リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

COVID-19以前と今後の日本の中絶 

Dr. Kumi TsukaharaとASAPメンバーの会話

原文(英語)'Abortion in Japan before COVID-19 and the way ahead' An ASAP Conversation with Dr. Kumi Tsukahara’は、ASAP(Asia Safe Abortion Partnership)のブログに4月23日付で掲載されました。以下は試訳です。

 見事な桜が開花した3月初旬、大勢の人で家族や友人と共に花見を楽しんでいた。政府はまだ緊急事態を宣言していなかったので、多くの人々は自撮りに忙しく、公共の場所に掲げられたコロナウィルスの警告の看板など気にも留めていなかった。
 それからひと月も経たないうちに、日本の感染者数は1万人を超え、その衝撃に医療は崩壊しつつある。
 コロナウィルスの症状を抱えた患者を載せた救急車は、患者を降ろすまでに80もの医療施設で受け入れを断られた。200名を超える人々がCOVID-19で死亡し、首都東京は今も最悪の感染地域である。防護服が不足しているため、ゴミ袋で代用するよりはましであろうと、大阪市長は市民に雨合羽の寄付を求めている。検査も検査施設も病床も不足している。
 この危機のさなかで安全な中絶へのアクセスを求める日本人女性の状況を知るために、私たちはASAPの日本人メンバーに話を聞いた。

 以下は金沢大学非常勤講師の塚原久美(Ph.D.)の話である:

「今のところ手動吸引器(MVA)が、日本における唯一の安全な中絶方法です*1MVAキットは2017年に認可され、一社のみが市場を独占しており、1セット2万円(185米ドル)の価格で販売されています。高価格であるため、当然ながらあまり広く普及していないのですが、医療保険の対象になっている流産後の治療では使われています。
 電動式吸引法では、日本の医師たちは通常(ほぼ常に)プラスチック製ではなく金属製のカニューレを用いています。嘆かわしいことに、搔爬(子宮頚管拡張搔爬法)が医師たちの訓練で教えられている第一の必携法になっています。

Q では、日本の女性たちにとって中絶の料金はどれくらいですか?

「今のところ、電動吸引と搔爬の価格はほとんど変わりがなく、妊娠12週未満の中絶でたいてい10万円(928米ドル)以上かかります。日本では中絶薬はまだ認可されていません。ようやくミフェプリストン臨床試験が始まりましたが、認可までにはまだ2~3年はかかると言われています。
 いずれにせよ、私を含むフェミニストのアクティビストたちは、産婦人科医たちが中絶薬の料金をとても高く設定してしまうのではないかと懸念しています。母体保護法(元は1948年に制定された優生保護法)のために産科医たちが中絶市場を事実上支配しているためです。」

Q その法律のことをもっと教えてもらえますか?

母体保護法は、日本医師会(国内の資格を持つ医師が全員入る団体)に合法的に中絶を行える医師を指定する権限を与えています。業務独占は、通常、禁止されているのですが、このように日本の法制度の中で民間セクターに権限を与えているのは例外的です。これにより、47都道府県の医師会が産婦人科医を対象に中絶の訓練とライセンスの付与を行っているのです。
 日本の中期中絶はほぼ常にプロスタグランジンの膣剤で行われています。悲しいことに、妊婦たちは分娩式の中絶を経験しています。しかも、たいてい中絶後の心理的ケアもありません。」

Q 日本では望まない妊娠の比率は高いのですか?

「避妊については、低用量避妊ピルが認可されたのは1999年と遅く、それ以降もアクセスしづらく価格が高いために広くは普及していません。日本では〔避妊成功率の低い〕コンドームが今も第一の避妊方法で、そのために当然、数多くの望まない妊娠が生じています。
 緊急避妊ピルは2011年にようやく認可されましたが、医師の診察を受けて処方してもらう必要があります。日本の女性たちも緊急避妊ピルを薬局で買えるようになることを求めていますが、避妊へのアクセスを改善することは今も課題です。
 昨年、厚生労働省は緊急避妊ピルのOTC化を検討しましたが、結局、対面診療にこだわりました。最終的に、2019年7月に緊急避妊ピルのオンライン診療は2つの厳格な条件のもとに一部解禁されました:

1)当該産婦人科医はこの薬の処方のための研修をすでに受講していること、そして
2)薬を求める女性の近隣に医療機関がない場合、あるいはその女性が対面診療の難しい危機的な心理状態にあることです(レイプの場合などが想定されています)。

オンライン処方が認められたのは、これら2つの条件が揃った時に限られていたのです。2020年4月より、厚労省はコロナ感染対策の一環として上記の厳しい条件を一時的に撤回しました。そのため、現在はどの産婦人科医であろうとも、避妊ピルと緊急避妊ピルのどちらも電話やインターネットを通じた診療で処方できるようになりました。
 しかしながら、厚労省はこの決断について積極的に情報公開していないため、ほとんどの女性がこの臨時措置について知りません。さらに、大勢の産婦人科医が(特に緊急避妊薬の)オンライン診療からしり込みしています。この薬に関する情報の欠落と経験不足のために何かが起きた時に責められるのではないかと恐れているのです。

Q 現在の緊急事態宣言下で中絶へのアクセスにどのような影響が出ていますか? 政府から医療施設に対して何か支援は行われていますか?

「中絶サービスに関しては政府からの支援は何もありません。しかも残念なことに、女性のリプロダクティブ・ヘルスケアに対するCOVID-19の影響について、日本社会ではほとんど議論されていません。緊急事態宣言が行われる前に、あるドメスティック・バイオレンス児童虐待の事件が何か月にもわたってメディアの注目を集めていたため、テレビや新聞が時々緊急事態宣言下でのドメスティック・バイオレンス児童虐待が懸念されることについて、国連の警告などを引用して報道していることはありますが、中絶など女性のリプロダクティブ・ヘルスケアは一般に注目されてはいません。
 政府が緊急避妊ピルのインターネット処方を解禁したのは、画期的なことです。一時的な措置とはいえ、今、女性たちは緊急避妊ピルのオンライン処方にアクセスできるようになっています。これは大きな一歩です。これ以降、一部の日本のフェミニストたちはこの措置についてツイッターなどで広め始めました。今のところはまだ社会全体に大きなインパクトを与えることはできていませんが、女性のリプロダクティブ・ヘルス&ライツのためにやるべきことはいっぱいあります。

Q ここから先、どのようになっていくと見ていますか? 緊急事態宣言の直後あるいは長期的に、たとえば将来的にアクセスを改善していくことやシステムを強化していくことについて何を主張していけるでしょうか?

「私はこれまで何年も日本のフェミニストたちにリプロダクティブ・ヘルスケアの領域の問題を知ってもらおう、もっと安全な中絶に目を向けてもらおうと努めてきました。今や影響力を持つフェミニストたちが日本女性の抱える問題の深刻さに気付くようになり、今回のパンデミックによる状況の深刻さのために、幾人もの女性たちが変化を起こすために何かをしようと動き始めています。
 所見では、今こそ日本の普通の女性たちは自分自身のリプロダクティブ・ライツが侵害されていることを知るべき時が来ています。女性たちの力を結集する必要があります。そのためには他の国々の情報が必要であり、特にアジアの女性たちの現状を知らせる情報が必要です。
 日本の女性たちは、特に性と生殖の健康と権利の領域については、家父長制社会の中で権利を奪われ、胎児尊重主義的な政府によってディスエンパワーされてきました。日本ではセクシュアリティと中絶へのスティグマが強く、フェミニストでさえ長いことそうした問題には手を触れないできたのです。
 でも、今や変化の兆しが見られます。昨年来、性暴力の被害者たちが自らの被害について語り出したのです。「フラワーデモ」に被害者自身やそのサポーターたちが集い、思いや経験を分かち合っています。これは日本における一種の#MeToo運動であり、そこでエンパワーされた女性たち(や男性たち)は日本社会における女性に対する不公正に思いを巡らし、それをよく知ろうとし始めています。
 もう一つ良い知らせは、ついに国会議員の女性たちの中にも女性のリプロダクティブ・ヘルスに関する日本人の無知の問題に懸念を寄せる人々が出てきたことです。議員の一人と共に5月にこの問題に関するオンライン公開討論会を企画しているところです。

Q 未来に何を願い、私たちASAPに何を期待しますか?

「日本とアジアにおける安全な中絶と避妊へのアクセスの改善に向けて共に活動していけることを願っています。日本の状況をお知らせするために最善を尽くすつもりですので、ASAPの皆さまには日本社会や政府を刺激するような海外の情報を提供していただきたいと思います。」

*1:ここで言う「安全な中絶」とはWHOが指定している方法のことで、妊娠初期は薬による中絶またはプラスチック製カニューレという管を用いる吸引手術、妊娠中期以降は薬による中絶または頸管拡張子宮内容除去術(D&E)という外科的手術が指定されています。