母体保護法の条文英訳が見当たらなかったので、とりあえず冒頭の定義部分を対訳にしておきます。加藤雅枝さんが英語でお書きになった"Women's Rights?: The Politics of Eugenic Abortion in Modern Japan"という本の優生保護法の条文英訳版を若干改変した訳です。
Women's Rights?: The Politics of Eugenic Abortion in Modern Japan (Publications Series Monographs) by Masae Kato (Jun 15, 2009)(なぜか、amazon.co.jpには見当たらないので、amazon.comのURLを貼りつけておきます。)
ちなみに、「人工妊娠中絶」を私はこれまで'artificial termination of pregnancy'と訳してきたのですが、加藤訳では'artificial interruption of pregnancy'になっており、「中絶」の意味を考えるとこの訳も捨てがたかったのですが、中絶医療に関して諸外国ではterminationのほうがよく使われているので、結局、こちらを採用しました。
第1章 総則
Chapter 1 General provisions(この法律の目的)
(Object of this law)第1条 この法律は、不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定めること等により、母性の生命健康を保護することを目的とする。
Article 1. The objects of this Law is to protect life and health of mother by providing for matters concerning sterilization operations and artificial termination of pregnancy.(定義)
(Definitions)第2条 この法律で不妊手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で厚生労働省令をもって定めるものをいう。
Article 2. The 'sterilization operation' used in this Law shall mean the surgical operation which incapacitates a person to reproduce without removal of the reproduction glands, as prescribed by Ordinance of the Ministry of Health, Labour and Welfare.2 この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。
2. The 'artificial termination of pregnancy' used in this Law shall mean the artificial discharge of a fetus and its appendages from the body of mother at the period when the fetus is unable to keep its life outside the body of mother.
こうして訳してみると、日本の場合には妊娠のどの段階であるかを区別せず、すべて「胎児=fetus」と言っていることに改めて気づかされます。欧米のプロライフ運動ではembryoとfetusを(たぶん、あえて)区別しませんが、プロチョイスは(どちらかといえば)区別したがるように思います。この部分が日本で議論されてこなかったのは、なぜなのでしょうか。多胎減数手術の議論でも、どう考えても「胚」の段階の話であるにも関わらず、ずっと「胎児」で押し通されてきたようです。たとえば、日本母性保護産婦人科医会(当時)の「提言 女性の権利を配慮した母体保護法改正の問題点―多胎減数手術を含む」はこちらにあります。
じゃあ、刑法堕胎罪はどうなっているかといえば・・・前にも紹介しましたが、初出の部分だけ英訳と並べてみます。
第二十九章 堕胎の罪
Chapter XXIX Crimes of Abortion(堕胎)
(Abortion)第二百十二条
妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。
Article 212. When a pregnant woman causes her own abortion by drugs or any other means, imprisonment with work for not more than 1 year shall be imposed.
「堕胎」そのものの定義はないんですね。そういえば、刑法の解説などで「優生保護法(現 母体保護法)」の「人工妊娠中絶」の定義で「堕胎」を説明していたような気がします。
そうだとすれば、「堕胎=人工妊娠中絶」という同一視が働いている。だけどそれはかなり現代的な見方ではないでしょうか。元々、優生保護法が作られた時には「概念的な差異」の表象として別の言葉が用いられたのですから。それが変化していったのはなぜなのか。そこをもっとうまく説明できるようにならなければ。今後の課題です。
*2013/3/4追記:堕胎自体の定義は、判例にあるようです。Wikipediaの「堕胎罪」から引用します。
本罪の行為は「堕胎」である。「堕胎」とは自然の分娩期に先立って人為的に胎児を母体から分離することをいう(大判明治42年10月19日刑録15輯1420頁)。