リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

中国の中絶事情

以下は、東京新聞のサイトに2007年7月25日朝刊のニュースとして掲載された記事です。タイトルは「深刻 10代の妊娠・中絶 一人っ子政策、中国に影」。写真には、「街を歩くカップルたち。中国の都市部では「性の開放」も、はや先進国並みだ」とのキャプションが見られます。

 十代の妊娠、中絶が中国の都市でまん延している。上海の無料相談所には少女たちからの悩みが年一万件寄せられる。一人っ子政策は第二子出産に対し厳罰を科してきたため、「中絶に対する罪の意識が、逆に希薄になっている」(医療関係者)ことが、その背景にあるようだ。 (上海・豊田雄二郎、写真も)

このコメントの裏には、本来は罪の意識をもつべきであり、当事者(特に女性)の「罪悪感」によって中絶を防ぐべきだという思想が感じられます。実際には、上記の“罪意識の欠如”は、国の人口政策によって社会全体において形成されてきたものです。実際には、当事者が中絶を望まないのに,職場や地域社会,家族が「中絶を強要」するようなケースも少なくないとして,アムネスティなどが人権問題として取り上げていたはずです。中絶の問題を「当事者の罪悪感の欠如」に短絡させることは間違いです。

 上海の専門学校に通う女性(18)はこの一年に二度、中絶手術を受けた。一度目の時は産みたいと願った。二歳年上の恋人との「愛の結晶」と思ったからだ。だが自分たちの年齢を考えて、あきらめ、二度目の時は迷いもなかった。

 「医者からは(中絶は)体に良くないと言われたけど、妊娠してしまったら仕方ない。二人で一緒にいる時はあまり深く考えない」。避妊具の使用は彼任せだが、まず使うことはない。手術代はアルバイトしてひねり出したといい、「(妊娠を)両親に知られたら殺される」と話す。

この種の記事によくあることですが、「手術」というのは何を示しているのでしょう? 後述されている手術料金の安さから考えても、ごく初期の吸引手術ではないかと推察されます。

 地元紙によると、上海解放軍411病院は二〇〇五年七月に「突発的な妊娠の救助ホットライン」を開設した。電話相談のほか、十八歳未満で、金銭的に余裕がないなど一定の条件を満たせば無料で手術も受けられる。

 これまでに中高生ら八百人以上が手術した。最年少は十三歳、二年間に計十回妊娠、中絶した少女もいたという。皆、両親に妊娠の事実を知られることを極端に恐れ、ほとんどが一人か、友人に付き添われて来院する。

ここらへんの記述から、中国の"性解放"が急ピッチで進み、性意識に関して大きな世代間ギャップがあることが伺われます。それは単なる「親子の断絶」ではなく、性教育の不足とその結果としての女性のリプロダクティブ・ヘルスの低下という社会問題も生んでいます。

 数年前までは公の場所で避妊具を宣伝することを禁じていた中国だが、エイズウイルス(HIV)感染が深刻化するにつれ、最近は街中にコンドームの自販機が出回るようになった。上海ではバーやマッサージ店、個室カラオケ店など娯楽施設に無料のコンドーム設置が義務づけられ始め、病院も無料で配布している。

 中絶を防ぐ環境は整っている。ただ、「妊娠は面倒だけど、彼からコンドームを使わない方が気持ちいいと言われたら、拒否できない」とやはり二度、中絶経験のある会社員の女性(21)は言う。性行為にコンドームを使ったことは一度もない。ほかにも複数の中絶経験のある若い女性たちに尋ねたが、コンドームの使用率は極端に低かった。中国では性行為の後でも効果のある緊急避妊用のピルも、薬局で簡単に手に入る。ただ、同病院で手術を受けた半数近い少女が、正確な避妊の知識がなかったという。

 「若いうちから妊娠、中絶を繰り返すと、胎盤や子宮の病気の発症率が高まり、母体に良くない。でも、そうした教育もこれまで不十分だった。改革・開放で若者たちの“性”も開放され、性教育も本格化したばかり」と市内の産婦人科医は指摘する。

上記の記述からは、避妊=コンドームだという日本人の誤解がストレートに記事に反映されていることを指摘しておきたいです。人口を抑制したい中国では、日本よりはるかに早く避妊ピルを認可していたはずです。エイズ禍を怖れてのコンドーム普及が遅れたのは、中絶阻止とはまた別の文脈にある話です。

 同医師によると、妊娠初期にのんで人工的に流産させる経口中絶薬(日本では未承認)の処方ですむ場合、費用は五百元(約八千円)。手術だと千元(約一万六千円)だ。これまでの執刀経験から「中絶に罪悪感を抱く少女は皆無。大抵は、あっけらかんとしている。中国ではたくさん子どもを産むことには厳しいが、堕(お)ろすことには寛容」と対策の難しさを強調している。

“執刀経験”という言葉は、掻爬を想起させます。前に触れたとおり、実際には初期中絶のほとんどが吸引で行われているはずです。また最後のコメントについても、この記事には、中国だけではなくどの国でも「人口政策の一環として」生殖コントロールが捉えられているという事実に対する問題意識がほとんど感じられません。「堕ろす」という言葉は、もともと中期中絶を意味していました。この言葉で経口中絶薬から掻爬やD&Eといった外科的手術まで、すべてを一括りにして扱っていることの問題性も指摘しておきたいです。