リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

ポスト・アボーション・シンドローム(PAS)論争に見る複数の中絶物語の可能性

中絶後の悲嘆に関する一論考

日本保健医療行動学会           2004年6月27日 於 日本赤十字看護大学

口頭発表原稿 ver.5(最終修正2018/12/14)

演題:ポスト・アボーション・シンドローム(PAS)論争に見る複数の中絶物語の可能性

金沢大学大学院社会環境科学研究科 塚原久美


◎蔓延する中絶、ケアの不在

 平成15(2003)年度の厚生労働省の統計によると、日本における人工妊娠中絶(以下、「中絶」)件数は年間31万9831件であり、全国で1日平均900件、2分間に1件の割合で中絶が行われていることになる。中絶手術は日本女性が経験する中で最多の手術だとも言われる。だが、中絶をした女性たち(ここでは「中絶当事者」とする)のケアは、ほとんど行われていない。施術前後に中絶当事者の精神的な苦悩に何らかのケアが必要であることは、曽我部美恵子、黒島淳子、鈴井江美子など多くの研究者が指摘しているが、なかなか実施に移されない。その理由のひとつとして、医療者を初め周囲の人々の胎児に対する憐憫感と、それと裏表になった《中絶の罪》という物語がある。つまり、中絶を《罪》として固定することで、その罪を犯した女性たちは、いってみれば自業自得なのだから、救いの手を差し伸べる必要はないという意識が生じる。昨今の「自己責任論」もまた、そうした意識を助長する。

〔注:中絶の罪といっても、刑法の「堕胎罪」のことではない。むしろ、堕胎罪には該当せず、法的に許容されている中絶について、当事者を倫理的もしくは道徳的に有責とみなすのが《中絶の罪》物語の真髄である。法的に限定されず、合法的な償いの道が閉ざされている《中絶の罪》は、どこまでいっても終わりのない心理的な罰を伴い、女性たちを責めさいなむ。〕

 中絶は現代社会におけるタブーである。科学の発達に伴い、胎内の“赤ん坊”の状況が観察可能になるにつれ、《中絶の罪》はますます確信となって広まり、ナラティヴ・アプローチでいう“ドミナント・ストーリー”を形成していった。それと平行して、中絶を受ける女性たちの“罪人”としての地位はますます確実なものとなり、スティグマにまみれた女性当事者の声はどんどん聞こえなくなっていった。

 本論では、そのようなドミナント・ストーリーとを背景としたポスト・アボーション・シンドローム(PAS 中絶後後遺症)と、その日本版とも言える水子供養、それに対抗して生まれた複数のオルタナティブ・ストーリーの可能性について検証する。


ドミナント・ストーリーが産んだPASと水子供養

 中絶当事者の心理的問題については、Post-Abortion Syndrome(略してPAS:中絶後症候群)の問題提起とそれへの反証というアメリカを中心とする論争の中で検証されてきた。PASとは、本来、中絶手術後にでる心身の症状を指すことばだが、中絶体験者の心理問題をめぐって英米の心理学者のあいだでくり広げられたPAS論争を経た現在は、中絶後の心理的後遺症のことに限定して使われるのが一般的である。PASにStressを加えてPASS(中絶後ストレス症候群)としたり、Post-Abortion Trauma(PAT)と呼ばれることもあるが、つまり中絶後の心身の後遺症を総合的に表した概念である。

 PASは1980年代の終わり頃から提唱されるようになり、アメリカのプロライフ(中絶反対派の運動)の心理学者を中心に、中絶後の強い罪悪感や恥辱感によるPTSD(トラウマ後ストレス障害)が出る女性が多数いるなどの調査結果が発表された。これに対して女性の自由と自己決定を重視するプロチョイス側からは、PAS肯定派の調査方法に偏りがあるという指摘や、中絶後の女性はむしろ安堵の方が強いといった調査結果を提示するなどの"科学的"な反論が巻き起こった。

 精神医学という専門領域におけるPAS論争は、今のところPTSDと呼べるほどの症状が多くの中絶経験者に認められるという科学的な証拠はないといったあたりで、おおよその合意に達している。〔ただしEllie Leeは、"科学性"という意味ではPASとそれほど大きな差違があるようには思えないPND産後うつ症)が、専門家や女性運動の熱烈歓迎を受けてすぐさま"病気"のひとつに加えられていったことと比較して、PASに対する激烈な批判はどちらかといえば政治的な産物ではないかという疑義を呈している。〕しかし、PAS論争の真意は他のところにある。究極的にPAS論争は、「中絶は罪である」というドミナント・ストーリーを当事者の女性が受け容れるかどうかの争いなのである。そのように見ると、フェミニスト雑誌Ms.がPASについて激しい反論を浴びせたことも納得がいく。

 そのように政治性を帯びているPAS論争は、中絶問題に対する様々な見方を喚起することにもなった。たとえばプロライフが提示する宗教的枠組みへの否定として、中絶は「女性のリプロダクティブ・チョイス――すなわち生殖の自己決定の問題」と人権問題としての問題構築が行われた。他にも、ギリガンの関係性の道徳に基づく男性とは違う道徳判断のあり方や、女性抑圧的な今の社会の中における独自のフェミニスト倫理の模索など、様々な分野に論争の影響が広がっている。


◎PASの歴史

 PASを最初に紹介したのは、サイコセラピストのVincent Rueで、1981年のアメリカの上院委員会でPTSDの一つだと証言したのが始めだとされる。(cf. Testimony before the Subcommittee on the Constitution of the US Senate Judiciary Committee, U.S. Senate, 97th Congress, Washington Dc (1981))〔Forbidden Grief p.272〕ところがRueの証言は政治家や専門家のあいだでは長く無視されることになった。

 その頃すでに民間では中絶体験者グループの活動が始まっていたが、1982年にNancy Jo Mannという女性がWomen Exploited By Abortion(中絶によって搾取された女性たち WEBA)というグループで始めたグループ・カウンセリングやピア・カウンセリングは全国に広まった。その要因としては、科学の発達によって胎児という存在が"人間"として意識されるようになったこと、医学の発達で中絶が命がけのものでなくなったこと、少子化が進み子どもが貴重な存在になったこと、その反面、子産み・子育てに家族や地域社会のサポートがなくなり、母性神話が強化されて、子どものことがすべて「女性の責任」とされるようになったことなど、いくつもの要因を挙げられるが、これはアメリカのみならず日本を含む先進諸国に共通してみられる傾向であることは指摘しておきたい。

 1984年になると、カトリック教徒を中心に中絶した女性のカウンセリングを行うProject Rachelという活動が始まり、後に教会公認の活動となって大規模に展開されていった。さらに1986年には、PAS体験者を自称するSusan Stanfordが自らの経験を綴った"Will I Cry Tomorrow? (私は明日も泣くの?)"を出版し、独自のカウンセリング方法を各地に紹介する活動をくり広げた。そうした民間の活動を通じて、しだいにアメリカ全土に中絶後のトラウマの問題が知られるようになっていったと考えられる。

 1989年には、当時のレーガン大統領が公衆衛生局長のKoopに命じていた中絶後の心理問題に関する調査結果が明らかにされた。じつはレーガンもクープも中絶反対派であり、「PASは公衆衛生上の問題だ」という結論を出したかったのだが、250もの文献レビューを行った結果、あにはからんやKoopは「PASが存在するといえるだけの科学的証拠は不足している。もっと詳しい調査が必要だ」という報告をせざるをえなくなったのある。〔Koop CE, "Post abortion syndrome: myth or reality?"(Health Matrix. 1989 Summer;7(2):42-4)〕

 このKoopの報告をきっかけに、PASの有無を巡る学術論争が活発になっていった。PASの調査や研究がいくつも行われたが、PASの実態を検証するといったスタンスのものよりも、むしろPASという概念を否定する方向での研究も多数行われた。

 PAS論争においては、一般に、中絶反対派であるプロライフはPASの存在を肯定し、女性の自由や選択権を重視するプロチョイスはPASの存在を否定するという対立構図が見られる。このPAS論争の決着はまだ完全についたとは言えないが、精神医学などの専門領域においては、今のところPTSDと呼べるほどの症状が多数の中絶経験者に認められるという科学的な証拠はないといったKoop報告の追認説が比較的優勢のように思われる。

 ただしEllie Leeという社会学者はPAS論争の偏向を指摘している。"科学的正当性"という点でPASとさほど大きな違いがあるとは思いがたいPND産後うつ症)が、提唱されるやいなや専門家や女性運動の熱烈歓迎を受け、すぐさま"病気"のひとつとしてDSNに加えられていったことと比較して、LeeはPASに対する激烈な批判はどちらかといえば政治的な産物ではないかという疑義を呈している。またTheresa Burkは、PASに苦しむ女性たちのセルフヘルプ活動から始まったPAS運動と、宗教家によるプロライフ運動は厳密には分けるべきであり、むしろ前者が後者に政治的に利用された側面があるとも指摘している。

◎「中絶の罪」に対するオルタナティヴの登場と、そのドミナント

 さて、PAS論争をナラティヴ的観点から見るなら、「中絶は罪である」というドミナント・ストーリーと、それを否定するオルタナティブ・ストーリーの争いだと見ることもできる。そう考えると、フェミニスト雑誌Ms.がPASについて激しい反論を浴びせたことの意味が理解しやすくなる。通常、それまでないがしろにされてきた女性の健康問題が社会問題として脚光を浴びるとき、女性たちはそれを歓迎してきた。先に述べたEllie Leeの指摘のように、産後うつ症について諸手をあげて賛成したのがその典型例である。ところが、同じ女性たちがPASについては真っ向から反対した。なぜならPASを肯定することは「中絶は罪であり、女性は罪人である」という物語を受け容れることになり、因果応報の中絶観の枠組みにはめられてしまうことになるからである。

 しかもプロライフの主張によれば、「その罪から逃れるには神(超越的権威)の赦しを得るしかない」。そこに陥るのはリベラリズムの放棄である。そう考えれば、アメリカのフェミニストたちが、PASをめぐるドミナント・ストーリーを「女性の無力化を狙った政治的な言説装置」と見なしたのも無理はない。

 一方、PAS論争によって、中絶と人間心理との関係が様々な側面から検討されたおかげで、中絶に対する「沈黙」は破られ、当事者たちの声が聞こえるようになってきた。その声は当初、様々なオルタナティヴ・ストーリーズとして立ち現れたが、やがて《中絶の罪》に対立するひとつの勢力として、新たなドミナント・ストーリーを形成していった。具体的に言えば、プロライフが提示する宗教的枠組みを否定したフェミニストたちは、中絶は「女性のリプロダクティブ・チョイス――すなわち生殖の自己決定の問題である」と、人権問題としての法的枠組みを提示するようになったのである。

 道徳・倫理の領域でも、キャロル・ギリガンの女性特有の道徳発達説から、シャーウィンやクーゼがケアの倫理を提唱するようになり、女性抑圧的な社会の是正を旨とする観点からの批判、「子どもを宿す性」の実感に基づく新たな言説が生まれていった。

◎プロライフ/プロチョイスの二項対立と当事者たち

 そのように、オルタナティヴ・ストーリーズとして立ち現れた当事者の声が「ドミナント化」していった背景には、アメリカの政治的二項対立がある。アメリカでは、大統領選の際に、各候補が中絶に対してどのような立場であるかが試金石になるほど、中絶問題は重大な政治問題となっている。それゆえプロライフ/プロチョイスの両陣営のあいだでは、政治的・社会運動的な利害対立を孕んで、激しい戦いがくり広げられる。生命を尊重するはずのプロライフ派が中絶クリニックの医師を殺害する事件が起きていることは周知のことだが、そのような事件が起きること自体、中絶論争が個々人の「良心」に照らした反論に基づくものというよりも、むしろイデオロギー対立に堕してしまった証拠であろう。

 中絶論争において重要な争点の「どこから胎児を人間とみなすべきか」といういわゆる線引き問題は、中絶を巡る生命倫理における重要な論点のひとつではあるが、「胎児か女性か」の二項対立的論争が激化した結果、プロライフが打ち出す「生命権」に対抗するために、プロチョイスの側は「(少なくとも妊娠初期の)胎児は人間ではない」とか「胎児は女性にとって侵入者・攻撃者なのだ」とまで《言わざるを得なくなった》のである。〔cf)ジュディス・J・トムソン「人工妊娠中絶の擁護」、『バイオエシックスの基礎―欧米の「生命倫理」論』東海大学出版会1996;Elizabeth Fox-Genovese "How Abortion Has Failed Women"〕

 こうして、「中絶論争」という枠組みを否定するために出てきたオルタナティブ・ストーリーズは、《権利としての中絶》という物語に集約されていき、それ自体が「ドミナント化」していったのである。そこでは、中絶する女性たちもまた二極化されていった。胎児を生命と見るがゆえに傷つき苦悩するナイーヴな女性たちと、自由と権利意識をベースに正しい選択として中絶を選ぶ理性的で颯爽とした女性たち……といった2つの「イメージ」である。〔後者はしばしば「フェミニスト」として描かれる。〕

 だが、中絶をした生身の女性たちは、罪悪感ゆえにPASに苦しむか、罪悪感など感じることなく権利として中絶を選択しているかのいずれかに、きれいに分かれるわけはない。二項対立的な図式は現実の女性たちから乖離していたのである。

第三の道

 元々は宗教的現実感をベースにした単一的なドミナント・ストーリーを相対化することで脱却を図ったプロチョイスの様々なオルタナティブ・ストーリーズは、二項対立的な政治の流れによって多様性が失われていき、《権利としての中絶》物語に矮小化されていった。

 しかし、政治的対立の中で理論的に強化されていく「2つのドミナント・ストーリーズ」のどちらにも当てはまらず、その狭間に落ちた当事者たちは、またしても別のオルタナティヴ・ストーリーズを求めずにはいられなくなった。

 1970年代からアメリカのプロチョイス運動に関わってきたFrederica Mathewes-Green〔"Real Choices" 1994〕も、そうした乖離に気づいた一人だった。彼女は「アイスクリームやポルシェが欲しいと思うように、中絶を望む女性などいない。彼女は罠に捕らわれた動物のように、自分の脚を噛み切って逃れようとしているだけなのだ」との考えに行き着き、「中絶は胎児への暴力であるのみならず、女性の当事者にとっても暴力である」と考えた。最終的に彼女は、中絶について胎児対女性の二項対立で考えることの間違いに気づいて、「誰も傷つけない解決法」――胎児を犠牲にするのでも、女性を犠牲にするのでもない解決法の模索に乗り出したのである。

 Mathewes-Greenのように《第三の立場》を自認する人々の多くは、何よりもまず「望まない妊娠」を極力避けるために手を尽くすことを主張している。それでも不本意な妊娠をしてしまった女性に対しては、「産める環境作り」を進めること――特に「産みたくとも産めない」女性については徹底的にサポートすること、二度と過ちをくり返さないように女性たちの性的な自律を高めていくことなど、現実的な解決法を提唱するような立場である。


水子供養をめぐる二項対立

 日本においてはアメリカのプロライフとプロチョイスほど明白な対立はないが、それに類したものとして水子供養とそれに対する批判の対立を挙げることができる。先に確認しておくと、水子供養は大昔から続いてきた儀式だと信じる人も多いが、じつは1970年前後に日本の一部の仏教寺院が開始した新しい宗教儀礼に他ならない。昨今、水子供養民俗学や歴史、宗教学、社会学など多方面から研究されているが、そうした研究者のあいだでは、死亡した胎児の魂を慰撫して祟りを防ぎ、当事者の罪悪感を緩和するといった目的で行われる現代的な水子供養は、1970年前後に日本の一部の寺院から誕生したというのが通説になっている。

 現代的な水子供養は、ちょうどキリスト教を背景にもつアメリカのプロライフのように「中絶を罪」と位置付け、当事者に宗教儀式を通じた贖罪の必要性を迫る。そこには「中絶は罪であり、中絶した女性は苦しむ」といった「ドミナント・ストーリー」が厳然として存在している。こうした「自業自得の中絶観」は、中絶をした女性にスティグマを与え、しかも救済の道は宗教への帰依しかないとする点でも、PASと同様の構図になっている。

 水子供養寺の宣伝には、"水子"に対する憐憫感をそそる一方で、「中絶は殺人」と女性を断罪するような表現が頻出する。こうした水子供養の論理に対して、「女性への恫喝だ」といった批判も出ているが、アメリカのプロチョイス運動に比べればそうした反論は非常に弱い。日本の女性運動の中からは、アメリカとは違って「中絶は罪」だというドミナント・ストーリーに対抗しうるような明白なオルタナティブ・ストーリーはいまだ立ち現れているようには見えない。実際、日本の中絶当事者は沈黙している。

 高橋由典は、祟りを恐れ、自己防衛として行う「不安の水子供養」と、胎児に対する不当や申し訳なさを詫びる「罪責感の水子供養」を区別し、後者は胎児への「対人罪責感」に基づくと述べている。Moskowitzが台湾の水子供養調査で明らかにした悪霊払い(fetus demon sorcery)としての水子供養と嬰霊供養(fetus ghost appeasement)としての水子供養も、高橋の分類に該当すると考えられる。台湾の嬰霊供養もまた、胎児を亡くなった親族同様の親しい存在として位置付け、「胎児の人間化」が行われている。すなわち、高橋の言う対人罪責感に基づく水子供養も、台湾の嬰霊供養も、中絶当事者が胎児と何らかの「関係性」をもっている点が共通している。

 小此木啓吾は、罪悪感を「処罰恐怖型の罪悪感」と「許され型・償い型の罪悪感」の2つに分けているが、ここでも、前者は高橋の「不安の水子供養」や台湾の悪霊払いに、後者は高橋の「罪責感の水子供養」や台湾の嬰霊供養に重なり合う。前者は神あるいは社会といった何らかの力(パワー)を有する存在から罰を受けることへの恐れに基づく感情であり、そこには「罪と罰」という因果応報に即した中絶観が存在する。一方、後者の感情の核には、水子という弱者――本来「保護すべき存在」――に対する"親としての申し訳なさ"がある。言い換えれば、そこには胎児との関係性の存在が前提されている。同じ罪悪感といっても、じつはこの「胎児との関係性の有無」によって二つの種類があると考えられるのである。

 有光興記は、罪悪感とは特定行動へ焦点を当てたときに生じるものであり、謝罪や加害行為の停止といった補償行動、罪悪感の根源となる行為を正す補償作用を導くとしている。「罪悪感を経験すべき状況において経験できる人ほど社会的活動は円滑に進む」ものであり、「罪悪感には適応的整合性がある」といった従来説と適合するという。一方、全体的自己に焦点を当てたときに生じる「恥」の感情があるとしており、それは自己否定や自己への怒り、さらには他者への怒りにつながるという。「防御的機能もあるが、恥は抑うつなどの精神病理反応につながる」ものだというのである。

 当事者が沈黙しているのは罪悪感が非常に強い証拠だと考えられる。罪悪感についても、文化的・宗教的な背景を調べると共に、心理学的にももっと詳しく検討していく必要があるが、少なくとも「西洋人はキリスト教があるから中絶への罪悪感が強く、日本人はそこらへんが曖昧だから罪悪感が弱い」といった通説は必ずしも当たっていないように思われる。また、Doka3)がいう非公認の悲嘆(disenfranchised grief)は中絶にも当てはまり、「深刻な喪失体験になりうる」としているが、非公認の悲嘆も沈黙を伴うものである。

 さらに中絶のトラウマ・ケアを提唱しているカウンセラーの嶺玲子は、「中絶を行った女性は自分自身を『犯罪者』や『加害者』のように見て」いると言う。そうだとすれば、自らの後ろめたい過去を吹聴する人がいないのも当然であろう。

 大久保美保は、中絶患者の側が「反応に乏しいこと」を看護者がどう対応すべきか分からなくなる一因に挙げ、患者の無反応は無事手術が終わったことの安堵のためだと見ている。だが、中絶当事者が安堵と共に、安堵をもった自分に対する罪悪感、胎児を失ったことの空虚や悲嘆などが錯綜するアンビバレンス(両価的感情)に見舞われていると考えれば、一種の防衛として感情表出を避けるのも当然であろう。

 当事者が沈黙しているのは罪悪感が非常に強い証拠だとは考えられないだろうか。その点については、文化的・宗教的な背景を調べると共に、罪悪感について心理学的にももっと検討していく必要があるが、少なくとも「西洋人はキリスト教があるから中絶への罪悪感が強く、日本人は宗教心が曖昧だから罪悪感が弱い」といった議論は、沈黙している当事者の頭ごなしに行われている第三者の思いこみにすぎないようにも思える。


◎当事者の「声」を聞く難しさ

 中絶のトラウマ・ケアを提唱しているカウンセラーの嶺は、「中絶を行った女性は自分自身を『犯罪者』や『加害者』のように見て」いると言う。〔嶺玲子「中絶のトラウマ・ケア」、宮地尚子編『トラウマとジェンダー』2004〕そうだとすれば、自らの後ろめたい過去を吹聴する人がいないのも当然である。まつしま産婦人科で中絶カウンセリングを行っている長谷瑠美子は、「中絶に対して『軽い』……態度を見せ」ている女性でも、「じっくり話を聞くと罪責感が強くむしろ自傷的・自罰的になっている」として、「安易な気持ちや簡単に中絶を選択している女性は『いない』と断言してよい」と述べている。自分の心の傷になっている中絶体験について、責めるでもなく、じっくりと聞いてくれる相手さえいて初めて、当事者の心の中が見えてくる。

 看護師長の小竹久美子は、「人工妊娠中絶手術はかかわらずにすむならそうしたい業務」といった看護者のホンネを明らかにすると共に、感情へのサポートが「必要だとは思いながらも、立ち入ることはプライバシーの侵害」という思いや、当事者に対する偏見や怒りもあって、充分なケアができずにいる実態を伝えている。そうした医療者の戸惑いもまた、当事者の沈黙を促すだろう。

 さらに助産師の大久保美保は、中絶看護に対する態度調査で、看護者側の認知と感情の葛藤を明らかにした(資料参照)。特に、中絶をする女性が「精神的なダメージを受けている/受けていない」という2つの相反する認知が、看護者の認知の中に併存していることが葛藤の原因になっている。つまり、「可愛そう」とか「どうにかしてあげたい」という同情心や職業意識と、「自分勝手な人」だとか「自業自得」といった批判や怒りが錯綜する中で、具体的な看護の方法が分からないとか、ケアの時間がないことを自分に言い訳しながら、最小限の看護――つまり小竹の言う「『安全に手術が終わる』ことだけを目標」にした「消極的看護」――に徹しているという実態が浮かび上がってくる。

 逆に、中絶患者の側が「反応に乏しいこと」も、看護者がどう対応すべきか分からなくなる一因のようである。大久保は、患者の無反応は無事手術が終わったことの安堵のためだと見ているが、患者の側からすれば、安堵と共に空虚や罪悪感、悲嘆、不安、さらには中絶に至った相手との関係性の問題……等々が錯綜している内面を、ゆっくり聞いてもらえるとは到底期待できず、「とても分かってもらえそうにない」と思う相手(看護師、医師)の前では、一種の防衛として感情表出を避けても無理はない。

では日本において、第三の勢力――すなわち二つのドミナント・ストーリーのどちらにも与することのできない人々――から、新たなオルタナティブ・ストーリーズは出てきているのだろうか。

 先に述べたとおり、これまで日本の中絶体験者たちは自らの経験について沈黙してきた。アメリカ以上に、当事者たちは固く口を閉ざしてきたのである。ところがインターネット時代になって、若い世代を中心に、自らの中絶物語をネット上に綴る女性たちが出てきた。彼女たちの多くは、迷信めいた水子供養を全面的に信じることもできず、かといって中絶は女の権利だなどと強弁するつもりもない一方、家族や友人に気軽に話すこともできずにいる。なのに、実質的な心のケアは皆無に等しい状況であるため、何らかの「救い」を求めている層は非常に多いと思われる。心の痛みをそのままにしておけない、苦しくて誰かに聞いてほしい……そんな思いに駆られて「中絶サイト」を立ち上げ、自分の物語を語り始めようにも思える。

 これまでに私が存在を確認しただけでざっと50~60件の中絶サイトがある。ただし、中には何年間もサイト運営を続けてきて、後続の人々の悩み相談や中絶に関する情報提供など、実質的に中絶ケア団体として活動しているかのようなサイトもある一方で、1~2年で姿を消すサイトも多い。また、そうしたサイトのその多くが、主催者自身の体験談を掲載するばかりではなく、アクセスしてきた他の中絶体験者がそれぞれの思いを自由に書き込める掲示板を設置している。おそらく当事者たちは、自分を初めとする中絶経験者にとって「語ることが重要」だということを、直感的にあるいは経験的に知っているのであろう。

 野口裕二は、「他人によって語られるドミナント・ストーリーは、そのストーリーにうまくおさまらない『生きられた経験』を排除したり無視したりする」〔野口 2002『物語としてのケア――ナラティヴ・アプローチの世界へ』〕ものであり、それが当事者を苦しめるのだと述べている。そのように考えると、第三者が提示してくるドミナント・ストーリーに自分自身を重ねられない当事者たちにとって、自己の物語を語ることが一種のセルフ・ケアになっているのは、ほぼ間違いないと思われる。

 中絶サイトに書き込まれたメッセージの中には、「中絶は罪」だとするドミナント・ストーリーそのままに、中絶をした自分自身を断罪し、ひたすら謝罪の言葉を綴っているものもある。しかし、そればかりではなく、中絶に到った状況を振り返り、諸事情を分析し、自らの判断の正しさを確認するのと同時に、過ちを反省し、その教訓をこれからの人生に活かしていきたいなどと、決意のほどを述べているものもある。まさに、オルタナティブ・ストーリーを語ることがセルフヘルプになっているような事例も少なくない。

 中絶サイトに書き込まれるおびただしい「中絶物語」を読み、それに触発されて自分自身の物語――オルタナティブ・ストーリーを見いだしていく女性たちも少なからず存在していると考えられる。その意味で、インターネットの中絶サイトは、癒しの場としての可能性を秘めている。ただし、インターネットの常として、こうしたサイトに対しては妨害や嫌がらせ、なりすましなどの被害も少なくないため、個人の善意では限界があり、もっと組織的なケアのシステムが作られることが望まれる。ちなみに、アメリカでは、プロチョイスあるいはプロライフの団体が母胎となって、中絶の選択に悩む人や、中絶後の罪悪感に苦しむ人に対して助けの手を差し伸べるサイトがいくつも作られている。中絶を初めとしたスティグマの絡む問題については、匿名性を保持できるインターネットを通じた救済手段も、もっと具体的に検討される必要がある。


◎非公認の悲嘆

 最後に、中絶の当事者の心理として忘れられがちないくつかの側面について、注意を喚起しておきたい。第一に、少なくとも一部の女性にとって、中絶は喪失の悲しみをもたらす出来事である。ホスピスやデス・エデュケーション、悲嘆の専門家であり、非公認の悲嘆(disenfranchised grief)という概念を提唱しているDokaは、中絶も愛する者を失った場合と同様の「深刻な喪失体験になりうる」としている。非公認の悲嘆とは、公に認知されたり、公然と嘆き悲しんだり、充分なソーシャル/サポートが与えられたりすることのない/あるいはそういったことができない喪失体験のことで、Dokaによれば、次の3つの状況で生じるという。

 (1) 亡くなった人との関係が公けに認知されない状況(=中絶では親子関係が公に認知されない)

 (2) 喪失それ自体が認知されない場合(=中絶は第三者に秘密に行われる)

 (3) 悲嘆している人が、悲嘆するだけの能力がある人物だと認知されない場合(=中絶の当事者は、胎児の死に責任のある「加害者」だと見なされ、悲しむだけの資格さえないと決めつけられがちである)

 Dokaの挙げている3つの状況は、中絶の場合、すべて当てはまる。Doka自身も、「非公認の悲嘆は、強いアンビバレンス(両価的感情)を伴っていることが多い」として、その事例の一つに中絶体験を取り上げている。

 また、パートナーの態度しだいで妊娠・中絶の経験の意味は大きく変わりうる。ハーヴェイによれば、「親密な他者に認められたり、サポートを受けたりすることがない状況」で、苦悩はよりいっそう強くなると指摘している。(ハーヴェイ『喪失体験とトラウマ―喪失心理学入門―』2003 p.259)つまり先に述べた非公認の悲嘆の場合には強まると考えられる。


◎「妊娠」というストレス

 第二に、中絶に到るような妊娠は"不本意なもの"であり、それ自体がストレスフルな経験である。不安や心痛や悲しみや怒りなどネガティブな感情ばかりではなく、「好きな人との子どもができた」といった喜びや、生殖能力に対する自信などポジティブな感情も働くため、妊娠自体もDokaのいう「アンビバレンス」を生じがちな体験である。しかも、状況の変化によって、「産む」つもりが「産めない」ことになって天国から地獄に落とされたような落胆を経験することもある。

 さらに、そうしたネガティブな感情とポジティブな感情が併存している場合には(その大小や比率は別にして、両方の感情が併存している人が大多数だと思われるが)、当人の中に非常に大きな葛藤が生じる。Dokaのいう「強いアンビバレンス」がこれに当たる。さらにそうしたアンビバレンスは、ハーヴェイが言うとおり「親密な他者に認められたり、サポートを受けたりすることがない状況でよりいっそう強いものとなってしまう」のである。つまり中絶の体験そのものだけではなく、それに先だつ妊娠という経験と、妊娠から中絶に到るまでの過程もまた、女性の心に非常に大きいストレスを与えているということに注目する必要がある。


◎「多様な物語」を語らせる場を

 最後に確認しておきたいのは、「100%確実な避妊はありえない」ことである。これはしばしば指摘されながら、非常に忘れられがちな事実であろう。最初から中絶しようと思って妊娠する人はまずいない。「中絶を選択した」人の妊娠には、なにがしかの過ちや失敗、事故などの不測の事態あるいは不確定要素が働いている。いわば「何もかも自己コントロールできるわけではない」いのちの理不尽さ、不可解さを生身で経験させられることで、当事者は無力感に陥りやすく、いわばヴァルネラビリティが高まった状況になっていることも忘れてはならないだろう。

 さらに、妊娠・中絶の体験によって、ほとんどの女性はパートナーとの関係性、あるいは自らの性や欲望のありかた、自分自身のアイデンティティについても、再考を迫られる。思ってもみなかった、あるいは薄々恐れていた妊娠と中絶という体験は、恋人関係や夫婦関係の危機をもたらすこともあれば、その結果、不安定な関係性の解消に到ることも少なくない。その意味で、妊娠・中絶の体験によって、多くの女性は自己変革を迫られ、「それまでどおりには生きていけなくなる」――いわば人生上の挫折を体験するのである。

 妊娠した女性は単なる胎児の容器ではなく、感情や意志をもつ一人の人間である。従来の医療では、それが忘れられていた。中絶を人間的な挫折の物語として見ることによって、さらには、そうした挫折が必ずしも「当事者自身のせい」だけではなく、産めない状況を作っている社会や、中絶を女性の罪として一義的に決めつけるドミナント・ストーリーにも起因していることに目を向けることによって、彼女たちの「回復」のために手を差し伸べるケアの可能性が開けてくるのではないだろうか。

(実際の発表は時間が短かったため、大幅に短縮しました。ご了承ください。)