リプロな日記

中絶問題研究者~中絶ケア・カウンセラーの塚原久美のブログです

女性差別撤廃条約委員会と日本政府のやりとり(H23=2011年以降)

リプロダクティブ・ヘルス&ライツ関連個所の抜粋

前の回に書いた通り、「第6回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解(平成21年8月)」では、中絶問題への懸念と中絶に関する法改正が勧告された。

健康
49. 委員会は、締約国の質の高い医療サービスを称賛する一方、近年、HIV/エイズを含む性感染症の日本女性への感染が拡大していることを懸念する。委員会はまた、十代の女児や若い女性の人工妊娠中絶率が高いこと、また、人工妊娠中絶を選択する女性が刑法に基づく処罰の対象となり得ることを懸念する。委員会は、女性の精神的・心理的健康に関する情報が不十分であることを遺憾に思う。

50. 委員会は、思春期の男女を対象とした性の健康に関する教育を推進すること、及び妊娠中絶に関するものを含め、性の健康に関する情報やあらゆるサービスに対してすべての女性や女児のアクセスを確保することを締約国に勧告する。委員会はまた、健康や医療サービス提供に関する性別データ、並びにHIV/エイズを含む性感染症の女性への拡大と対策に関するさらなる情報やデータを次回の報告に盛り込むよう締約国に要請する。委員会は、女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や「北京宣言及び行動綱領」に沿って、人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため、可能であれば人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する。委員会は、女性の精神的・心理的健康に関する情報を次回報告に盛り込むことを締約国に要請する。

委員会から受けた質問に対して、日本政府は「第6回報告審査に関する女子差別撤廃委員会からの質問事項に対する回答」でどうにも議論の噛み合わない回答をしている。(以下、すべて総務庁男女共同参画局による仮訳。)

問27
 報告は、10代の人工妊娠中絶率は10.5(女子人口千対)(2004年)であると述べている(パラ355参照)。思春期の少女が年齢に適した性と生殖の健康(リプロダクティブ・ヘルス)及び家族計画に関する情報並びに手頃な価格の避妊手段にアクセスできるように、性と生殖に関する健康についての教育を含む包括的な性教育の計画を推進するために、どのような措置が取られているか。政府は人工妊娠中絶を非犯罪化するつもりはあるか。

(回答)
 学校において、エイズ性感染症や人工妊娠中絶などの性に関する健康問題について、児童生徒がそのリスクを正しく理解し、適切な行動をとれることをねらいとして、性に関する指導を行っている。
 指導を進めるにあたっては、①学習指導要領にのっとり、児童生徒の発達段階に即した時期と内容で実施すること、②保護者や地域の理解を得ながら進めること、③個々の教員がそれぞれの判断で進めるのではなく、学校全体で共通理解を図って実施することが重要である旨を指導している。
 このほか、教職員を対象とした指導講習会の実施など、適切で効果的な性に関する指導の充実を図るための各種施策を推進している。
 我が国刑法においては、胎児の生命・身体の安全を主たる保護法益としつつ、併せて妊娠中の女子の生命・身体をも保護法益として、堕胎は犯罪行為とされているが、母体保護法において母性の生命健康を保護するとの観点から、母体保護法(昭和23年法律第156号)第14条第1項の規定による指定医師のみの人工妊娠中絶が認められている。

このように、政府は「政府は人工妊娠中絶を非犯罪化するつもりはあるか」というシンプルな質問に真正面から答えなかったばかりか、「非犯罪化するつもりがない」ことを仄めかしてさえいるのだ。


「女子差別撤廃委員会の最終見解(CEDAW/C/JPN/CO/6)に対する日本政府コメント(平成23年8月)」では、婚姻制度における男女差別の解消と、あらゆる分野への女性の進出を求めているが、RHR(リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)に関する問題、特に刑法堕胎罪の改正を求められた件については、全く触れられなかった。

この日本政府コメントに対してCEDAW側から発せられた「女子差別撤廃委員会最終見解に対する日本政府コメントについての同委員会見解(平成23年11月)」女子差別撤廃委員会最終見解に対する日本政府コメントに係る追加的情報提供(平成24年11月)
女子差別撤廃委員会最終見解に対する日本政府コメントに係る追加的情報提供についての同委員会見解(平成25年9月)においては、男女の婚姻年齢をそろえること、嫡出子差別を解消すること、再婚禁止期間を廃止することが主な話題になっていた。

続いて日本側からCEDAWに提出された「女子差別撤廃条約実施状況 第7回及び第8回報告」(平成26年9月)で、日本政府は次のような報告をした。

第12条(保健の分野における差別の撤廃)
2.妊娠・出産等に関する健康支援
(1)生涯を通じた女性の健康支援
ア)思春期
351.「健やか親子21」は、2014年までの目標として、10代の人工妊娠中絶及び性感染症罹患率を減少傾向とすることを掲げている。
352.10代の人工妊娠中絶率は7.0(女子人口千対)(2012年)である。これを減少させるため、妊娠や出産、人工妊娠中絶等の悩みを抱える方に対して、訪問指導等の母子保健事業を活用した相談支援のほか、女性健康支援センター等において、相談援助を行っている。

イ)妊娠出産期
(ⅳ)女性の主体的な避妊のための環境整備
359.1999年に低用量ピルの、また、2000年に女性用コンドーム等の使用を承認した。2010年に、母体保護法の一部改正を行い、助産師を始めとする受胎調節実地指導員が受胎調節のために必要な薬剤を販売できる期限を従前の2010年までから2015年までの5年間の延長を行った。

(注)なお、妊娠中絶に関しては、1994年の国際人口/開発会議の「行動計画」及び1995年の第4回世界女性会議の「北京宣言及び行動綱領」において「妊娠中絶に関わる施策の決定またはその変更は、国の法的手順に従い、国または地方レベルでのみ行うことができる」ことが明記されているところであり、我が国では、人工妊娠中絶については刑法及び母体保護法において規定されていることから、それらに反し中絶の自由を認めるものではない。刑法において、堕胎は犯罪行為とされているが、これは、胎児の生命・身体の安全を主たる保護法益とするものであり、この法益を保護する観点から、刑法第212条を含めた堕胎の罪を廃止することは適当ではないと考えている。なお、母体保護法において母性の生命健康を保護するとの観点から、一定の要件の下での人工妊娠中絶が認められており、その場合には、堕胎の罪として処罰されない。

4.女性の精神的・心理的健康
368. 生涯を通じた女性の健康支援の視点も踏まえつつ、妊娠や出産、人工妊娠中絶等の適切な相談支援体制を整備することが求められていることから、訪問指導等の母子保健事業を活用した相談支援のほか、女性健康支援センター等において、相談援助を行っている。

別添資料1 男女共同参画会議監視専門調査会における女子差別撤廃委員会の見解への対応に係る取組状況の監視
1.女子差別撤廃委員会の最終見解への対応に係る取組状況に関する意見
(2) 各論
エ 健康関係
・ 生涯を通じた男女の健康の保持増進を図るため、特に、若年層の男女に対し、妊娠・出産を含めた心身の健康保持についての情報提供及び相談体制の強化に積極的に取り組む必要がある。
・ 配偶者からの暴力被害者や性犯罪被害者の人工妊娠中絶に係る同意の在り方をめぐる課題について検討を行う必要がある。
キ 健康
・ 最終見解において、可能であれば改正するよう勧告されている人工妊娠中絶を犯罪とする法令について、配偶者からの暴力被害者や性犯罪被害者の人工妊娠中絶に係る同意の在り方に関する多様な意見も踏まえ、刑法の堕胎罪の規定に関する考え方及び母体保護法(1948年法律第156号)に関する説明を盛り込むこと。

あくまでも刑法堕胎罪と母体保護法を温存していく方針が示されたと言ってよいだろう。

そのことは、第7・8回報告の中で前回の議論をまとめた表の内容からも明らかである。

第6回報告最終見解:
50.委員会は、思春期の男女を対象とした性の健康に関する教育を推進すること、及び妊娠中絶に関するものを含め、性の健康に関する情報やあらゆるサービスに対してすべての女性や女児のアクセスを確保することを締約国に勧告する。委員会はまた、健康や医療サービス提供に関する性別データ、並びにHIV/エイズを含む性感染症の女性への拡大と対策に関するさらなる情報やデータを次回の報告に盛り込むよう締約国に要請する。委員会は、女性と健康に関する委員会の一般勧告第24号や「北京宣言及び行動綱領」に沿って、人工妊娠中絶を受ける女性に罰則を科す規定を削除するため、可能であれば人工妊娠中絶を犯罪とする法令を改正するよう締約国に勧告する。委員会は、女性の精神的・心理的健康に関する情報を次回報告に盛り込むことを締約国に要請する。

対応状況等:
 第12条2.妊娠・出産等に関する健康支援、同条3.女性の健康をおびやかす問題につい
ての対策の推進及び同条4.女性の精神的・心理的健康で記述した。

これに対して委員会から出た質問に対しては「第7回及び8回報告審査に関する女子差別撤廃委員会からの質問事項に対する回答」で、日本政府は次のように回答している。

問15
 締約国は、母体保護法に規定しているとおり、母親の生命及び健康を保護する場合を除き、堕胎は刑法第212条上の犯罪に該当すると、報告書に示している(パラグラフ359)。また、母体保護法第14条では、中絶を望む女性は男性パートナーからの承認が必要である旨、委員会は情報提供を受けている。中絶が法的に及び実際に認められる条件についての詳細情報を提供し、また、強姦や近親姦、胎児の奇形の場合には中絶を合法化することを想定する措置を示されたい。

(回答)
母体保護法第14条第1項において、指定医師は、①妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの、②暴行、脅迫等によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したものに該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができるとされている。また同条第2項において、前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りるとされている。このような場合には、堕胎罪(刑法212条)は成立しない。
○ 強姦による妊娠の場合については、上記②のとおりすでに人工妊娠中絶は合法化されている。近親姦、胎児の奇形についても、①又は②に該当すれば人工妊娠中絶は合法とされている。

このように条約締結国としての義務を指摘してくる委員会に対して、日本政府はあくまでも国内法ありきで知らん顔を決め込んでいるのだ。同様に、性教育についても次のように現状報告のみで、それをどう改善しようとしてるかの回答はない。

問16
性と生殖の健康と権利(リプロダクティブ・ヘルス・ライツ)に関する包括的で年齢に適した教育への利用可能性とアクセス、及び避妊薬の使用率に関するデータを提供されたい。また、強制不妊手術の対象となった障害者の女性に対する補償について、講じられた措置に関する情報を提供されたい。女性の精神的・心理的健康に関する情報を、データと共に提供されたい。

(回答)

(小問1回答)
(a)
○ 男女が共に双方の身体的性差等を正確な知識及び情報をもとに十分に理解し、尊重することは主体的行動と健康の享受に必要である。学校における指導は、児童生徒が「心身の発育・発達と健康」、「性感染症等の予防」などに関する知識を身に付け適切な行動がとれるようにすることを目的に実施しており、学習指導要領に則り、体育科、保健体育科などを中心に小・中・高全てを対象に行われている。指導に当たり、発達段階を踏まえること、学校全体で共通理解を図ること、保護者の理解を得ることなどに配慮し、集団指導と個別指導を相互に補完し効果的な指導がなされるよう周知。また、性感染症や妊娠・出産等を含む児童生徒の健康問題を総合的に解説した教材の配布を行い、指導の充実を図っている。
(b)
○ 2010年の調査における女性による経口避妊薬の使用率は3.4%である。

(小問2回答)
議員立法で成立した優生保護法に基づく優生手術は、本人の同意を得て、あるいは、医師の申請により、都道府県優生保護審査会の審査、公衆衛生審議会による再審査、本人等による裁判所への訴えの提起等による厳格な手続に則り措置が行われていたもの。なお、1996年に議員立法により母体保護法に改正されており、優生手術に関する規定は存在せず、母体の生命、健康の保護を図るために必要な場合に限定して不妊手術を実施できることとされている。

(小問3回答)
うつ病気分障害などの精神疾患における診断患者数は、諸外国と同様に女性が多くなっている。
○ 保健所や精神保健福祉センター等における相談支援及び訪問支援を通して、必要な医療に適切にアクセスできる体制を整備している。また精神疾患について、心の不調・病気に関する各種支援サービス情報を提供している。

これに対して、CEDAWの側からは、「第7回及び第8回報告報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解」(平成28年3月)で、またしても刑法堕胎罪と母体保護法の見直しが勧告された。しかも今回は北京宣言と行動綱領も持ち出しての指摘である。

C. 主要な関心事項及び勧告
健康
38.委員会は、締約国の十代の女児や女性の間で人工妊娠中絶及び自殺の比率が高いことを懸念する。委員会は、特に以下について懸念する。
(a) 刑法第 212 条と合わせ読まれる「母体保護法」第 14 条の下で、女性が人工妊娠中絶を受けることができるのは妊娠の継続又は分娩が母体の身体的健康を著しく害するおそれがある場合及び暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠した場合に限られること、
(b) 女性が人工妊娠中絶を受けるためには配偶者の同意を得る必要があること、並びに
(c) 締約国の女性や女児の間では自殺死亡率が依然高い水準にあること。

39.女性と健康に関する一般勧告第 24 号(1999 年)と「北京宣言及び行動綱領」に沿い、委員会は、締約国が以下を行うよう勧告する。
(a) 刑法及び母体保護法を改正し、妊婦の生命及び/又は健康にとって危険な場合だけでなく、被害者に対する暴行若しくは脅迫又は被害者の抵抗の有無に関わりなく、強姦、近親姦及び胎児の深刻な機能障害の全ての場合において人工妊娠中絶の合法化を確保するとともに、他の全ての場合の人工妊娠中絶を処罰の対象から外すこと
(b) 母体保護法を改正し、人工妊娠中絶を受ける妊婦が配偶者の同意を必要とする要件を除外するとともに、人工妊娠中絶が胎児の深刻な機能障害を理由とする場合は、妊婦から自由意思と情報に基づいた同意を確実に得ること、及び
(c) 女性や女児の自殺防止を目的として明確な目標と指標を定めた包括的な計画を策定すること。

これに対する日本政府の回答では、
女子差別撤廃委員会最終見解に対する日本政府コメント(平成30年3月)には「中絶」も「刑法」も「リプロ」もまったく盛り込まれていない。全くのスルーなのである。

こうした経緯を経ての今年の審議だったわけだが、コロナ騒ぎで延期になったままのようである。