この条約は、ILO加盟国百七十五か国中百五十七か国が批准しており、先進国と言われる国で批准していないのは日本とアメリカだけですが、アメリカは公民権法できちんとした性差別禁止法制を持っております。日本はこの条約を批准するとともに、併せて必要な国内法整備を行うべきと考えます。
 そして第三に、その国内法整備とも関連しますが、明確な性差別禁止を定めた性差別禁止法を制定することです。
 現在の均等法では女性差別のみが禁じられており、逆に、改正までは女性のみの募集、採用も許されていたために、男女の職務分離が事実上かえって進んでしまっております。これを女性差別のみという平面的なものではなく、包括的な性差別禁止法とすることが望ましいと考えます。
 またあわせて、ILO百十一号条約で禁止されている差別待遇には、性別だけでなく、未婚、既婚の別、家族状況、例えば子供がいるかいないか、それから妊娠、出産を理由とした差別等が含まれておりますが、これらも含めて性差別禁止法に盛り込むことが望ましいと考えます。
 多くの先進国、例えばカナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった国の性差別禁止法は、こうした様々な事由に基づく差別を包括的に禁止するとともに、違反があれば被害者の申立てによって人権委員会等が事案を審理し、是正を命じることができる救済機関と手続を設けております。日本でも一刻も早くこうした実効的な差別禁止法を制定する必要があると考えております。
 以上でございます。
 ありがとうございました。

このあとの質疑にショッキングな発言を見つけたので追加します。

参考人(申ヘボン君) リプロダクティブヘルス・ライツというのは性と生殖に関する権利・健康と訳されておりますが、これは、例えば日本よりもっと深刻なのがいわゆる途上国の状況でありまして、女性が避妊の手段等全く持たない中で、ただぼこぼこと子供を産まざるを得ない、結局、それによって何十人も子供を産んで、何十人というか十何人も子供を産んで、自分の人生を自分で決められないような生活をせざるを得ない。そういうことに対して、女性は自分で子供を何人持つか、いつ持つかということを決める権利があるという形で出てきた権利だというふうに理解しております。
 今の御質問の趣旨というのは、日本でこの権利がどれほど認知されているかということでしょうか。
 日本では比較的最近になって論じられるようになった権利で、そもそもこの言葉自体、日本の訳語としてはまだ定着していない面が多いのではないかというふうに思っています。つまり日本語としてぴったりする言葉がなかなかない。性と生殖という言葉が一応使われておりますけれども、これは実は女性だけの権利ではなくて、例えば夫婦の相手方である男性も含めて、男女ともに性と生殖に関する事柄を自分たちでコントロールする権利があるんだという考え方であります。

うわっ! 全然わかってない😢