リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

[国際女性デー 未来を開く]<4>中絶の陰に男女の力関係…産婦人科医 佐久間航さん

読売新聞 2024年3月14日 (木)配信

[国際女性デー 未来を開く]<4>中絶の陰に男女の力関係…産婦人科医 佐久間航さん : 読売新聞

 大阪・ミナミにある「さくま診療所」では婦人科の患者に加え、さまざまな事情から中絶手術を受ける女性たちが訪れる。院長の佐久間航さん(49)は「中絶件数は月200件ほど。コロナ禍で減った印象だったが、行動制限がなくなり、若年層を中心に再び増えている」と話す。

 地元出身で、祖父も父も外科医だった。子どもの頃、親と一緒に自宅近くの飲食店でよく夕飯を食べた。女将が営み、常連の多くは働く未婚女性たち。月経痛や更年期の悩みなどの話題を耳にして育ち、婦人科の道に進んだ。

 大学病院勤務などを経て、2006年に地元に戻り、診療所を開いた。

 中絶のために来院する女性で最も多いのは20代だ。出産したくても男性に反対されたり、経済的に厳しかったりする人が目立つ。また、いまだに多くが「膣外射精」を避妊手段と考えるなど、知識の乏しさは否めない。同時に、佐久間さんが深刻に感じているのが「男女の力関係」だ。

 法律上、未婚女性の中絶に相手男性の同意は必須ではないが、付き添いがあるのは1割ほど。「費用の話で『相手が出す』と聞き、ようやく男性の影を感じる程度だ」。一緒に来ても男性が一方的に話を進め、女性が顔色をうかがうような場面も目立つ。中年の既婚女性の中には、夫が避妊を拒み、中絶を10回以上、繰り返す人もいる。

 「予期せず妊娠した女性たちは混乱と不安の中にいる。そうした女性たちの負担を、できる限り減らしたい」。納得のいく処置をうけられるよう、患者に寄り添う。妊娠の経緯を尋ねる際も、本人がつらい思いをしないよう注意を払う。「ただ、暴力などが疑われる場合は放置できず、やりとりのあんばいが難しい」と漏らす。

 今の法律で中絶は、やむを得ない事情がある時のみ認められているが、タブー視する傾向は根強く、自責の念にとらわれる女性も多い。「子どもを産むか産まないかを選ぶ自由は、女性に与えられた権利。決断を尊重したい」と佐久間さんは言う。

 1994年の国際人口・開発会議で「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」が、女性の重要な人権の一つとして提唱されて30年になる。

 近年では、性行為の前に双方の気持ちを確認する「性的同意」が注目されるようになった。昨秋には、処方箋がなくても薬局で緊急避妊薬(アフターピル)を購入できる取り組みが試験的に始まった。

 佐久間さんは「新たな流れは女性たちにとって有意義だが、男女ともに正しい知識を持ち、何でも話せる『対等な関係』が前提になくてはならない」と強調する。

 最近は、社会から孤立しがちな女性の存在が気がかりだという。貧困や家庭の事情から居場所を失い、性風俗で働く女性や繁華街でたむろする少女も多い。3年前、診療所の入るビルに、助産師らが若年女性の相談に応じる施設ができた。要請を受けて診療するなど、民間団体との連携も増えている。

 「社会全体で見れば女性活躍は進んでいるが、一方で人知れず苦しんでいる女性もいる。どんな女性も安心できる社会を目指したい」と語った。

 さくま・こう 1975年生まれ。さくま診療所院長。生理や中絶について、インターネット上で無料相談に応じるほか、2022年からは地元のNPO法人と共に孤立する若者の支援にも取り組む。

支援必要な「特定妊婦」8000人
 全国の人工中絶件数は、1955年の約117万件をピークに減少傾向だ。2022年度は12万2725件で、前年度比で2・7%減った。ただ、20歳未満では9569件と、前年度比で5・2%増えた。

 孤立や貧困などの事情を抱え、予期せぬ妊娠を誰にも相談できないまま出産したり、出産後に虐待してしまったりするケースもある。09年施行の改正児童福祉法では、特に支援が必要な妊婦(特定妊婦)について明記した。

 こども家庭庁によると、20年度に自治体が特定妊婦として認定したのは8327人で、09年度に比べ約8倍だった。同庁は24年度から、特定妊婦の生活支援のための拠点を全国で整備するなど、対策を強化する。